ゼラニウムに捧ぐ
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大きな手に掴まれた手首が熱い。真っ直ぐに注がれる視線はいつになく真剣で、溺れてしまいそうになる。
私が何かを怖れていると言う表現が的確すぎて、ごまかす言葉さえ浮かばなかった。
「そう、見える?」
「そうにしか見えねーよ」
「…火神は、すごいね」
以前に発したことのある言葉が 再び口をついた。私の手首を掴んでいた火神の右手を両手で包み、祈るように額に寄せる。
やはり私は彼に、何もかも見透かされてしまうのだろうか。普段はデリカシーの欠片も感じさせない粗雑な面が多いというのに、どうしてだろう。不思議だという思いもあるけれど、理由は明白だ。彼が優しい人だから。そして私は、優しいこの人に許されたがっている。
全てを話して、お前は悪くない、仕方がないことだと言ってほしい。それを望む己がどれほど自分勝手なのかと自己嫌悪を抱きながら、縋り付きたくなる寸のところで踏み止まる。
「ありがとう」
口から零れたのはそんな言葉だった。火神の手を握る両手を下ろして目の前の彼を見上げれば、いまだに真っ直ぐに向けられる視線は変わらないけれど、その眉間にはいつも以上にしっかりと皺が寄せられている。ああ、不満そうだな。そう感じたけれど、今はそれ以上の言葉が出てこなかった。
私を見下ろしたままの火神は少し間を開けてから盛大に溜め息を漏らして、ガシガシと頭を掻く。
「ま、言うわけねーよな」
「そういうわけじゃないけど」
「構わねーよ、想定内だ」
そう言った火神は ふっと短く息を吐いて、その優しくて大きな手をポンと私の頭に乗せた。
大きくて温かい手は確かな重みがあって、それがひどく安心して心地いい。
「けど、ぜってー忘れさせてやる。覚悟してろ」
「……! うん」
わしゃわしゃと乱暴に髪をかき混ぜながら言われた言葉に、溢れそうになる涙を堪えながら大きく頷く。自信満々に笑う彼を、テツ君は“光”だと言った。彼にとってそうであるように、火神は私にとっても また然り。
その日を誰よりも心待ちにしているのは、他らなぬ私自身なのだから。
◇
インターハイ予選 準決勝・決勝を週末に控えたその日、部活を終えた帰り道に いつものバーガーショップで、いつもと同じように火神と黒子が向かい合って座っていた。いつも通りのその光景に いつもと違う点があるとすれば、火神がいつも以上に険しい顔をしていることだろうか。「なぁ、黒子」おもむろに呼ばれた名前に、黒子は視線を上げた。
「ずっと気になってたんだけどよ」
「はい」
「あいつ、中学の時に緑間と何かあったのか?」
あいつ。それが誰を指してのことか、黒子にはすぐに分かった。彼が何を知りたくて自分に問うているも。いつかは聞かれるだろうと思っていた。聞かれなくても、自分から彼に話したくなる日が来るのではないかとさえ感じていた。
だからこそ敢えて、彼が求めてるであろう答えは すぐには提示しない。
「どうしてそう思いますか?」
「なんつーか、中学時代の話と緑間は避けてる気がするし…」
時々すげー悲しそうな顔するだろ。
続けられた言葉に、表情こそ さして変わりはないが黒子は驚かされる。普段から女心など微塵も理解してなさそうな粗さがあるのに、意外にも目敏く彼女の変化を感じ取っているというのだから。やはり火神なら、大丈夫なのだろうか。自分には出来なかったことをしてくれるのではないだろうか。
「火神君はデリカシーがないくせに、時々すごいですね」
「あぁ!?」
「褒めてるんですよ」
黒子の少し棘のある言い方に反応した火神を宥めながら、シェイクを一口すする。どこまで話していいのだろう。当然ながら、口外することを七瀬本人に許可を取ったわけではない。だけど不思議と、彼女が不利益を被ることはないと それだけは確信できた。
「……佐倉さんの過去の傷に踏み込むことになりますけど、いいですか?」
君にその覚悟はあるのかと、問いたかったのかもしれない。或いは、そんな話を無断で口外する事に対して 自身への戒めに近かったかもしれない。黒子自身も測り兼ねた その言葉に込められた真意を察したのか、火神は当然だとでも言いたげに ハッと笑った。
「そうでもしなきゃ、あいつは あのままなんだろ?」
一切の迷いも、わずかな躊躇いさえもなく。言い放たれた言葉に安堵したのは、他ならぬ黒子自身だろう。お気に入りのシェイクを持つ手にわずかに力を込めて、ゆっくりと口を開いた。
「僕はその場に居合わせただけです」
そして佐倉さんは、きっと僕がいたことを知りません。そう言って黒子は、あの日あの時に意識を馳せる。
中学三年の秋、嫌になるほど良く晴れた日だった。
私が何かを怖れていると言う表現が的確すぎて、ごまかす言葉さえ浮かばなかった。
「そう、見える?」
「そうにしか見えねーよ」
「…火神は、すごいね」
以前に発したことのある言葉が 再び口をついた。私の手首を掴んでいた火神の右手を両手で包み、祈るように額に寄せる。
やはり私は彼に、何もかも見透かされてしまうのだろうか。普段はデリカシーの欠片も感じさせない粗雑な面が多いというのに、どうしてだろう。不思議だという思いもあるけれど、理由は明白だ。彼が優しい人だから。そして私は、優しいこの人に許されたがっている。
全てを話して、お前は悪くない、仕方がないことだと言ってほしい。それを望む己がどれほど自分勝手なのかと自己嫌悪を抱きながら、縋り付きたくなる寸のところで踏み止まる。
「ありがとう」
口から零れたのはそんな言葉だった。火神の手を握る両手を下ろして目の前の彼を見上げれば、いまだに真っ直ぐに向けられる視線は変わらないけれど、その眉間にはいつも以上にしっかりと皺が寄せられている。ああ、不満そうだな。そう感じたけれど、今はそれ以上の言葉が出てこなかった。
私を見下ろしたままの火神は少し間を開けてから盛大に溜め息を漏らして、ガシガシと頭を掻く。
「ま、言うわけねーよな」
「そういうわけじゃないけど」
「構わねーよ、想定内だ」
そう言った火神は ふっと短く息を吐いて、その優しくて大きな手をポンと私の頭に乗せた。
大きくて温かい手は確かな重みがあって、それがひどく安心して心地いい。
「けど、ぜってー忘れさせてやる。覚悟してろ」
「……! うん」
わしゃわしゃと乱暴に髪をかき混ぜながら言われた言葉に、溢れそうになる涙を堪えながら大きく頷く。自信満々に笑う彼を、テツ君は“光”だと言った。彼にとってそうであるように、火神は私にとっても また然り。
その日を誰よりも心待ちにしているのは、他らなぬ私自身なのだから。
◇
インターハイ予選 準決勝・決勝を週末に控えたその日、部活を終えた帰り道に いつものバーガーショップで、いつもと同じように火神と黒子が向かい合って座っていた。いつも通りのその光景に いつもと違う点があるとすれば、火神がいつも以上に険しい顔をしていることだろうか。「なぁ、黒子」おもむろに呼ばれた名前に、黒子は視線を上げた。
「ずっと気になってたんだけどよ」
「はい」
「あいつ、中学の時に緑間と何かあったのか?」
あいつ。それが誰を指してのことか、黒子にはすぐに分かった。彼が何を知りたくて自分に問うているも。いつかは聞かれるだろうと思っていた。聞かれなくても、自分から彼に話したくなる日が来るのではないかとさえ感じていた。
だからこそ敢えて、彼が求めてるであろう答えは すぐには提示しない。
「どうしてそう思いますか?」
「なんつーか、中学時代の話と緑間は避けてる気がするし…」
時々すげー悲しそうな顔するだろ。
続けられた言葉に、表情こそ さして変わりはないが黒子は驚かされる。普段から女心など微塵も理解してなさそうな粗さがあるのに、意外にも目敏く彼女の変化を感じ取っているというのだから。やはり火神なら、大丈夫なのだろうか。自分には出来なかったことをしてくれるのではないだろうか。
「火神君はデリカシーがないくせに、時々すごいですね」
「あぁ!?」
「褒めてるんですよ」
黒子の少し棘のある言い方に反応した火神を宥めながら、シェイクを一口すする。どこまで話していいのだろう。当然ながら、口外することを七瀬本人に許可を取ったわけではない。だけど不思議と、彼女が不利益を被ることはないと それだけは確信できた。
「……佐倉さんの過去の傷に踏み込むことになりますけど、いいですか?」
君にその覚悟はあるのかと、問いたかったのかもしれない。或いは、そんな話を無断で口外する事に対して 自身への戒めに近かったかもしれない。黒子自身も測り兼ねた その言葉に込められた真意を察したのか、火神は当然だとでも言いたげに ハッと笑った。
「そうでもしなきゃ、あいつは あのままなんだろ?」
一切の迷いも、わずかな躊躇いさえもなく。言い放たれた言葉に安堵したのは、他ならぬ黒子自身だろう。お気に入りのシェイクを持つ手にわずかに力を込めて、ゆっくりと口を開いた。
「僕はその場に居合わせただけです」
そして佐倉さんは、きっと僕がいたことを知りません。そう言って黒子は、あの日あの時に意識を馳せる。
中学三年の秋、嫌になるほど良く晴れた日だった。