不可抗力ドラマティカ
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放課後の体育館、次第に集まり始めた部員たちが用具の準備をしているのを手伝っていた。全体練習の開始時間まであと20分。これからどんどん選手たちが集まってくるこのタイミングに、挨拶する声が聞こえ 数人の後輩たちが体育館に入ってくる。「あ、賢二郎!」その中に特別に可愛がっている後輩の姿を見つけてパタパタと駆け寄れば、賢二郎は改めて頭を下げて挨拶をしてくれた。うんうん、今日も可愛いぞ。
「ねぇ、昨日 若利くんが他校の生徒を校内に入れたって本当?」
「…本当です。2人連れて来て注意されてましたね」
困ったような表情で昨日の様子を教えてくれた賢二郎の言葉を聞いて、先生に注意される若利くんなんてすごく貴重じゃないか見たかったなぁ、なんて 一瞬頭に浮かんだ馬鹿みたいな思考はすぐに追いやることにする。
昨日は委員会の仕事があって、私は最後の1時間しか練習に参加できなかった。その時にそんな話を噂みたいにぼんやりと聞いて、それから家に帰ってからも同じような話を弟から聞かされて凍りついたのだ。
「それって、烏野バレー部の1年だよね」
「そうなんですか?」
「うん…たぶん…いや、間違いなく…」
片方が身内でね、と漏らしたその声に目を見開いた賢二郎に、苦笑いを返す。「こんなとこまで何しに来たのよね、ほんと」「…牛島さんに宣戦布告したって聞きましたけど」頬を掻きながら言い辛そうに告げられた彼の言葉に、頭を抱えたくなった。まさかあの弟が 大人しく練習を見るだけで済むだなんて思ってなかったけれど、それにしたって。
「あのバカ、徹だけじゃなくて若利くんにまで喧嘩売ったのね」
「トオル?」
ほとんど無意識のうちに発していた言葉に、賢二郎は不思議そうに首を傾げる。繰り返すように発せられた名前にハッとして、それと同時に余計なことを言ったと 少しばかり後悔した。染みついた呼び方というのは意識せずとも出てしまうわけで、特別に改める気はなかったけれど 無意識って怖い。
「あ、ごめん、及川って言った方が分かりやすよね。青城の」
「七瀬さん、及川徹とも知り合いなんですか?」
「ほら、中学一緒だし」
「七瀬チャンの元カレだっけ、及川君」
「え?」
「……そういうの覚えてなくていいから、ほんとに」
突然ひょっこり横から現れて、余計なことを言う覚に 半ば睨むような視線を向ける。中学が同じだという当たり障りない理由に納得しかけた賢二郎が、珍しく動揺を見せた。そりゃ驚くだろうけれど。
そもそも私が徹と過去に付き合っていたということは、ずっと前に話の流れでサラッと言ったことが一度だけある程度だ。それ以上のことを深く話はしていないし、それ以降この話題が出たこともなかった。そんなことをしっかり覚えていて、尚且つこんなタイミングで出してくるんだから、覚は本当に意地が悪い。
「七瀬チャンは弟も元カレも差し置いて白鳥沢の応援なんだねー」
「青城はともかく、烏野は全く応援しないわけじゃないけど…」
「けど?」
「若利くんのバレーが一番カッコイイと思っちゃったんだから、仕方ないでしょ」
はい準備準備、と この話は終わりだという意味を込めて そう言ってクルリと振り返った私はその勢いのまま何かにぶつかった。情けない声が出てふらついた身体を、誰かが腕を掴んで支えてくれる。ぶつけた鼻先を撫でながら視線を上げると若利くんがいて、ぶつかったのは若利くんだったと理解すると同時に 色んなことが急激に恥ずかしくなった。
「わ、若利くん…!えーっと、あの、昨日は弟がご迷惑をお掛けしたようで…」
「弟…?ああ、そうか、カゲヤマトビオは七瀬の身内か」
「お恥ずかしいことに」
「お前の周りは面白いやつが多いな」
珍しくも ほんの僅かに、だけど確かにふっと緩んだ若利くんの口元に目を奪われる。あ、笑った。そう思ったたけで、心の真ん中が暖かくなるような気がした。たった今まで、若利くんに迷惑をかけるなんて帰ったら覚悟してなさいよ愚弟め、ぐらいに思っていたのに、今この瞬間には「よくやった」とさえ思ってしまっている私はどこまでも現金なのだ。飛雄のおかげで若利くんの笑顔が見れたようなものだから、帰ったら愛弟の頭を撫でてあげよう。
そんなことを考えていたら、若利くんを呼ぶ英太くんの声が聞こえる。ああ、と小さく返事をしてから英太くんの方に歩いていく若利くんの背中を見送りながら、牛島さんって、と 賢二郎がぽつりと零した。
「七瀬さんのことは名前で呼びますよね」
「それはね、おれとか英太君が最初から七瀬チャンのこと名前で呼んでたからさー」
「苗字を知る前から私のことは“七瀬”という認識ができてたみたい」
気心の知れたチームメイトたちでさえ基本的に苗字で呼んでいる若利くんが、私のことだけは名前で呼ぶ。それを不思議に思うのはごく当然のことだと思うし、バレー部以外の同級生たちにもよく聞かれることだ。賢二郎たちもそうでしょ?そう問えば賢二郎は素直に頷いた。当たり前のように私の名前を呼び捨てにする同級生たちのおかげで、後輩たちも必然的に私を“七瀬さん”と呼ぶ。バレー部において私は影山七瀬というよりも、単に“七瀬”として存在しているような感じであり、それは若利くんにとっても同じこと。
「…で、七瀬チャンは何か及川君の弱点とか知らないの?」
「うん?徹の?」
「そ、一発で戦闘不能になるようなやつ」
「何それ。知らないし、そんなの必要ないでしょ」
「まぁねー」
「それに、そもそも徹はそういうの他人に…、むぐっ」
言葉の途中で大きな手に口を塞がれてく、ぐもった変な声が出た。不思議に思って振り返ればそこにはいつの間にか戻って来ていた若利くんがいて、訳も変わらず首を傾けた。なんだろう、私は知らないうちに何か聞くに堪えないような発言をしてしまっていたのだろうか。
そんな不安を少し滲ませながら、若利くんの大きな手に右手を重ねて そっと口元から離す。
「若利くん?どうかした?」
「七瀬の口からは あまり及川の名前を聞きたくない」
「え…」
「――それって」
私が思った事とそっくりそのまま同じ言葉を賢二郎が声にしたけれど、まるで世界中に2人きりになったみたいに 私の神経の全てが若利くんに捕らわれてしまっている。周りにいる誰の姿も、どんな音も、届いているのに響かない。目を逸らすこともできずに瞬きを繰り返していると、それに、と若利くんが発した声は決して大きくなかったのに 私の耳には驚くほど鮮明に聞こえた。
「及川も、カゲヤマトビオも考える必要はない」
「…?」
触れていた私の右手からすり抜けた若利くんの手が、優しく頭に乗せられる。滅多に他人とスキンシップを取ることのない若利くんが こういう風に私に触れるのは初めてじゃないかと思うほど珍しいことで、私は身動き一つ取ることも許されず 若利くんを見上げる事しかできない。
「七瀬はただ、お前が好きだと言った俺のバレーを見ているだけでいい」
ふっと もう一度、微かに緩められた口元に 私の心臓はきゅうっとおもちゃみたいに音を立てる。ほら、こんなに格好いい人を私はこの世界で他に一人だって知りやしない。若利くんは いつでも本気で、真っ直ぐだから。向けられたその言葉に、私は心からの笑顔を返した。
「ねぇ、昨日 若利くんが他校の生徒を校内に入れたって本当?」
「…本当です。2人連れて来て注意されてましたね」
困ったような表情で昨日の様子を教えてくれた賢二郎の言葉を聞いて、先生に注意される若利くんなんてすごく貴重じゃないか見たかったなぁ、なんて 一瞬頭に浮かんだ馬鹿みたいな思考はすぐに追いやることにする。
昨日は委員会の仕事があって、私は最後の1時間しか練習に参加できなかった。その時にそんな話を噂みたいにぼんやりと聞いて、それから家に帰ってからも同じような話を弟から聞かされて凍りついたのだ。
「それって、烏野バレー部の1年だよね」
「そうなんですか?」
「うん…たぶん…いや、間違いなく…」
片方が身内でね、と漏らしたその声に目を見開いた賢二郎に、苦笑いを返す。「こんなとこまで何しに来たのよね、ほんと」「…牛島さんに宣戦布告したって聞きましたけど」頬を掻きながら言い辛そうに告げられた彼の言葉に、頭を抱えたくなった。まさかあの弟が 大人しく練習を見るだけで済むだなんて思ってなかったけれど、それにしたって。
「あのバカ、徹だけじゃなくて若利くんにまで喧嘩売ったのね」
「トオル?」
ほとんど無意識のうちに発していた言葉に、賢二郎は不思議そうに首を傾げる。繰り返すように発せられた名前にハッとして、それと同時に余計なことを言ったと 少しばかり後悔した。染みついた呼び方というのは意識せずとも出てしまうわけで、特別に改める気はなかったけれど 無意識って怖い。
「あ、ごめん、及川って言った方が分かりやすよね。青城の」
「七瀬さん、及川徹とも知り合いなんですか?」
「ほら、中学一緒だし」
「七瀬チャンの元カレだっけ、及川君」
「え?」
「……そういうの覚えてなくていいから、ほんとに」
突然ひょっこり横から現れて、余計なことを言う覚に 半ば睨むような視線を向ける。中学が同じだという当たり障りない理由に納得しかけた賢二郎が、珍しく動揺を見せた。そりゃ驚くだろうけれど。
そもそも私が徹と過去に付き合っていたということは、ずっと前に話の流れでサラッと言ったことが一度だけある程度だ。それ以上のことを深く話はしていないし、それ以降この話題が出たこともなかった。そんなことをしっかり覚えていて、尚且つこんなタイミングで出してくるんだから、覚は本当に意地が悪い。
「七瀬チャンは弟も元カレも差し置いて白鳥沢の応援なんだねー」
「青城はともかく、烏野は全く応援しないわけじゃないけど…」
「けど?」
「若利くんのバレーが一番カッコイイと思っちゃったんだから、仕方ないでしょ」
はい準備準備、と この話は終わりだという意味を込めて そう言ってクルリと振り返った私はその勢いのまま何かにぶつかった。情けない声が出てふらついた身体を、誰かが腕を掴んで支えてくれる。ぶつけた鼻先を撫でながら視線を上げると若利くんがいて、ぶつかったのは若利くんだったと理解すると同時に 色んなことが急激に恥ずかしくなった。
「わ、若利くん…!えーっと、あの、昨日は弟がご迷惑をお掛けしたようで…」
「弟…?ああ、そうか、カゲヤマトビオは七瀬の身内か」
「お恥ずかしいことに」
「お前の周りは面白いやつが多いな」
珍しくも ほんの僅かに、だけど確かにふっと緩んだ若利くんの口元に目を奪われる。あ、笑った。そう思ったたけで、心の真ん中が暖かくなるような気がした。たった今まで、若利くんに迷惑をかけるなんて帰ったら覚悟してなさいよ愚弟め、ぐらいに思っていたのに、今この瞬間には「よくやった」とさえ思ってしまっている私はどこまでも現金なのだ。飛雄のおかげで若利くんの笑顔が見れたようなものだから、帰ったら愛弟の頭を撫でてあげよう。
そんなことを考えていたら、若利くんを呼ぶ英太くんの声が聞こえる。ああ、と小さく返事をしてから英太くんの方に歩いていく若利くんの背中を見送りながら、牛島さんって、と 賢二郎がぽつりと零した。
「七瀬さんのことは名前で呼びますよね」
「それはね、おれとか英太君が最初から七瀬チャンのこと名前で呼んでたからさー」
「苗字を知る前から私のことは“七瀬”という認識ができてたみたい」
気心の知れたチームメイトたちでさえ基本的に苗字で呼んでいる若利くんが、私のことだけは名前で呼ぶ。それを不思議に思うのはごく当然のことだと思うし、バレー部以外の同級生たちにもよく聞かれることだ。賢二郎たちもそうでしょ?そう問えば賢二郎は素直に頷いた。当たり前のように私の名前を呼び捨てにする同級生たちのおかげで、後輩たちも必然的に私を“七瀬さん”と呼ぶ。バレー部において私は影山七瀬というよりも、単に“七瀬”として存在しているような感じであり、それは若利くんにとっても同じこと。
「…で、七瀬チャンは何か及川君の弱点とか知らないの?」
「うん?徹の?」
「そ、一発で戦闘不能になるようなやつ」
「何それ。知らないし、そんなの必要ないでしょ」
「まぁねー」
「それに、そもそも徹はそういうの他人に…、むぐっ」
言葉の途中で大きな手に口を塞がれてく、ぐもった変な声が出た。不思議に思って振り返ればそこにはいつの間にか戻って来ていた若利くんがいて、訳も変わらず首を傾けた。なんだろう、私は知らないうちに何か聞くに堪えないような発言をしてしまっていたのだろうか。
そんな不安を少し滲ませながら、若利くんの大きな手に右手を重ねて そっと口元から離す。
「若利くん?どうかした?」
「七瀬の口からは あまり及川の名前を聞きたくない」
「え…」
「――それって」
私が思った事とそっくりそのまま同じ言葉を賢二郎が声にしたけれど、まるで世界中に2人きりになったみたいに 私の神経の全てが若利くんに捕らわれてしまっている。周りにいる誰の姿も、どんな音も、届いているのに響かない。目を逸らすこともできずに瞬きを繰り返していると、それに、と若利くんが発した声は決して大きくなかったのに 私の耳には驚くほど鮮明に聞こえた。
「及川も、カゲヤマトビオも考える必要はない」
「…?」
触れていた私の右手からすり抜けた若利くんの手が、優しく頭に乗せられる。滅多に他人とスキンシップを取ることのない若利くんが こういう風に私に触れるのは初めてじゃないかと思うほど珍しいことで、私は身動き一つ取ることも許されず 若利くんを見上げる事しかできない。
「七瀬はただ、お前が好きだと言った俺のバレーを見ているだけでいい」
ふっと もう一度、微かに緩められた口元に 私の心臓はきゅうっとおもちゃみたいに音を立てる。ほら、こんなに格好いい人を私はこの世界で他に一人だって知りやしない。若利くんは いつでも本気で、真っ直ぐだから。向けられたその言葉に、私は心からの笑顔を返した。
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