加速する愛を一から定義せよ
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仕事を終えて帰途を辿り、駅前を通過する。もう夜だと言うのに、まだまだ人通りが多い。同じ宮城と言っても、仙台はやっぱり地元とは違う。街灯も少ない通学路で、部活の後にみんなで肉まんを食べてたっけ。そんな懐かしいことを思い出したのは、Vリーグの観戦予定が二日後に迫っているからだろうか。高校時代に仲間として、ライバルとして、切磋琢磨した同世代の選手たちが顔を揃える。そこに集まろうと連絡を取り合い、OB会のようにかつての部員たちが集まるもの自然なことで。久しぶりに彼らに会えることが、私は自分で思っている以上に楽しみで仕方がないのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、背後から急ぐような足音が聞こえてきた。自分の後ろから急いでいる人が走ってくるなんて都会ではよくある事で、誰かが追いかけて来たと被害妄想を抱くこともなければ、それをいちいち気にしたりはしない。きっとこの足音の主も私を追い抜き走り去っていくに違いないと思っていた、のに。
足音が私の背後まで迫ったところで腕を掴んで引かれ、不意のことに加えられた力のままに身体が反転した。
「きゃっ……、え」
「――やっぱり、七瀬さんじゃないですか」
「か、げ やま…?」
振り返った先で私の腕を掴んでいたのは、私の記憶の中の彼より大人びていたけれど、中学・高校時代を共に過ごした後輩に他ならない。すっかり有名人となった影山をテレビや雑誌で一方的に見かけたことは何度もあるけれど、私が高校を卒業してからこうして顔を合わせるのは初めてだ。それなのに影山は、何の迷いもなく私を見つけてくれたというのだろうか。真っ直ぐに向けられる視線はあの頃と何も変わっていなくて、憧れさえしたあの日のままだ。
二日後に、彼のプレーを見られると思っていた。けれどまさかこうして個人的に顔を合わせられるなんて考えもしていなかった私は、影山にどんな言葉をかければいいのか咄嗟には思い浮かばない。ただただ彼の顔を見上げることしかできない私に、影山は小さく息を吐いてから口を開いた。
「どうしてこんな時間に、こんな場所に居るんですか」
「どうしてって…普通に仕事帰りだけど」
「結婚するんじゃなかったんですか」
「は?なにそれ、誰の情報?しないよ、相手もいないし」
「彼氏もですか?」
「悪かったわね独り身で」
根も葉もない話をされたかと思えば、直後に交際相手さえいない現状を責められているような気がして頬が引きつる。私と影山は、違うのだ。バレーボール界の注目若手選手であり、この身長、このビジュアルのこの人が、モテないわけがない。あんたは選り取り見取りだろうけどね、と悪態をついてそっぽを向いた私の腕を、グイと強く引かれて 視線はすぐに影山へと戻ることとなる。私を見る目は相変わらず真っ直ぐで、飲まれてしまいそうだ。
「じゃあ、いいですよね」
「うん?」
「俺が触れても、いいんですよね」
「え……え、ちょっと待って!」
ひとり納得したようにそう言った影山は身体の向きを変え、私の腕を掴んだまま足早にずんずんと歩き始める。腕を引かれる私が何を言っても彼は立ち止まる気配も、こちらを振り向く素振りさえ見せずにただ歩き続けた。
そんな状態で数分ほど経ったところで、きっと彼の今の宿泊場所なのだろう。駅の近くの立派なホテルの一室に私を引き込んだ影山は、部屋の扉が完全に閉まり切るより先に、私の腰を抱き寄せ顎を持ち上げ、強引に唇を塞いだ。ドサリと鞄の落ちる音が、随分と遠くに聞こえる。性急に深まるその行為に文句を言うことさえ許されず、喰われる と思ったのは本能だ。呑まれそうになるのをありったけの理性で持ち堪えて、彼の胸元を数回叩けば そこでようやく解放された口元で酸素を吸い込んで、そして不満そうな表情を浮かべる目の前の男を睨みつけた。
「なに、すんのよ!あんた自分の立場分かってるの!?」
「なんですか、立場って」
私が文句を叫ぶその間にも、影山はまともに私の話を聞く気などないのだろう。一応私に喋らせはするけれど、合間に何度も何度も唇を重ねる。甘えられているような、全身で求められているようなその行為に毒気を抜かれそうにもなるけれど、言っておかなければならない。彼はもう、ただの私の後輩ではない。“日本代表”の“影山飛雄”なのだ。軽率な行動など許されない。
「こんな、部屋に女を連れ込んだところなんて誰かに見られたら」
「どうでもいいです」
「良いわけないでしょ!」
「…ダメなんです」
「え?」
自分は注目されているのだと、仮にも日の丸を背負う立場なのだと自覚するようにと、ガミガミと小言を並べようとしていた私の声を遮った影山は、ギュッと私を抱きしめて肩口に顔を埋めた。勝気な彼には珍しい弱音のように聞こえたその声に、どきりとする。「影山?」今まで翻弄されていたのが嘘みたいに、急に年下の男の子に思えて その背中を撫でながら彼の名前を呼ぶ。
私を抱きしめて顔を埋めたまま、ちらりと片目だけがこちらに向けられ視線が絡んだ。
「俺はもう、七瀬さん以外に触れたいと思えない」
「…っ」
それは影山らしくない、絞り出すような声だった気がする。けれど言葉は確かな熱を孕んでいて呼吸が止まる。この人は、今でもこんなに容易く私の呼吸を奪ってしまえるのか。
呼吸を忘れて固まった私を見た影山はニヤリと不敵に笑ってみせて、そして軽々と私の身体を抱き上げた。え、とか なに、とか 意味を成さない声しか出せない私になんか気にもせず部屋の中へと進んでいく。
まさか、と 頭に浮かんだ予想通りに部屋の最奥にある寝台の上に下ろされれば、バクバクと暴れる心臓が自分のものではないみたいに煩い。戸惑いながら真意を探るように彼を見上げた私に 覆いかぶさるように、或いは逃げ道を塞ぐように、影山も片膝をベッドに乗せれば 二人分の重みにスプリングが僅かに軋んだ。
「ちょ…っと、待って!服!シワになるからどいて!」
「すぐに脱がせるんで大丈夫ですよ」
「は…はぁ!!?」
この状況で、その言葉の意味が分からないほど私たちは子供じゃない。その意味を察した瞬間に、顔に熱が集まってきたのが自分でも分かった。もういい歳をした大人なのに、こんなにも動揺してしまったことが、分かりやすく赤面してしまったことが恥ずかしくて泣きたくなる。
この情けない顔を隠すために視線を逸らして、手の甲を口元に当てて、見ないでと弱々しく請うことしかできない。それなのに影山は、ふっと軽く笑って、そして私の額に唇を寄せた。
「可愛い。そんな顔、見られると思ってなかった」
「……からかわないで」
「大真面目ですよ。俺、かなり我慢してきたんです」
中学から何年経ってると思ってるんですか。至って真面目に、真剣に、言われたその声に返す言葉もない。知っている。出会った当初から、影山はいつだって真っ直ぐな好意を向けてくれていた。それに気付かないふりをしていたのは私に他ならない。貴方はいずれ、遠くへ行ってしまうからと決めつけて。
私は今、変わらない彼の想いを泣きたいほど嬉しく思っている。それなのに、煩わしいことは何も考えず ただイエスと答えるだけの事が 私には難しい。
キスをしようと寄せられた影山の唇に指先で触れ、やんわりと制止する。間近に見えたムッと不満そうな表情に、こんな自分が申し訳なくて眉を下げた。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、ヤダ」
私は、恐れている。久しぶりの再会に盛り上がって流されて、それっきりでお終いになってしまうことを。もしも許されるのなら。こんな私を受け入れてくれるのなら。いい歳をして、ちゃんと“約束”が欲しかった。
彼の口元に触れていた指先が握られて、そのまま、手の甲に口付けを一つ。そんなキザな行動、一体どこで覚えてきたの、なんて 言葉にする余裕なんてない。交わった視線が、私を捕らえた。
「――貴女の人生を俺にください。ずっと、七瀬さんだけが欲しかった」
私は怖かったのだ。隣に並んだと思っても、彼がいつか手も届かない遠い世界に行ってしまうのではないかと。真っ直ぐに向けられる好意に気付いていながら、自分から手を伸ばすこともせず、彼は私なんかとは住む世界が違う遠い人なのだと思い込むことで自分を守っていた。自己防衛のために作った壁も、心の奥底に埋めて忘れたと思っていた気持ちも、貴方は易々と打ち砕いて掘り起こしてしまうんだね。
ねぇ影山。私もずっと、君が大好きだったよ。知らないでしょう。
「……もう、絶対に放してやらないんだから」
「頼まれたって離れませんよ」
影山の首に腕を回してぎゅうっと抱きつけば、大きな手が私の髪を撫でた。こんなに嬉しそうな影山の声を聞くのは初めてかもしれない。そんなことを考えたら私の上体はシーツに沈められていたけれど、拒む理由も、怖れることも、私たちにはもう何一つとして存在していないのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、背後から急ぐような足音が聞こえてきた。自分の後ろから急いでいる人が走ってくるなんて都会ではよくある事で、誰かが追いかけて来たと被害妄想を抱くこともなければ、それをいちいち気にしたりはしない。きっとこの足音の主も私を追い抜き走り去っていくに違いないと思っていた、のに。
足音が私の背後まで迫ったところで腕を掴んで引かれ、不意のことに加えられた力のままに身体が反転した。
「きゃっ……、え」
「――やっぱり、七瀬さんじゃないですか」
「か、げ やま…?」
振り返った先で私の腕を掴んでいたのは、私の記憶の中の彼より大人びていたけれど、中学・高校時代を共に過ごした後輩に他ならない。すっかり有名人となった影山をテレビや雑誌で一方的に見かけたことは何度もあるけれど、私が高校を卒業してからこうして顔を合わせるのは初めてだ。それなのに影山は、何の迷いもなく私を見つけてくれたというのだろうか。真っ直ぐに向けられる視線はあの頃と何も変わっていなくて、憧れさえしたあの日のままだ。
二日後に、彼のプレーを見られると思っていた。けれどまさかこうして個人的に顔を合わせられるなんて考えもしていなかった私は、影山にどんな言葉をかければいいのか咄嗟には思い浮かばない。ただただ彼の顔を見上げることしかできない私に、影山は小さく息を吐いてから口を開いた。
「どうしてこんな時間に、こんな場所に居るんですか」
「どうしてって…普通に仕事帰りだけど」
「結婚するんじゃなかったんですか」
「は?なにそれ、誰の情報?しないよ、相手もいないし」
「彼氏もですか?」
「悪かったわね独り身で」
根も葉もない話をされたかと思えば、直後に交際相手さえいない現状を責められているような気がして頬が引きつる。私と影山は、違うのだ。バレーボール界の注目若手選手であり、この身長、このビジュアルのこの人が、モテないわけがない。あんたは選り取り見取りだろうけどね、と悪態をついてそっぽを向いた私の腕を、グイと強く引かれて 視線はすぐに影山へと戻ることとなる。私を見る目は相変わらず真っ直ぐで、飲まれてしまいそうだ。
「じゃあ、いいですよね」
「うん?」
「俺が触れても、いいんですよね」
「え……え、ちょっと待って!」
ひとり納得したようにそう言った影山は身体の向きを変え、私の腕を掴んだまま足早にずんずんと歩き始める。腕を引かれる私が何を言っても彼は立ち止まる気配も、こちらを振り向く素振りさえ見せずにただ歩き続けた。
そんな状態で数分ほど経ったところで、きっと彼の今の宿泊場所なのだろう。駅の近くの立派なホテルの一室に私を引き込んだ影山は、部屋の扉が完全に閉まり切るより先に、私の腰を抱き寄せ顎を持ち上げ、強引に唇を塞いだ。ドサリと鞄の落ちる音が、随分と遠くに聞こえる。性急に深まるその行為に文句を言うことさえ許されず、喰われる と思ったのは本能だ。呑まれそうになるのをありったけの理性で持ち堪えて、彼の胸元を数回叩けば そこでようやく解放された口元で酸素を吸い込んで、そして不満そうな表情を浮かべる目の前の男を睨みつけた。
「なに、すんのよ!あんた自分の立場分かってるの!?」
「なんですか、立場って」
私が文句を叫ぶその間にも、影山はまともに私の話を聞く気などないのだろう。一応私に喋らせはするけれど、合間に何度も何度も唇を重ねる。甘えられているような、全身で求められているようなその行為に毒気を抜かれそうにもなるけれど、言っておかなければならない。彼はもう、ただの私の後輩ではない。“日本代表”の“影山飛雄”なのだ。軽率な行動など許されない。
「こんな、部屋に女を連れ込んだところなんて誰かに見られたら」
「どうでもいいです」
「良いわけないでしょ!」
「…ダメなんです」
「え?」
自分は注目されているのだと、仮にも日の丸を背負う立場なのだと自覚するようにと、ガミガミと小言を並べようとしていた私の声を遮った影山は、ギュッと私を抱きしめて肩口に顔を埋めた。勝気な彼には珍しい弱音のように聞こえたその声に、どきりとする。「影山?」今まで翻弄されていたのが嘘みたいに、急に年下の男の子に思えて その背中を撫でながら彼の名前を呼ぶ。
私を抱きしめて顔を埋めたまま、ちらりと片目だけがこちらに向けられ視線が絡んだ。
「俺はもう、七瀬さん以外に触れたいと思えない」
「…っ」
それは影山らしくない、絞り出すような声だった気がする。けれど言葉は確かな熱を孕んでいて呼吸が止まる。この人は、今でもこんなに容易く私の呼吸を奪ってしまえるのか。
呼吸を忘れて固まった私を見た影山はニヤリと不敵に笑ってみせて、そして軽々と私の身体を抱き上げた。え、とか なに、とか 意味を成さない声しか出せない私になんか気にもせず部屋の中へと進んでいく。
まさか、と 頭に浮かんだ予想通りに部屋の最奥にある寝台の上に下ろされれば、バクバクと暴れる心臓が自分のものではないみたいに煩い。戸惑いながら真意を探るように彼を見上げた私に 覆いかぶさるように、或いは逃げ道を塞ぐように、影山も片膝をベッドに乗せれば 二人分の重みにスプリングが僅かに軋んだ。
「ちょ…っと、待って!服!シワになるからどいて!」
「すぐに脱がせるんで大丈夫ですよ」
「は…はぁ!!?」
この状況で、その言葉の意味が分からないほど私たちは子供じゃない。その意味を察した瞬間に、顔に熱が集まってきたのが自分でも分かった。もういい歳をした大人なのに、こんなにも動揺してしまったことが、分かりやすく赤面してしまったことが恥ずかしくて泣きたくなる。
この情けない顔を隠すために視線を逸らして、手の甲を口元に当てて、見ないでと弱々しく請うことしかできない。それなのに影山は、ふっと軽く笑って、そして私の額に唇を寄せた。
「可愛い。そんな顔、見られると思ってなかった」
「……からかわないで」
「大真面目ですよ。俺、かなり我慢してきたんです」
中学から何年経ってると思ってるんですか。至って真面目に、真剣に、言われたその声に返す言葉もない。知っている。出会った当初から、影山はいつだって真っ直ぐな好意を向けてくれていた。それに気付かないふりをしていたのは私に他ならない。貴方はいずれ、遠くへ行ってしまうからと決めつけて。
私は今、変わらない彼の想いを泣きたいほど嬉しく思っている。それなのに、煩わしいことは何も考えず ただイエスと答えるだけの事が 私には難しい。
キスをしようと寄せられた影山の唇に指先で触れ、やんわりと制止する。間近に見えたムッと不満そうな表情に、こんな自分が申し訳なくて眉を下げた。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、ヤダ」
私は、恐れている。久しぶりの再会に盛り上がって流されて、それっきりでお終いになってしまうことを。もしも許されるのなら。こんな私を受け入れてくれるのなら。いい歳をして、ちゃんと“約束”が欲しかった。
彼の口元に触れていた指先が握られて、そのまま、手の甲に口付けを一つ。そんなキザな行動、一体どこで覚えてきたの、なんて 言葉にする余裕なんてない。交わった視線が、私を捕らえた。
「――貴女の人生を俺にください。ずっと、七瀬さんだけが欲しかった」
私は怖かったのだ。隣に並んだと思っても、彼がいつか手も届かない遠い世界に行ってしまうのではないかと。真っ直ぐに向けられる好意に気付いていながら、自分から手を伸ばすこともせず、彼は私なんかとは住む世界が違う遠い人なのだと思い込むことで自分を守っていた。自己防衛のために作った壁も、心の奥底に埋めて忘れたと思っていた気持ちも、貴方は易々と打ち砕いて掘り起こしてしまうんだね。
ねぇ影山。私もずっと、君が大好きだったよ。知らないでしょう。
「……もう、絶対に放してやらないんだから」
「頼まれたって離れませんよ」
影山の首に腕を回してぎゅうっと抱きつけば、大きな手が私の髪を撫でた。こんなに嬉しそうな影山の声を聞くのは初めてかもしれない。そんなことを考えたら私の上体はシーツに沈められていたけれど、拒む理由も、怖れることも、私たちにはもう何一つとして存在していないのだ。
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