きゅんと鳴くのは心臓です
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昼休みが始まった廊下は、他の休み時間よりも賑やかだ。購買に、食堂に、あるいは お弁当を食べに。思い思いの場所へと向かう生徒達とぶつかってしまわないように、なるべく廊下の端を歩く。こんな日に限って日直だなんて ついてない。ぶつくさと文句を垂れたくなるのをグッと堪え、ダンボールを抱え直すように腕に力を込めた。
先ほどの授業の終了と同時に、授業で使った模型を「今日の日直、準備室に片付けておいてくれ」と悪魔の一言を残して退室して行った生物教師。これを1人で運べと言うのか!と、助けを求めようと振り返った先の友人には「わたし購買に行ってくるから。哀れな七瀬に よっちゃんイカ買ってきてあげる」なんて先手を打たれた。せめてブラックサンダーにして欲しい。
こうして結局は1人で運ぶはめになったけれど、この模型は発泡スチロール製だから正直全然重くない。自分を非力なか弱い女子だとは思わないし、例えそうであっても運べる重さでしかない。広辞苑の方が余程重い。だけど、いかんせん大きいのだ。ダンボール二箱に分けられたそれらは、標準身長を超える私でも 1人で抱えれば顔の半分は隠れてしまう。足元が見えない、前が見えにくい。それだけで充分に大変なのだ。
(縁下か木下が同じクラスだったら良かったのになぁ)
良好とは言えない視界で廊下を進みながら思い浮かべたのは、同じ部活の同級生だ。彼らならきっと、すぐに「手伝うよ」と声をかけてくれていただろう。成田でも良いけど、田中は私を女子扱いするところが想像出来ないし、西谷は男前だけど私の方がまだ腕も長そうだから除外する。
或いは、せめて昼休みでなければ 他の誰かが手伝ってくれたかもしれないなぁ。購買に急がないと お目当てのパンが売り切れてしまうかもしれない。食堂へ急がないと 席がなくなってしまうかもしれない。そんな焦りもある昼休み開始直後、申し訳なさそうに目を逸らした同級生男子が数名いた。いいのよ、いいの、その気持ちだけありがたく頂戴しておくわ。
偶然だろうが不運だろうが、これは私が任された仕事なのだ。やり切るしかない。ふぅ、と息を吐いて階段に差し掛かる。
「ちょ、七瀬さんストップ」
「ふえっ!?」
急に後ろから肩を強く引かれて間抜けな声が出た。踏み止まれず身体はそのまま後ろに傾いたけれど、すぐに背中が何かに触れて転ばずに済んだ。ホッと安堵の息をしたのと同時に、私ではない誰かも息を吐いたのが聞こえる。はて、と 振り返れば そこには背の高い後輩の姿があった。倒れそうになった私の背中がもたれるように触れていたのは、どうやら彼の胸だったらしい。
「あれ、影山だ。どうしたの?」
「購買行こうと思ったら、危なっかしい人がいたので」
「うん?誰のことかな?」
「そんなの持ってたら、七瀬さんは絶対に転げ落ちます」
私の手からダンボールを2つとも取り上げながら、影山は少しも表情を変えることもなく 何てことのないように言い切る。きょとんと その顔を見つめ、言葉の意味を咀嚼する。
つまり、購買に行こうと階段を下りていた影山少年の視界に 荷物を抱えた先輩の姿が入り、そいつは階段に差し掛かろうとしていた。あいつは間抜けだから絶対に階段を踏み外して転げ落ちるに違いない。そう思った影山少年は慌ててそいつを引き止め、こうして荷物を持ってくれたということらしい。
優しくされてるはずなのに、悲しくなってきたのはどうしてかな影山くん。
「ありがとうって言わなきゃだけど言いたくない…!」
「…?よく分かんないっスけど、これ どこに持って行きますか?」
「生物準備室、だけど…!」
ありがたさと悔しさの狭間で揺れる私を大して気にする素振りも見せず、階段を下りはじめた影山の声で我に返る。言いつけられた私が手ぶらだなんて絶対におかしい。慌てて影山の隣に並び、重ねて抱えられているダンボールのうち 上の方を取り返せば、影山はムッと眉を寄せた。「俺が持ちます」不満そうに言われた声はいつもより少し低いような気がして尻込みしてしまう。本人は無自覚なんだろうけど、顔立ちが整っている分、凄まれると威圧感が強い。
負けてしまいそうになるのを ぐっと堪え、視線を逸らすように顔を背けて先に歩き出す。「私が頼まれた仕事だから、半分ぐらい自分で持ちます」私の声に影山は何の返事もしなかったけれど、諦めたのかそれ以上は何も言わずに私の後に続いた。
あっと言う間に私に追いつき隣に並んだ影山の横顔をちらりと見上げる。手伝ってくれてありがとう。素直にそう言えば、いえ、と なんとも素っ気ない返事が返ってきた。
「購買行かなくて良いの?パン売り切れちゃうよ」
「パンでもおにぎりでも、食える物が残ってれば大丈夫です」
「デザート系しか残ってなかったりして」
「その時は七瀬さんの弁当もらいます」
「私のお弁当で足りる?影山には少ないと思うけど」
「それぐらい知ってます。中学の時からずっと見てるんで」
「へ……」
どういう意味だ。ぱちくりと瞬きをしながら影山の顔を見るけれど、前を向いたままの彼とは目は合わない。いや、目が合ったところでどんな顔をすればいいのか分からないけれど。
ぱっと目線を足元に向けて口を噤む。見てるって言った?ずっと見てる、って?それってどういう意味よそんな言い方ってまるで―――いや、相手はあの影山だ。きっと深い意味も他意もない。中学時代から同じ部活で、同じ空間でお弁当を食べたことも数えられないほどあって、私が使ってるお弁当箱のサイズだって何回も見てるから知ってますよって そういう意味だ間違いない。
軽くパニックに陥りかけた思考の中でそう結論付けたところで、ちょうど目的の部屋へとたどり着いた。ドアを開けてくれた影山にお礼を言いながら室内に入り、先生に指示されていた場所へとダンボールを片付ける。ありがとう、助かったよ。改めて影山にお礼を言えば、返ってきたのは いえ、と やっぱり素っ気ない返事で笑ってしまった。
隣に立つ彼に視線を向ければ、目が合った影山は不思議そうに首を傾げる。
「前から思ってたけど、影山って意外と優しいよね」
「優しいというか……七瀬さんが鈍臭いから仕方なく」
「飛雄くんは七瀬さんのことを何だと思ってるのかな?」
助けてもらっておいて何だけど、さっきから影山の言葉の所々に毒がある気がする。答えの内容によっては大地さんに言いつけてやる、なんて ずるいことを考えながら見つめた先の影山は、顎に手を当てて難しい顔をして考え込んだ。良くも悪くも素直な彼は、私の質問に対する答えを探しているのだろう。数秒の沈黙が流れた後、影山はじっと私の目を見て だけどやっぱり特に表情は変えずに口を開く。
「“可愛いひと”……?」
放たれた爆弾発言は、確かに私の真ん中を打ち抜いた。
先ほどの授業の終了と同時に、授業で使った模型を「今日の日直、準備室に片付けておいてくれ」と悪魔の一言を残して退室して行った生物教師。これを1人で運べと言うのか!と、助けを求めようと振り返った先の友人には「わたし購買に行ってくるから。哀れな七瀬に よっちゃんイカ買ってきてあげる」なんて先手を打たれた。せめてブラックサンダーにして欲しい。
こうして結局は1人で運ぶはめになったけれど、この模型は発泡スチロール製だから正直全然重くない。自分を非力なか弱い女子だとは思わないし、例えそうであっても運べる重さでしかない。広辞苑の方が余程重い。だけど、いかんせん大きいのだ。ダンボール二箱に分けられたそれらは、標準身長を超える私でも 1人で抱えれば顔の半分は隠れてしまう。足元が見えない、前が見えにくい。それだけで充分に大変なのだ。
(縁下か木下が同じクラスだったら良かったのになぁ)
良好とは言えない視界で廊下を進みながら思い浮かべたのは、同じ部活の同級生だ。彼らならきっと、すぐに「手伝うよ」と声をかけてくれていただろう。成田でも良いけど、田中は私を女子扱いするところが想像出来ないし、西谷は男前だけど私の方がまだ腕も長そうだから除外する。
或いは、せめて昼休みでなければ 他の誰かが手伝ってくれたかもしれないなぁ。購買に急がないと お目当てのパンが売り切れてしまうかもしれない。食堂へ急がないと 席がなくなってしまうかもしれない。そんな焦りもある昼休み開始直後、申し訳なさそうに目を逸らした同級生男子が数名いた。いいのよ、いいの、その気持ちだけありがたく頂戴しておくわ。
偶然だろうが不運だろうが、これは私が任された仕事なのだ。やり切るしかない。ふぅ、と息を吐いて階段に差し掛かる。
「ちょ、七瀬さんストップ」
「ふえっ!?」
急に後ろから肩を強く引かれて間抜けな声が出た。踏み止まれず身体はそのまま後ろに傾いたけれど、すぐに背中が何かに触れて転ばずに済んだ。ホッと安堵の息をしたのと同時に、私ではない誰かも息を吐いたのが聞こえる。はて、と 振り返れば そこには背の高い後輩の姿があった。倒れそうになった私の背中がもたれるように触れていたのは、どうやら彼の胸だったらしい。
「あれ、影山だ。どうしたの?」
「購買行こうと思ったら、危なっかしい人がいたので」
「うん?誰のことかな?」
「そんなの持ってたら、七瀬さんは絶対に転げ落ちます」
私の手からダンボールを2つとも取り上げながら、影山は少しも表情を変えることもなく 何てことのないように言い切る。きょとんと その顔を見つめ、言葉の意味を咀嚼する。
つまり、購買に行こうと階段を下りていた影山少年の視界に 荷物を抱えた先輩の姿が入り、そいつは階段に差し掛かろうとしていた。あいつは間抜けだから絶対に階段を踏み外して転げ落ちるに違いない。そう思った影山少年は慌ててそいつを引き止め、こうして荷物を持ってくれたということらしい。
優しくされてるはずなのに、悲しくなってきたのはどうしてかな影山くん。
「ありがとうって言わなきゃだけど言いたくない…!」
「…?よく分かんないっスけど、これ どこに持って行きますか?」
「生物準備室、だけど…!」
ありがたさと悔しさの狭間で揺れる私を大して気にする素振りも見せず、階段を下りはじめた影山の声で我に返る。言いつけられた私が手ぶらだなんて絶対におかしい。慌てて影山の隣に並び、重ねて抱えられているダンボールのうち 上の方を取り返せば、影山はムッと眉を寄せた。「俺が持ちます」不満そうに言われた声はいつもより少し低いような気がして尻込みしてしまう。本人は無自覚なんだろうけど、顔立ちが整っている分、凄まれると威圧感が強い。
負けてしまいそうになるのを ぐっと堪え、視線を逸らすように顔を背けて先に歩き出す。「私が頼まれた仕事だから、半分ぐらい自分で持ちます」私の声に影山は何の返事もしなかったけれど、諦めたのかそれ以上は何も言わずに私の後に続いた。
あっと言う間に私に追いつき隣に並んだ影山の横顔をちらりと見上げる。手伝ってくれてありがとう。素直にそう言えば、いえ、と なんとも素っ気ない返事が返ってきた。
「購買行かなくて良いの?パン売り切れちゃうよ」
「パンでもおにぎりでも、食える物が残ってれば大丈夫です」
「デザート系しか残ってなかったりして」
「その時は七瀬さんの弁当もらいます」
「私のお弁当で足りる?影山には少ないと思うけど」
「それぐらい知ってます。中学の時からずっと見てるんで」
「へ……」
どういう意味だ。ぱちくりと瞬きをしながら影山の顔を見るけれど、前を向いたままの彼とは目は合わない。いや、目が合ったところでどんな顔をすればいいのか分からないけれど。
ぱっと目線を足元に向けて口を噤む。見てるって言った?ずっと見てる、って?それってどういう意味よそんな言い方ってまるで―――いや、相手はあの影山だ。きっと深い意味も他意もない。中学時代から同じ部活で、同じ空間でお弁当を食べたことも数えられないほどあって、私が使ってるお弁当箱のサイズだって何回も見てるから知ってますよって そういう意味だ間違いない。
軽くパニックに陥りかけた思考の中でそう結論付けたところで、ちょうど目的の部屋へとたどり着いた。ドアを開けてくれた影山にお礼を言いながら室内に入り、先生に指示されていた場所へとダンボールを片付ける。ありがとう、助かったよ。改めて影山にお礼を言えば、返ってきたのは いえ、と やっぱり素っ気ない返事で笑ってしまった。
隣に立つ彼に視線を向ければ、目が合った影山は不思議そうに首を傾げる。
「前から思ってたけど、影山って意外と優しいよね」
「優しいというか……七瀬さんが鈍臭いから仕方なく」
「飛雄くんは七瀬さんのことを何だと思ってるのかな?」
助けてもらっておいて何だけど、さっきから影山の言葉の所々に毒がある気がする。答えの内容によっては大地さんに言いつけてやる、なんて ずるいことを考えながら見つめた先の影山は、顎に手を当てて難しい顔をして考え込んだ。良くも悪くも素直な彼は、私の質問に対する答えを探しているのだろう。数秒の沈黙が流れた後、影山はじっと私の目を見て だけどやっぱり特に表情は変えずに口を開く。
「“可愛いひと”……?」
放たれた爆弾発言は、確かに私の真ん中を打ち抜いた。
1/1ページ