幸せの温度についての考察
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金曜日、19時53分。飲み屋が多く並ぶ通りの入口に構えるコンビニの、駐車場に備えられたガードパイプに腰掛けて携帯をいじっていた。
久しぶりにみんなで飲もうと研二から連絡が入ったのがお昼過ぎ。私だけが女子寮だから、店に近いこの場所で合流するのがすっかり定番となっていた。
20時にいつもの場所で。そういう約束になっている。ヤンチャばかりで常に教官に怒られている彼らだけど、案外しっかりしているので 連絡なく時間に遅れたことは今までに一度だってない。だから間もなくやって来るだろうと、携帯を片手にネットニュースを見漁っていた。
「ねぇねぇ、お姉さん1人?」
そんな時に真正面からかけられた声に、わずかに眉を寄せて携帯の画面から視線だけを持ち上げた。ヘラヘラと私の目の前で立ち止まったのは当然ながら見知らぬ男で、私以外の誰かが見えているなら 眼科かお祓いに行くことをおすすめしたい。
相手にする気もなく視線を携帯に戻せば「あ、照れ屋さん?」なんて、にやにやしながら顔を覗き込まれてイラッとする。
なんだろう、軽い感じの言動としては研二と近いはずなのに、全然違う。研二は相手が不快に思うようなことは絶対にしないし、それ以前にもっと根本的な部分で違うのだろう。
「俺も暇しててさぁ。飲みに行かない?」
「いえ、人を待ってるだけなので」
俺“も”ってなんだ。私が暇しているなんて一言も言ってないだろう。そんな苛立ちを隠しもせず、ほんの一握りの期待さえ持たせないように、なるべく冷たく突き放すような言葉を選ぶ。
それなのに、だ。この男は全く折れない。
誰待ってるの?友達?もしかして彼氏?こんな時間に女の子を一人で待たせるような男、やめた方がいいよ。
無視を決め込んでも1人でペラペラと話し続ける男に、イライラが募っていく。研二や班長なら、こういう手合いもうまく言葉で去なしてやり過ごせるだろう。陣平ならすぐに手が出て武力行使で黙らせてしまいそうだ。どちらも私には真似できなくて、今のケースの参考にならないからダメだ。零とヒロならどうするだろう。穏やかで常識的な彼らなら―――。
「行こうよ、あっちにいい店あるんだ」
「ちょっ…!」
そんなことを考えていたら腕を掴まれて強く引かれ、ガードパイプから腰が浮く。反射的に投げ飛ばしてしまいそうになったのは、ありったけの理性でなんとか踏み留まった事を褒めて欲しい。警察官になろうとしている人間が、むやみに一般人に手をあげてはいけない。私がこの男から受けた迷惑は、まだ投げ飛ばすまでには値せず、正当防衛とは言えないだろう。とはいえ、嫌がる相手の腕を同意なく掴むと言うのはいただけないけれど。
公務執行妨害…にはならないか。公務中ではないし、そもそも私はまだ入校中の卵でしかないのだから その立場にいない。迷惑行為防止条例違反ぐらいなら使えるか…いや、だから私はまだ入校中の身だった。
なるべく穏便に、けれど今後こういう迷惑行為を起こす気が起きないように、解決策はないかと頭を回すけれど何も思い浮かばない。
こんな時、優秀な彼らだったらどう対処するだろう。先ほど頭に浮かべた同期たちの姿が、また脳裏に浮かんだ。
「おい」
「!」
その瞬間、聞き慣れた不機嫌そうな低い声とともに横から伸びてきた手が 男の手首を握り、別の手が私の腕に触れて 男の手のひらから引き剥がした。
弾かれるように振り返れば、ふわふわ癖毛の男と小麦肌に金髪の男、その後ろにはさらに3人の男たち。
「誰の許可得て触ってんだ」
「彼女に何か用でも?」
「ひっ」
「陣平…零…」
身を縮めて怖気付いたような悲鳴に近い声を上げた迷惑男に、正直少し同情してしまう。振り向いた先には背が高くて 鍛えていることが分かる程度には体格の良い男が5人もいて、漏れなく無駄に面が良くて、揃いも揃って睨みを利かせているのだから、怯むなと言う方が無理だろう。
陣平が掴んでいる男の腕が、ギリギリと軋むような音を立てている気がして 私は同情を強めて苦笑いを浮かべた。
そんな私の肩に手を乗せて、視線の高さを私と合わせるように腰を屈めた研二が真っ直ぐに男を見やる。
「この子は俺たちの大事な大事な女の子なんだ」
「遊びたいなら他を当たってもらえないか」
「ひぃっ…す、すいませんでしたー!!」
研二の言葉の後、一歩前に出た伊達班長の背中に私の身体は隠れてしまう。守ってもらったのだと、ありありと分かった。班長だけじゃない、みんなが助けてくれたのだと思い知る。
迫力に押し負けて 文字通り逃げ出した男の背中に、おととい来やがれ!と吐き捨てる陣平に苦笑いする。まさかこの粗暴な男が、警察官の卵だなんて世も末だ。あくまでもそれは表面的な一面に過ぎなくて 総合的には優秀な人材だとは知っているけれど、第一印象も大切な職業だと思うから、やっぱり陣平は少し態度を改めた方がいい。
そんな事を考えていたら、そっとヒロが私の隣に歩み寄る。
「七瀬、大丈夫だった?何もされてない?」
「うん。投げちゃう前に来てもらえて良かった」
心配そうな彼を見上げて、ありがとうとお礼を言う。オレは何もしてないけどねと 頬を掻いたヒロに、そんな事はないと首を振った。来てくれた。それだけで嬉しいものだ。
「はっ、もうちょい待ってりゃテメェも反省文仲間にできてたってか」
「見つけた瞬間に飛び出して行ったヤツが、“待つ”なんてよく言えるな」
「うるせぇゼロ!!」
入校当初と比べたら、陣平と零は本当に仲が良くなったと思う。私も聞いた話でしかないけれど、入学早々の陣平と零の殴り合いはもはや武勇伝だ。やいやいと言い合う2人を微笑ましく見ていると、ヒロと研二に声をかけられた。
「こういう事、よくあるの?」
「零と陣平のケンカ?」
「んなわけねぇだろ、ナンパだよナンパ」
「ああ…たまにだよ。場所と時間によるかな」
こういう風に声をかけられるのは、初めてではない。けれど私は自分が器量よしだとも思っていないし、実際に毎度毎度 声をかけられるわけではない。夜に、飲み屋街で、ひとり。今回のように条件が揃った時、声を掛けられることもある、という程度だ。割と誰にでも当てはまるよくある話だろう。
だから気にしないでと伝えようとしたら、彼らは5人とも険しい顔で何かを考え込んでいるからギョッとした。
「え、ちょっとみんな どうしたの…?」
「どうやら今後は君を一人で待たせるべきではなさそうだ」
「は…?いや、待って零」
「同感だよ、ゼロ。これからはオレ達が迎えに行った方が良さそうだ」
「ヒロまで…ねぇ私、警察官になる予定なんだよ?」
零もヒロも頭がいいはずなのに、何を馬鹿な事を言っているのだと思う。2人とも至って真剣に、大真面目に言っているのだからタチが悪い。先ほどの出来事を目の当たりにして、私を心配してくれているのだというのは痛いほどに分かって、少しくすぐったいけれど。
とは言え、たまに声をかけられることがある程度が何だと言うのだ。学校を卒業したら、きっとナンパなんて可愛いもので、もっと悪質で凶悪な人間を相手にしていかなきゃいけないのだから、今日のような程度の軽いナンパを相手に過保護すぎる。
それとも、いわゆるイケメンに声をかけられたらついて行きそうだとか思われているのだろうか。それなら少し悲しい気がする。
「そんなに信用ないかな、私…」
「言っただろ、七瀬は大事な大事な女の子だって」
「ただ俺たちが気に食わないってだけの話だ」
少し気落ちして俯いた私の顔を覗きこんで、研二が優しく笑って言う。ほら、さっきのナンパ男と同じような行動をしても、やっぱり研二は全然違う。
単純だと言われるかもしれないけれど その言葉に視線を持ち上げれば、気持ちいいような班長の笑顔が見えた。なんというか、包容力がすごい。伊達班長の彼女さんは幸せだろうなと、そんなことを考えた。
「まァ、要するに」
私の頭に乗せられた陣平の手が、わしゃわしゃと髪を撫でる。乱暴そうに見えて、その手つきは昔から変わらずとても優しい。
「甘えてろって事だろ」
「…みんなに甘えてると、ダメになりそうだなぁ」
「いいね、君の“ダメな姿”はあまり想像ができない」
「面倒見てやるって♪」
「萩原が言うとほんと軽いよね」
「重く考えるなってことだ……よし!じゃあ行くか!」
班長のその声を合図に、みんなで戯れながらいつもの店へと向かう。楽しくて、愛しくて、暖かくて、大好きな時間。
学校を卒業すれば配属先はバラけてしまうけれど、それでも私たちはずっと連み続けるのだろう。当たり前に一緒にいられる、唯一無二の かけがえのない仲間たち。そんな人たちに出会えた幸せを、共に過ごせる幸せを、見失ってしまわないように 私は毎日を心に刻みつけるのだ。
久しぶりにみんなで飲もうと研二から連絡が入ったのがお昼過ぎ。私だけが女子寮だから、店に近いこの場所で合流するのがすっかり定番となっていた。
20時にいつもの場所で。そういう約束になっている。ヤンチャばかりで常に教官に怒られている彼らだけど、案外しっかりしているので 連絡なく時間に遅れたことは今までに一度だってない。だから間もなくやって来るだろうと、携帯を片手にネットニュースを見漁っていた。
「ねぇねぇ、お姉さん1人?」
そんな時に真正面からかけられた声に、わずかに眉を寄せて携帯の画面から視線だけを持ち上げた。ヘラヘラと私の目の前で立ち止まったのは当然ながら見知らぬ男で、私以外の誰かが見えているなら 眼科かお祓いに行くことをおすすめしたい。
相手にする気もなく視線を携帯に戻せば「あ、照れ屋さん?」なんて、にやにやしながら顔を覗き込まれてイラッとする。
なんだろう、軽い感じの言動としては研二と近いはずなのに、全然違う。研二は相手が不快に思うようなことは絶対にしないし、それ以前にもっと根本的な部分で違うのだろう。
「俺も暇しててさぁ。飲みに行かない?」
「いえ、人を待ってるだけなので」
俺“も”ってなんだ。私が暇しているなんて一言も言ってないだろう。そんな苛立ちを隠しもせず、ほんの一握りの期待さえ持たせないように、なるべく冷たく突き放すような言葉を選ぶ。
それなのに、だ。この男は全く折れない。
誰待ってるの?友達?もしかして彼氏?こんな時間に女の子を一人で待たせるような男、やめた方がいいよ。
無視を決め込んでも1人でペラペラと話し続ける男に、イライラが募っていく。研二や班長なら、こういう手合いもうまく言葉で去なしてやり過ごせるだろう。陣平ならすぐに手が出て武力行使で黙らせてしまいそうだ。どちらも私には真似できなくて、今のケースの参考にならないからダメだ。零とヒロならどうするだろう。穏やかで常識的な彼らなら―――。
「行こうよ、あっちにいい店あるんだ」
「ちょっ…!」
そんなことを考えていたら腕を掴まれて強く引かれ、ガードパイプから腰が浮く。反射的に投げ飛ばしてしまいそうになったのは、ありったけの理性でなんとか踏み留まった事を褒めて欲しい。警察官になろうとしている人間が、むやみに一般人に手をあげてはいけない。私がこの男から受けた迷惑は、まだ投げ飛ばすまでには値せず、正当防衛とは言えないだろう。とはいえ、嫌がる相手の腕を同意なく掴むと言うのはいただけないけれど。
公務執行妨害…にはならないか。公務中ではないし、そもそも私はまだ入校中の卵でしかないのだから その立場にいない。迷惑行為防止条例違反ぐらいなら使えるか…いや、だから私はまだ入校中の身だった。
なるべく穏便に、けれど今後こういう迷惑行為を起こす気が起きないように、解決策はないかと頭を回すけれど何も思い浮かばない。
こんな時、優秀な彼らだったらどう対処するだろう。先ほど頭に浮かべた同期たちの姿が、また脳裏に浮かんだ。
「おい」
「!」
その瞬間、聞き慣れた不機嫌そうな低い声とともに横から伸びてきた手が 男の手首を握り、別の手が私の腕に触れて 男の手のひらから引き剥がした。
弾かれるように振り返れば、ふわふわ癖毛の男と小麦肌に金髪の男、その後ろにはさらに3人の男たち。
「誰の許可得て触ってんだ」
「彼女に何か用でも?」
「ひっ」
「陣平…零…」
身を縮めて怖気付いたような悲鳴に近い声を上げた迷惑男に、正直少し同情してしまう。振り向いた先には背が高くて 鍛えていることが分かる程度には体格の良い男が5人もいて、漏れなく無駄に面が良くて、揃いも揃って睨みを利かせているのだから、怯むなと言う方が無理だろう。
陣平が掴んでいる男の腕が、ギリギリと軋むような音を立てている気がして 私は同情を強めて苦笑いを浮かべた。
そんな私の肩に手を乗せて、視線の高さを私と合わせるように腰を屈めた研二が真っ直ぐに男を見やる。
「この子は俺たちの大事な大事な女の子なんだ」
「遊びたいなら他を当たってもらえないか」
「ひぃっ…す、すいませんでしたー!!」
研二の言葉の後、一歩前に出た伊達班長の背中に私の身体は隠れてしまう。守ってもらったのだと、ありありと分かった。班長だけじゃない、みんなが助けてくれたのだと思い知る。
迫力に押し負けて 文字通り逃げ出した男の背中に、おととい来やがれ!と吐き捨てる陣平に苦笑いする。まさかこの粗暴な男が、警察官の卵だなんて世も末だ。あくまでもそれは表面的な一面に過ぎなくて 総合的には優秀な人材だとは知っているけれど、第一印象も大切な職業だと思うから、やっぱり陣平は少し態度を改めた方がいい。
そんな事を考えていたら、そっとヒロが私の隣に歩み寄る。
「七瀬、大丈夫だった?何もされてない?」
「うん。投げちゃう前に来てもらえて良かった」
心配そうな彼を見上げて、ありがとうとお礼を言う。オレは何もしてないけどねと 頬を掻いたヒロに、そんな事はないと首を振った。来てくれた。それだけで嬉しいものだ。
「はっ、もうちょい待ってりゃテメェも反省文仲間にできてたってか」
「見つけた瞬間に飛び出して行ったヤツが、“待つ”なんてよく言えるな」
「うるせぇゼロ!!」
入校当初と比べたら、陣平と零は本当に仲が良くなったと思う。私も聞いた話でしかないけれど、入学早々の陣平と零の殴り合いはもはや武勇伝だ。やいやいと言い合う2人を微笑ましく見ていると、ヒロと研二に声をかけられた。
「こういう事、よくあるの?」
「零と陣平のケンカ?」
「んなわけねぇだろ、ナンパだよナンパ」
「ああ…たまにだよ。場所と時間によるかな」
こういう風に声をかけられるのは、初めてではない。けれど私は自分が器量よしだとも思っていないし、実際に毎度毎度 声をかけられるわけではない。夜に、飲み屋街で、ひとり。今回のように条件が揃った時、声を掛けられることもある、という程度だ。割と誰にでも当てはまるよくある話だろう。
だから気にしないでと伝えようとしたら、彼らは5人とも険しい顔で何かを考え込んでいるからギョッとした。
「え、ちょっとみんな どうしたの…?」
「どうやら今後は君を一人で待たせるべきではなさそうだ」
「は…?いや、待って零」
「同感だよ、ゼロ。これからはオレ達が迎えに行った方が良さそうだ」
「ヒロまで…ねぇ私、警察官になる予定なんだよ?」
零もヒロも頭がいいはずなのに、何を馬鹿な事を言っているのだと思う。2人とも至って真剣に、大真面目に言っているのだからタチが悪い。先ほどの出来事を目の当たりにして、私を心配してくれているのだというのは痛いほどに分かって、少しくすぐったいけれど。
とは言え、たまに声をかけられることがある程度が何だと言うのだ。学校を卒業したら、きっとナンパなんて可愛いもので、もっと悪質で凶悪な人間を相手にしていかなきゃいけないのだから、今日のような程度の軽いナンパを相手に過保護すぎる。
それとも、いわゆるイケメンに声をかけられたらついて行きそうだとか思われているのだろうか。それなら少し悲しい気がする。
「そんなに信用ないかな、私…」
「言っただろ、七瀬は大事な大事な女の子だって」
「ただ俺たちが気に食わないってだけの話だ」
少し気落ちして俯いた私の顔を覗きこんで、研二が優しく笑って言う。ほら、さっきのナンパ男と同じような行動をしても、やっぱり研二は全然違う。
単純だと言われるかもしれないけれど その言葉に視線を持ち上げれば、気持ちいいような班長の笑顔が見えた。なんというか、包容力がすごい。伊達班長の彼女さんは幸せだろうなと、そんなことを考えた。
「まァ、要するに」
私の頭に乗せられた陣平の手が、わしゃわしゃと髪を撫でる。乱暴そうに見えて、その手つきは昔から変わらずとても優しい。
「甘えてろって事だろ」
「…みんなに甘えてると、ダメになりそうだなぁ」
「いいね、君の“ダメな姿”はあまり想像ができない」
「面倒見てやるって♪」
「萩原が言うとほんと軽いよね」
「重く考えるなってことだ……よし!じゃあ行くか!」
班長のその声を合図に、みんなで戯れながらいつもの店へと向かう。楽しくて、愛しくて、暖かくて、大好きな時間。
学校を卒業すれば配属先はバラけてしまうけれど、それでも私たちはずっと連み続けるのだろう。当たり前に一緒にいられる、唯一無二の かけがえのない仲間たち。そんな人たちに出会えた幸せを、共に過ごせる幸せを、見失ってしまわないように 私は毎日を心に刻みつけるのだ。
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