空を明滅しながら滑り降りた
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昼休み、私は裏庭へ向かっていた。裏庭なんてこれまで一度も行ったことがなかったのに、なぜ今日に限ってと聞かれたら“呼び出されたから”に他ならない。
今朝登校してくると、昼休みに裏庭にきてほしいと書かれただけの小さなメモが下駄箱に入っていた。宛名も差出人もないそのメモは、自分に宛てられたものなのか、入れる下駄箱を間違えたのかの判断さえ付かない。心当たりもない差出人不明の呼び出しに応えるかは迷ったが、もしも間違えただけなら 間違っていたことを知らせてあげないと。そう思って今に至る。
目的地である裏庭に踏み込めば、すぐに先客の姿が見えた。見たことのある上級生。私の存在に気付いた彼と目があったので、様子を伺うようにペコリと会釈をすれば、彼はその長い足を進めて私の目の前へとやって来た。
「佐倉七瀬さん…だよね?」
「はい、そうです」
「よかった、来てくれてありがとう…あ、俺のこと知ってるかな?」
「…センパイ、有名人ですから」
サッカー部のエースでイケメン、そんな先輩は女子の人気が高くて 彼のファンは私の友人にも多い。キャーキャーと騒いでるの友人たちの黄色い声を聞き流す日は少なくない。(この先輩の名前、なんだっけなぁ…)私の返答に先輩は「良かった」と笑ったけれど、私はとても口には出さないようなことを考えていて、そんな自分の思考がバレてしまわないように平静を装う。
「今日ここに呼んだのは…俺、佐倉さんのこと ずっといいなって思ってて」
「……へ?」
「良かったら、俺の彼女になってくれないかな?」
好意を向けられることは、素直に嬉しいと思う。でもこの先輩は……確かにモテているけれど、噂も絶えない人なのだ。彼女が何人いるとか、女に見境がないとか、教育実習生とどうのこうの…とか。噂を全て鵜呑みにする気は無いけれど、火の無い所に煙は立たない。そういう噂が立ってしまう理由は何かしらあるはずだ。そんなこともあって嬉しさよりも戸惑いや嫌悪の方が遥かに大きかったし、そもそもよく知りもしない人とそういう関係になる気など私にはなかった。
「えっと…ありがとうございます。でも、ごめんなさい」
深々と頭を下げると、一歩二歩と先輩が近付いてきたのが分かった。ふと顔を上げると先輩は目の前にいて、反射的に一歩身を引くより先に腕を掴まれる。振りほどけない力強さが、怖いと思った。
「どうして?俺じゃ不満?」
「いえ、不満とかじゃなくて…先輩のことよく知らないですし」
「これから知ればいいだろ?」
「私、恋愛のことも よく分からなくて…」
「そんなの俺が教えてやるって」
当たり障りのないように断ろうとしても、言い返されてしまう。どうしようかと軽くパニックに陥っていると、不意に腕を引かれる。いとも簡単に体は前に傾いて、やばい と思うとほぼ同時に 今度は後ろから腰を引かれた。
前に後ろに忙しいな、なんて間抜けなことを考えたのは 半ば現実逃避だったのかもしれない。トン、と背中が何かに触れたから振り返ろうとすれば、私の顔のすぐ横に 見知った顔があるではないか。
「あんまり虐めないでもらえる?」
「え…りょ、亮介さん!?」
「小湊…!お前に関係ねーだろ」
「なくはないよ。野球部 の可愛いマネージャーなんだ」
密着した背中、背後から腰に回された腕、間近にある顔ーー何もかもが恥ずかしすぎて、それ以降の先輩たちの会話は 耳元で聞こえるはずの亮介さんの声さえ 私の耳には入らなかった。
ふっと亮介さんの腕の力が緩んだことで我に返ると、こちらを睨みながら舌打ちをして 先輩が去っていくところだった。私がここに来た時と全然違う態度に苦笑いして、事態の終息を悟る。亮介さんから一歩離れて、彼の方へと向き直った。
「ありがとうございます、助かりました」
「…あいつ、噂通りのところが多いんだ。気を付けなよ」
「はい……あの、亮介さんはどうしてここに?」
私も今回初めて足を踏み入れた裏庭と呼ばれるここは、庭などとは名ばかりで実際は校舎裏とでも呼んだ方が相応しいほどに何もなければ利用する人もいない。賑やかな校内において とにかく人気が少ない場所なので、亮介さんが偶然通りかかったなんてことは想像しにくい。
「渡り廊下からここに向かう七瀬が見えた。裏庭は あいつがこういう時に使う場所らしいから、もしかしてと思ったら…案の定」
呆れたような視線とため息まじりの言葉に、すみませんと苦笑いを返すことしかできなかった。何だかんだと面倒見のいい亮介さんだ。余計な手間と心配をかけてしまったのだろう。
「俺が来なかったらどうしてた?抵抗できたの?」
うっ、と言葉に詰まる。言い返す言葉もない。腕を掴まれた時に感じた恐怖心を思い出してゾクリとした。「すみません…本当にありがとうございました」心からの謝辞で頭を下げた時に、昼休みの終わりを告げる予鈴が校内に響き渡った。
「あーあ、俺の昼休みも潰れちゃった」
「えっ!あ、あの、貴重なお時間をありがとうございました…?」
「なんで疑問系なんだよ。俺の昼休み返して」
「そ、そんなの どうすれば良いんですか!」
「…なんてね」
戸惑う私を見て ふっと亮介さんが笑ったかと思えば、トンっと 彼の手の甲が私の口に触れた。え、と間抜けな声が漏れると同時に「これ貰っとく」と 今しがた私の口元に触れた場所に、今度は亮介さんの口元が触れる。
間接キス。瞬時にそれを察して 込み上げる羞恥心が 私の顔を真っ赤に染めるまで、数秒と時間はかからなかった。
「ははっ!その顔が見れたら充分。ごちそーさま」
「りょ、亮介さん!」
「七瀬も早く教室に戻りなよ」
噛み殺しきれない笑いで肩を揺らしながら去っていく背中を 睨みつけるように見るけれど、亮介さんが振り返ることはなかった。
優しいのか、意地悪なのか。熱を持った自分の頬に両手で触れて、己を落ち着かせるために ゆっくりと息を吐く。まだこの熱は、すぐには冷めそうもない。
今朝登校してくると、昼休みに裏庭にきてほしいと書かれただけの小さなメモが下駄箱に入っていた。宛名も差出人もないそのメモは、自分に宛てられたものなのか、入れる下駄箱を間違えたのかの判断さえ付かない。心当たりもない差出人不明の呼び出しに応えるかは迷ったが、もしも間違えただけなら 間違っていたことを知らせてあげないと。そう思って今に至る。
目的地である裏庭に踏み込めば、すぐに先客の姿が見えた。見たことのある上級生。私の存在に気付いた彼と目があったので、様子を伺うようにペコリと会釈をすれば、彼はその長い足を進めて私の目の前へとやって来た。
「佐倉七瀬さん…だよね?」
「はい、そうです」
「よかった、来てくれてありがとう…あ、俺のこと知ってるかな?」
「…センパイ、有名人ですから」
サッカー部のエースでイケメン、そんな先輩は女子の人気が高くて 彼のファンは私の友人にも多い。キャーキャーと騒いでるの友人たちの黄色い声を聞き流す日は少なくない。(この先輩の名前、なんだっけなぁ…)私の返答に先輩は「良かった」と笑ったけれど、私はとても口には出さないようなことを考えていて、そんな自分の思考がバレてしまわないように平静を装う。
「今日ここに呼んだのは…俺、佐倉さんのこと ずっといいなって思ってて」
「……へ?」
「良かったら、俺の彼女になってくれないかな?」
好意を向けられることは、素直に嬉しいと思う。でもこの先輩は……確かにモテているけれど、噂も絶えない人なのだ。彼女が何人いるとか、女に見境がないとか、教育実習生とどうのこうの…とか。噂を全て鵜呑みにする気は無いけれど、火の無い所に煙は立たない。そういう噂が立ってしまう理由は何かしらあるはずだ。そんなこともあって嬉しさよりも戸惑いや嫌悪の方が遥かに大きかったし、そもそもよく知りもしない人とそういう関係になる気など私にはなかった。
「えっと…ありがとうございます。でも、ごめんなさい」
深々と頭を下げると、一歩二歩と先輩が近付いてきたのが分かった。ふと顔を上げると先輩は目の前にいて、反射的に一歩身を引くより先に腕を掴まれる。振りほどけない力強さが、怖いと思った。
「どうして?俺じゃ不満?」
「いえ、不満とかじゃなくて…先輩のことよく知らないですし」
「これから知ればいいだろ?」
「私、恋愛のことも よく分からなくて…」
「そんなの俺が教えてやるって」
当たり障りのないように断ろうとしても、言い返されてしまう。どうしようかと軽くパニックに陥っていると、不意に腕を引かれる。いとも簡単に体は前に傾いて、やばい と思うとほぼ同時に 今度は後ろから腰を引かれた。
前に後ろに忙しいな、なんて間抜けなことを考えたのは 半ば現実逃避だったのかもしれない。トン、と背中が何かに触れたから振り返ろうとすれば、私の顔のすぐ横に 見知った顔があるではないか。
「あんまり虐めないでもらえる?」
「え…りょ、亮介さん!?」
「小湊…!お前に関係ねーだろ」
「なくはないよ。
密着した背中、背後から腰に回された腕、間近にある顔ーー何もかもが恥ずかしすぎて、それ以降の先輩たちの会話は 耳元で聞こえるはずの亮介さんの声さえ 私の耳には入らなかった。
ふっと亮介さんの腕の力が緩んだことで我に返ると、こちらを睨みながら舌打ちをして 先輩が去っていくところだった。私がここに来た時と全然違う態度に苦笑いして、事態の終息を悟る。亮介さんから一歩離れて、彼の方へと向き直った。
「ありがとうございます、助かりました」
「…あいつ、噂通りのところが多いんだ。気を付けなよ」
「はい……あの、亮介さんはどうしてここに?」
私も今回初めて足を踏み入れた裏庭と呼ばれるここは、庭などとは名ばかりで実際は校舎裏とでも呼んだ方が相応しいほどに何もなければ利用する人もいない。賑やかな校内において とにかく人気が少ない場所なので、亮介さんが偶然通りかかったなんてことは想像しにくい。
「渡り廊下からここに向かう七瀬が見えた。裏庭は あいつがこういう時に使う場所らしいから、もしかしてと思ったら…案の定」
呆れたような視線とため息まじりの言葉に、すみませんと苦笑いを返すことしかできなかった。何だかんだと面倒見のいい亮介さんだ。余計な手間と心配をかけてしまったのだろう。
「俺が来なかったらどうしてた?抵抗できたの?」
うっ、と言葉に詰まる。言い返す言葉もない。腕を掴まれた時に感じた恐怖心を思い出してゾクリとした。「すみません…本当にありがとうございました」心からの謝辞で頭を下げた時に、昼休みの終わりを告げる予鈴が校内に響き渡った。
「あーあ、俺の昼休みも潰れちゃった」
「えっ!あ、あの、貴重なお時間をありがとうございました…?」
「なんで疑問系なんだよ。俺の昼休み返して」
「そ、そんなの どうすれば良いんですか!」
「…なんてね」
戸惑う私を見て ふっと亮介さんが笑ったかと思えば、トンっと 彼の手の甲が私の口に触れた。え、と間抜けな声が漏れると同時に「これ貰っとく」と 今しがた私の口元に触れた場所に、今度は亮介さんの口元が触れる。
間接キス。瞬時にそれを察して 込み上げる羞恥心が 私の顔を真っ赤に染めるまで、数秒と時間はかからなかった。
「ははっ!その顔が見れたら充分。ごちそーさま」
「りょ、亮介さん!」
「七瀬も早く教室に戻りなよ」
噛み殺しきれない笑いで肩を揺らしながら去っていく背中を 睨みつけるように見るけれど、亮介さんが振り返ることはなかった。
優しいのか、意地悪なのか。熱を持った自分の頬に両手で触れて、己を落ち着かせるために ゆっくりと息を吐く。まだこの熱は、すぐには冷めそうもない。
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