壱の話
「めっちゃ人居ると思ったら、叔父さんの後輩のアイツらがイベントするっぽい。 最悪……。」
「あー、オルティナか? お前、それで学校の友達とか大丈夫かよ?」
この日、俺は和馬に頼まれて少し遠い大型ショッピングモールに来ていた。
駐車場の時点で県外ナンバーも多かったので、イベントだろうとは思っていたがまさかオルティナだったとは思わなかった。
「変に誤魔化す方が苦しいから、「テレビ番組で堂々と悪口言う所がマジで生理的に無理。叔父さんと揉めてる親戚思い出す。」っつてる。」
「(そりゃ、ますます獅堂に対する当たりもキツくなる訳だ。 和馬にとっては、同類って事か。) ……一気にお前の学校生活が不安になったよ、俺は。」
「それなりに上手くやってる。 ……学校でも、鵜呑みにしたヤツが居るから、そういう時はイライラすっけど、俺も現役時代の叔父さんがどうしてたのかはよく知らねえから何も言えない。」
「………そういう我慢が出来るとこは充分偉いよ、お前は。」
和馬は翔真に比べると短気で、喧嘩腰になるのがかなり早い。
喜怒哀楽がハッキリしていると言ってしまえばそうだが、姉貴によく似ているという意味ではうちの遺伝子が強いのだろう。
「取り置きは出来ないって見たから、まだ残っててマジで良かった……。 ありがとう、叔父さん。」
「お前がそれを狙ってたのは知ってるからな。 ネットでは入荷次第即売れ、店頭でも中々売ってない大人気商品が、まさか有名配信者やアーティスト御用達のヘッドセットとはな。」
「叔父さんは興味ねえの?」
「それの型落ちっつうか、だいぶ古いのを使ってる。 有り難いのは、イヤーパッドが未だに販売されてる事だが……十年くらいになるし、そろそろガタが来てはいるなぁ。」
「………買い換えねえの?」
「そのうちは。 ただ、壊れてもしばらくは捨てられねえな。 兄貴から貰った最後の誕生日プレゼントだから。」
「……父さんとか母さんが遺したの、俺にも何かあんのかな………。」
「あるよ。 いつかお前達に譲るんだって言ってた腕時計とかな。」
「!」
「………気になるなら今度見せてやるよ。 ちゃんと大事に手入れして、取ってあるから。」
「………たまに、さ。 叔父さんが羨ましい。」
「あ?」
「俺の中の父さん達の記憶、あんまり残ってねえから………。」
「………いつかは忘れちまうよ、俺も。」
今17歳の翔真と和馬にとって、両親が亡くなった時は7歳だった。
まだ両親の愛を、幸せな時間を過ごすはずだった日常は、高速道路を走行していた居眠り運転のトラックが中央分離帯を越え、反対車線に居た車に突っ込み、トラック運転手及び被害車両の運転手と同行者の死亡という交通事故によって失われた。
二人には話していないが、今もなお居眠り運転をしていたトラックの運転手の遺族からは謝罪の手紙が届いている。
「(加害者遺族と被害者遺族。 家族とそれまでの日常を失ったのは、変わらないからな………。)」
そんな事を思っていると急に離れた場所から歓声が上がったのが聞こえた。
オルティナが到着したのだろう、と、そう察すると和馬が走り出した為、慌てて追いかけた。
「こんなに沢山の人が居るなんてすっごい嬉しい!」
「劇団に居た時は考えられなかったよなぁ〜。」
「…………ッ。」
「………和馬。」
なんとなく、和馬の考えている事は分かった。
今まで平然と他人を罵ったその口で、今、目の前ではファンに感謝を伝え、笑顔を見せ、愛を振り撒いている事に腹を立てているのだろう。
「(………CDの発売記念イベント、か。 流石に小塚新に触れないとは思いたいが………。)」
チラッと和馬を見た。
この人数だ、声を挙げない限りはこちらに気付く事は無いだろうが、万が一目の前で俺が罵られれば和馬は黙っては居られないだろう。
そして、制止をした所で簡単には怒りを収めないだろう事も。
「劇団と言えばさ〜、今回のCDに劇団の曲使いたかったんだよね〜。」
「断られたらしいな。」
「元劇団員を公表しているのは俺らくらいだし、使わせてくれたってよくない? 知らん連中にはアレンジさせたりとか許可出してんのにさ!」
「………案外、アイツが手を回してるのかもな。 そういうの、得意だっただろ小塚新は。」
「うっわ、有り得る〜。 マジ、辞めてるくせに迷惑かけるの辞めて欲しいわ〜。」
「──!」
今にも行きそうになった和馬の肩を掴めば、和馬は怒りを露わにしたまま振り返った。
「………今行けば、立派な営業妨害だ。 俺に頭を下げさせる気か?」
「! でも………!」
「…………。」
「ーーッ!!」
悔しそうな表情をし、歯を食いしばる和馬に目を伏せ、溜め息を吐くと背中を軽く叩いた。
「………叔父さんは、腹が立たないのかよ。」
「……俺が怒ってないように見えてんなら、元役者冥利に尽きるな。」
「!!」
「……帰るぞ、和馬。」
「………分かっ、た。」
俺とて腹が立たない訳では無い。
ただ、俺が決めている優先順位に自分に関する事は高くないというだけだった。
結局、和馬は終始不貞腐れており、翔真と和馬が過ごす家に着いてからもそれは変わらず、翔真が出迎えればより不機嫌になり、さっさと自室に籠もってしまった。
翔真も翔真でショックを受け、明らかに肩を落とし、夕食の時間になっても二人の様子は変わる事は無く、会話は無かった。
「…………。」
「(……新藤将樹は、全参加者の中で最も本気だな。自分に何が足りないかを自分自身で理解しているだけに教わりたい部分を明確にしてる。 俺に憧れていると言うだけはある。 こいつは恐らく最終選考まで行く。 あとは、長谷川心 と 谷垣フェルデール謙太 もだな。)」
オーディション番組を観ながらノートに書き込み、そう思いながら指先でテーブルを叩きつつ、考えを巡らせた。
「迷いどころは山崎颯人 か……。 実力はあるんだが、どうにも性格が………。」
と、部屋のドアをノックする音がした為思考と観ていたオーディション番組を中断し、椅子から立ち上がってドアを開けて驚いた。
「翔真。 珍しいな、お前がこの時間にまだ起きてるなんて。」
「………眠れ、なくて……。 少し、叔父さんと話してもいい?」
「ああ、構わねえよ。」
そう告げ、翔真を部屋に入れた。
「………? その番組、もしかして劇団RIZEの権利者がやってるオーディション……?」
「ああ、この前たまたま観てな。 それから時間見つけては観てる。 中々面白いぞ。」
「……叔父さんは、参加しないの? 劇団員だった人、何人か参加してるって記事見たよ。」
「………参加したくても、参加した瞬間に俺は獅堂を潰せる。 お前が決断出来ていない今の段階なら、俺が小塚新で居ないほうが獅堂を牽制していられる。」
「!」
「最も、向こうはそろそろ痺れを切らすだろうから、小塚新とトラブルになっていると週刊誌に売る可能性が高い。 そうなれば、俺は小塚新に戻る必要があり、お前らの意思なんて関係無く結論が出る。 そうなる事は俺の本意じゃないし、小塚新に戻るという事は明らかにしなきゃならないあれやこれやも話さなきゃならないからな……正直気は進まない。」
「………叔父さんは、小塚新をやりたくないの?」
「残念ながら、小塚新は色々としがらみだらけでな。 昔のように好きな事に打ち込んでて良い訳じゃない。 そのしがらみを断ち切るのも簡単じゃない上に、病気というリスクに接触する可能性さえある。 ………あまり、病気の事でお前らに心配されたくもないからな。」
そう告げながら、痺れを切らしそうなのが獅堂だけでは無いという事にまでは触れなかった。
過去についての当事者は、俺だけでは無いのだから。
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々は、既に報道済みである劇団RIZEの元運営幹部による一連の犯罪行為及び劇団内におけるハラスメントまたはいじめ行為を受けた被害者有志です。 とあるパフォーマンスグループによる虚言に対して強い憤りを感じた為、我々はこのアカウントを作成しました。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々が知る限り、パワハラ行為、特定の劇団員を虐げる、備品を壊す等の行為をしたのは小塚新さんではありません。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:パワハラ行為については、大前提として「小塚新さんは指導する立場にある」という事と指導を行う前において、小塚新さんは自身の指導について「かなり厳しい自覚があるのでハラスメントにならないよう気を付けるがハラスメントだと感じた場合には遠慮なく訴えて良い」とその都度発言されています。 事実として我々が在籍期間中、ハラスメント行為に対する公表に指導に関するハラスメントの公表はありませんでした。 隠蔽されていた場合にはこの限りではありません。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:ここで、俳優代表の権限についてご説明します。 俳優代表は、一部の劇団員に関する事柄について独断で決定権を有しており、その決定権を行使する事については運営幹部の承認を必要としないと規則で定められています。 小塚新さんの過去の発言からの推測では、劇団員からの退団の申し入れ、トラブル回避の為の配役に関する申し出(例えばトラブルになっているのでこの劇団員とは一緒にしないで欲しい等)、契約違反による除籍は俳優代表権限に含まれていたようです。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々有志は、いずれも既に報道済みの事案の被害を受けた為退団申し入れを運営幹部に棄却(破り捨てに)され、小塚新さんに被害を含めたその事を相談として訴えた所、「自分に提出してくれれば俳優代表権限で承認するので退団届を渡してくれ」と言われ、提出したその場で承認していただけていますし、事実として俳優代表権限による退団であると明記された資料を確認しております。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々を小塚新さん信者だと言われるのであれば、我々は一向に構いません。 小塚新さんが居なければ、我々はとっくに残りの人生を歩むという事さえ辞めているからです。 有志は全員役者という道を閉ざしましたが、自分を表現するという点においては閉ざした訳ではありません。 過言ではなく、小塚新さんが劇団RIZEに在籍していたから、俳優代表を務めてくださっていたから、今もこうして生きています。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:小塚新さんは我々が把握している限りでは、最後まで戦い続けていた人であると、同時に(俳優代表権限で自分で辞めることは不可能だった為)最も辞めたくても辞めさせてもらえなかった人です。 劇団RIZEの運営幹部による一連の事案で最も被害を受けた人物です。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:最後に、とある元劇団員二名(現在も活動中です)が退団後にまだ在籍していた事務所の後輩に対して嘘を付き、別の元劇団員(こちらも現在も活動中)一名までもがそれに加担した事で、劇団員達が公然ととある劇団員に対して侮辱的な発言をするだけではなく、村八分のような状況に追い込んだ事で全劇団員が派閥のようなものにより二分された事を我々は把握しています。 とある劇団員は、ただでさえ無理をしていると分かるような状態で、そんな状況に追い込まれてしまった結果、そのとある劇団員はリハーサル中に過呼吸を起こして意識を失い、そのまま二度と舞台というステージに立てなくなり、とある劇団員の周辺状況が悪化した末に退団したそうです。 とある劇団員という最大の功労者であり護り手が居なくなった劇団RIZEの終わりは、あっという間でした。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々は殆どが小塚新さんよりも先に辞めてしまった身であり、助けられた側ではありますが、権利者でさえも沈黙しているこの状況は、かつて我々が劇団RIZEの被害を受け、怖くて誰にも言えないまま苦しみ続けていたあの状況を思い出しました。 貴方にもう一度活動して下さいとは申しません。 ただ、我々の尊敬する、大好きな小塚新の名誉を守れるのはご本人である貴方だけです。 どうか、これ以上沈黙されている事だけは考え直しては頂けないでしょうか。 この投稿が、ご本人の目に届く事を切に願います。]
そんな投稿がSNSに上がったのは、翔真と話した三日後の話しで、劇団RIZEの権利者であり株式会社リージョンミュージックの社長である堂島雅信 は自身のSNSで反応を見せた。
[堂島雅信:被害者の有志アカウントの投稿に関しては、把握しています。 一部の劇団員(明確な芸名が記載されていました)の退団は俳優代表権限による退団であるか?という問い合わせがあり、そうですという回答をした記録もあります。 当事者の方による問い合わせだったかまでは把握はしておりません。]
[堂島雅信:それから、現時点においても小塚新本人を名乗る人物からの連絡はありません。 彼と面識や交流がある権利者で良かったと思う事は、偽物がすぐに分かる事です。]
[堂島雅信:ここからは、権利者や社長という肩書きを一旦置いておいて、かつて劇団RIZEに関わっていた者として投稿します。]
[堂島雅信:私が被害や事案について把握した時、既に小塚新は劇場には居ませんでした。 提出されたのに承認されないまま、明らかに激しく損壊させられていた退団届を確認し、隠されていた小塚新による業務日誌を発見⚫確認し、本当に愕然としました。 こんな地獄のような場所に、彼は残っていたのか……と。 すぐに彼の退団を公表し、あらゆる事の対応を行いました。 権利者権利の移行手続きもほぼ同時進行でした。]
[堂島雅信:彼に謝罪を、と、所在を確認し、あるタイミングで声を掛けることを辞めました。 そのタイミングで、謝罪をする事すらこちらからもう許されないのだと理解したからです。 なので、私は彼から連絡を待つことにしました。 その旨、彼へは手紙を残したので現時点で連絡が無いという事は、私の判断は間違っていないのだろうと今も信じたい。]
[堂島雅信:仮に、彼から連絡があったからと言って過去が許される訳ではない事は、彼にも皆様にもお伝えしておきます。 かつての関係者の一人として、現在の権利者として、劇団RIZE内で起きた全ての罪は今後も背負って行く所存であり、覚悟です。 しかしながら劇団RIZEというコンテンツや作品には罪は無く、活用したいという気持ちはご理解下さい。]
賛否は分かれ、小塚新本人のコメントを求める様な投稿も日々増えて行った。
大悟からも和馬からも、何か言いたげな顔はされたが実際に何か言われる事は無かった。
《独占入手! 元劇団RIZEの小塚新に親族トラブルが発覚! トラブルになっている親族が明かす、元人気看板役者の素顔とは?!》
週刊誌の記事が掲載されたのは、更に三日後の話だった。
『………そう。 そういう理由ね、やっと分かったわ。 和馬は、本人が落ち着くまではこっちで預かるわ。』
「悪いな。」
『全然! 大変なのは、アンタ達だもの。 ただ……晃は大丈夫なの? 記事、書かれたでしょ?』
「八割方嘘の記事だけどな。 裏取りもしなかったんだろうし、よっぽど大金を積んだんだろ。 ……正直、あまり大丈夫とは言い難いな。 兆候が出てたんで受診して、医者からも兆候だろうとは言われて、薬は貰ってあるから。」
『そう……。 他にアタシに出来る事があれば、遠慮なく頼ってちょうだい。 と、言ってもアタシに出来る事なんてせいぜい翔真と和馬を泊めるくらいしか出来ないけど。』
「いや、助かる。 本当に悪いな、迷惑かけて。」
『お互い様よ。 じゃあね。』
「………お前の好意と善意を利用してばっかだな、俺は。」
電話を切ってからそう呟き、溜め息を吐いてから携帯を仕舞い、翔真の居るリビングに戻った。
「……電話、大悟さん?」
「ああ。 和馬が押しかけて、何があったか言おうとしねえからって。」
「………ごめんなさい。」
「俺はともかく、大悟に連絡して謝っとけ。」
「でも、叔父さんも週刊誌に書かれたから、症状が………。」
「もう一度言うぞ。 家族の俺はともかく、第三者の大悟に迷惑をかけてんだからお前も大悟に謝っとけ。」
「……ごめんなさい。」
「………大方、記事になった事で和馬がブチギレたんだろ、獅堂に関わりに行った翔真のせいだって。」
「…………。」
「和馬は俺にまた役者というか、小塚新として活動して欲しいと本気で思ってるからな。 ヒーローショーとか、ああいうのが和馬は赤ちゃんの時から好きだしな。」
「………僕だって、叔父さんの活動は見たいよ……。」
「だが、和馬はそう思ってない。 和馬は、お前は小塚新どころか叔父小野塚晃まで邪魔をしていると本気で思ってる。 何故なら、俺を散々悩ませ苦しめている獅堂と話をしようと、対話をしようという姿勢を取り続けているから。」
「…………。」
「悪いが、獅堂が俺を散々悩ませて苦しめてるのは事実だぞ。 弁護士費用、裁判費用、この辺りは高額だ。 ハッキリ言って、獅堂を相手にしているせいでオルティナの言動を放置している部分だってある。 費用的にも、精神的負担的にも、もうあまり余裕が無い。 先の事を考えると、弁護士にお願いするのはこれが限界だ。 これで片付かないなら、もう対応は出来ない。」
「! 精神的負担……って……叔父さん、もしかして具合悪いの?」
「………カウンセリングに行く頻度が増えたという意味では、ここ二、三年は悪くなってるな。」
「──!」
「そういう意味でも、和馬は最早お前を恨んでると言ってもいい。 これは、お前が獅堂と対話しようと俺に内緒で勝手に決めた以上、必然的に起きた結果だ。 俺に話を通してれば、そこまではいかなかっただろうけどな。」
「…………。」
「こうなった以上、お前には結論を出して貰わなきゃならない。 獅堂を選ぶか、小野塚を選ぶか、どちらか一つだ。 そして、どちらを選んだとしても和馬がお前を許すかどうかは別だ。」
「…………。」
「………翔真、ハッキリ言うがこの問題に関してはお前の優しさは何も良い結果を招かない。 お前は優しいから、どっちにも気を遣う。 その優しさが事態を悪化させた原因の一つだ。 諦めの悪い獅堂は、お前の優しさによってある種の「押せば通せる」という希望を抱いたんだからな。」
「──!」
「もし、お前がこのまま決められないなら………悪いが、獅堂家がお前を諦めない以上、お前との関係を切る。 それが和馬とお前の為で、自分の為だからだ。」
翔真は酷くショックを受けたようだったが、俺もまたその様子を見てショックを受けた。
散々、獅堂家の連中がどんな奴かは話して来たつもりだった。
期待を、希望を抱かせれば、どうなるかも。
だが、それが翔真には伝わっていなかったのだと分かったからだ。
「(………だとしたら、こうなったのは仕方ない。 俺の説明が足りなかった。)」
そう思いながら、組んでいた手の平を握り締めた。
「晃。」
「ん?」
「………アンタにお客さんよ。」
「……客?」
その日、いつも通りの閉店時間が近付き、奥で片付けをしていると大悟がやって来て、複雑そうな顔をしながら告げた為、すぐに小野塚晃にと言うよりは小塚新にだと分かった。
そう告げながら表に行くと、一人の中年の男と一人の若そうな男の二人が居た。
「誰かと思えば、株式会社リージョンミュージックの社長さんか。 ま、SNSで言ってたぐらいだ、調べたんだろうとは察しが付く。」
「………調べた訳では無く、甥っ子さんがお前がこちらに居ると教えてくれた。 かなり生意気そうな甥っ子さんだったがね。」
「(和馬だな……。)」
「(和馬ね……。)」
「し、社長、こちらの方が……?」
「ああ。 彼が劇団RIZE第八十二代目俳優代表だった小塚新だ。」
「「!!」」
「………どっちも元だ。 もうやる気は無い。」
居合わせた従業員二人が驚いた顔をしたのを見、溜め息を吐いてからそう告げてから近くの席に座るように指示を出した。
「用件を聞く前に、見ない顔が居るし自己紹介しておくか。 俺は元劇団RIZE第八十二代目俳優代表の小塚新、今はただの小野塚晃だ。」
「は、初めまして、榊原翔平 と申します! 入社四年目で、タレント事業部に所属しております!」
「翔平は、甥だ。今やってるRe:RIZEProjectでは私の補佐をさせ、いずれ権利者を継げるように経験を積ませている最中だ。」
「………つまり、Re:RIZEProjectでデビューするヤツのマネジメント業務も任せたいし、出来るなら俺との連絡係にしたいって魂胆か。」
俺がそう告げれば、株式会社リージョンミュージックの社長であり、現在劇団RIZEの権利者をしている堂島雅信 の甥だという榊原翔平が息を呑んでいた。
「強制する気は毛頭無い。 それから、今日来たのは映像や音源の使用許可を求めに来た訳でも無い。」
「………えッ?!」
「…………。」
チラッと端に立っていた大悟を見やれば、無言で頷き、居た二人の従業員に先に上がるように告げた。
「………すまない、配慮に欠けていたな。」
「ああ。 だが最初から期待してない。」
「!」
「…………。」
「大悟。 後は俺がやっとく。」
「大丈夫よ。 どうせ事務仕事が残ってるし、さっき携帯を見たらアンタの事を頼まれちゃったからね。」
「和馬か……。」
「まあ、アタシは部外者だから、本業の事務所の方で事務仕事を片付けてるわ。 戸締まりしたら顔を出して頂戴。」
「ああ、悪いな。」
「全然。 気にしないで頂戴。」
大悟は俺に店の鍵を手渡しながらそう言うと、奥に去って行った。
「………彼、で、良いのだろうか。 は、事情を知っているようだな?」
「ああ。 お互い何かと頼ってる幼馴染みだからな。 アイツの本業はメイクアップアーティストだ。悪いと思うなら、本業の方で依頼をしてやれ。」
「……覚えておこう。」
「それで?映像や音源の使用許可を取りに来たんじゃないなら、一体何の用だ?」
俺がそう告げれば、堂島さんが鞄からクリアファイルに入った書類を取り出し、俺に差し出して来た。
それを手に取り、確認すると思わず顔を顰めた。
「昨今のオルティナの言動に触発されてだろう、役員達から一連の事案に関する情報の公表を求められている。」
「………他の奴等は、サインしたのか?」
「ああ。 最も、匿名を条件にした人は少なくない。 その点は、個人情報の保護という観点からみても希望通りにする 。」
「…………。」
「……サインをしなくても構わない。 これはこちらの事情であると同時に、あくまでも全員の承諾があればという前提条件での公表だ。 誰の承諾が得られなかったかどうかまで伝えるつもりもない。」
その言葉に溜め息を吐いた。
「………あんたはどこまで把握してる。」
「恐らく、大体は把握している。」
「だが、役員連中は報道された範囲しか知らない……か。 そりゃあ、オルティナという存在の発言を受ければ、不満も出るか。」
「…………。」
フッと笑って手にしていた承諾書をテーブルに置き、胸ポケットに入れていたボールペンを手にし、本名と芸名二つの欄に名前を書いた。
「………願わくば、これが最後になる事を祈ってるよ。」
「……最善を尽くそう。」
「どうせ、他に言いたい事があるんだろ。 答えるくらいはしてやる。」
「やる気は無いと言ったな? 病気が理由か?」
「?!」
「………そうだな。 だが、それだけじゃない。」
「……具合は?」
「見ての通りだ。 トラウマの要因にさえ触れなきゃ支障は無い。」
「…………。」
「……語るべき事はあれど、語るには噛み合わない。 落ちぶれたと思うべきか、代償と捉えるかは………知った人の解釈に任せる。 俺に言える事は、劇団RIZE第八十二代目俳優代表の小塚新は退団と同時に死んだって事だ。」
「…………。」
「………、……。」
「今の言葉を含めて公表するかはあんたに任せる。 俺は自分自身の心を守る為に、一連の騒動については俺から何か言う気は無い。 連中は既に処罰を受けている訳だしな。」
「……そうか。 お前にその気があるなら、小塚新に関する窓口対応くらいならしてやれる。 気が向いたら連絡してくれ。」
二人は、堂島さんがそう告げると去って行った。
俺はすぐには動かず、しばらく同意書の複写を眺めてから溜め息を吐き、カップを片付け、店の戸締まりをしてから、店と直結している大悟の居るメイクアップアーティストとしての事務所へ向かった。
「! ……話しは終わったの?」
「ああ。 過去の……病気になった原因でもある一連の事案の公表に、同意して来た。」
「………は?!」
「報道内容しか知らない役員達にああだこうだ言われ、公表を求められたらしい。 恐らく、俺の同意だけが取りに来づらかっただけで、他の連中の同意なんて随分前に取れてただろうな。」
「───。」
「………俺も馬鹿だな、同意なんかすりゃあ獅堂がより黙ってる訳はねえのによ。」
「……大丈夫、なの?」
「………大丈夫じゃないが、避けても通れない事だ。 落ち着いたら帰る。」
「…………。」
「……俺の口から言えない事を思えば、これは最善策だ。」
そう告げると蒸しタオルで目元を隠し、泣く所を見られないようにしたが、長い付き合いである大悟になどそんな誤魔化しはバレているだろう事は分かっていた。
「クソ……。」
「…………。」
勿論、叶うならば自分の口から告げたかった。
だが、それは現状においては無理で、言える様になるまであとどれほど掛かるかは分からない。
であれば、公表されるタイミングで、代わりに公表されるのが良い形だ。
『劇団RIZEの権利者で、株式会社リージョンミュージックの代表である堂島雅信氏は、本日付けて被害者全員の同意が得られた事から約10年に起きた劇団RIZEの一連の事件に関して、匿名を希望しなかった被害者の芸名を含めて「権利者として把握、保管していた資料を全て公開する」と発表しました。』
『公開された資料によりますと、被害者の中には第八十二代目俳優代表として活動していた小塚新さんの名前があり、退団までの五年間で数多くの被害者から提出された退団届を当時の総支配人らが破り捨てた事や自身の名によって退団を受理した事を記載した業務日誌が含まれ、堂島氏は小塚新氏について「本人から聞き、話すかは私に任せると言われた」と前置きした上で「一連の事案によって心的外傷後ストレス障害を発症しており、芸能活動を行う意思は無く、今後も本人は一連の騒動について何も言うつもりはないとの事だった」としました。』
その日のニュースは、堂島さんが公表した資料の話題ばかりだった。
被害者の中に小塚新の名前があった事から、SNS上ではこれまでのオルティナの発言の信憑性が揺らぎ、オルティナのこれまでの発言に対して批判的な声もあれば、権利者であるを通じ何も言うつもりはないと告げた小塚新に対する批判的にも懐疑的な声もあった。
「あー、オルティナか? お前、それで学校の友達とか大丈夫かよ?」
この日、俺は和馬に頼まれて少し遠い大型ショッピングモールに来ていた。
駐車場の時点で県外ナンバーも多かったので、イベントだろうとは思っていたがまさかオルティナだったとは思わなかった。
「変に誤魔化す方が苦しいから、「テレビ番組で堂々と悪口言う所がマジで生理的に無理。叔父さんと揉めてる親戚思い出す。」っつてる。」
「(そりゃ、ますます獅堂に対する当たりもキツくなる訳だ。 和馬にとっては、同類って事か。) ……一気にお前の学校生活が不安になったよ、俺は。」
「それなりに上手くやってる。 ……学校でも、鵜呑みにしたヤツが居るから、そういう時はイライラすっけど、俺も現役時代の叔父さんがどうしてたのかはよく知らねえから何も言えない。」
「………そういう我慢が出来るとこは充分偉いよ、お前は。」
和馬は翔真に比べると短気で、喧嘩腰になるのがかなり早い。
喜怒哀楽がハッキリしていると言ってしまえばそうだが、姉貴によく似ているという意味ではうちの遺伝子が強いのだろう。
「取り置きは出来ないって見たから、まだ残っててマジで良かった……。 ありがとう、叔父さん。」
「お前がそれを狙ってたのは知ってるからな。 ネットでは入荷次第即売れ、店頭でも中々売ってない大人気商品が、まさか有名配信者やアーティスト御用達のヘッドセットとはな。」
「叔父さんは興味ねえの?」
「それの型落ちっつうか、だいぶ古いのを使ってる。 有り難いのは、イヤーパッドが未だに販売されてる事だが……十年くらいになるし、そろそろガタが来てはいるなぁ。」
「………買い換えねえの?」
「そのうちは。 ただ、壊れてもしばらくは捨てられねえな。 兄貴から貰った最後の誕生日プレゼントだから。」
「……父さんとか母さんが遺したの、俺にも何かあんのかな………。」
「あるよ。 いつかお前達に譲るんだって言ってた腕時計とかな。」
「!」
「………気になるなら今度見せてやるよ。 ちゃんと大事に手入れして、取ってあるから。」
「………たまに、さ。 叔父さんが羨ましい。」
「あ?」
「俺の中の父さん達の記憶、あんまり残ってねえから………。」
「………いつかは忘れちまうよ、俺も。」
今17歳の翔真と和馬にとって、両親が亡くなった時は7歳だった。
まだ両親の愛を、幸せな時間を過ごすはずだった日常は、高速道路を走行していた居眠り運転のトラックが中央分離帯を越え、反対車線に居た車に突っ込み、トラック運転手及び被害車両の運転手と同行者の死亡という交通事故によって失われた。
二人には話していないが、今もなお居眠り運転をしていたトラックの運転手の遺族からは謝罪の手紙が届いている。
「(加害者遺族と被害者遺族。 家族とそれまでの日常を失ったのは、変わらないからな………。)」
そんな事を思っていると急に離れた場所から歓声が上がったのが聞こえた。
オルティナが到着したのだろう、と、そう察すると和馬が走り出した為、慌てて追いかけた。
「こんなに沢山の人が居るなんてすっごい嬉しい!」
「劇団に居た時は考えられなかったよなぁ〜。」
「…………ッ。」
「………和馬。」
なんとなく、和馬の考えている事は分かった。
今まで平然と他人を罵ったその口で、今、目の前ではファンに感謝を伝え、笑顔を見せ、愛を振り撒いている事に腹を立てているのだろう。
「(………CDの発売記念イベント、か。 流石に小塚新に触れないとは思いたいが………。)」
チラッと和馬を見た。
この人数だ、声を挙げない限りはこちらに気付く事は無いだろうが、万が一目の前で俺が罵られれば和馬は黙っては居られないだろう。
そして、制止をした所で簡単には怒りを収めないだろう事も。
「劇団と言えばさ〜、今回のCDに劇団の曲使いたかったんだよね〜。」
「断られたらしいな。」
「元劇団員を公表しているのは俺らくらいだし、使わせてくれたってよくない? 知らん連中にはアレンジさせたりとか許可出してんのにさ!」
「………案外、アイツが手を回してるのかもな。 そういうの、得意だっただろ小塚新は。」
「うっわ、有り得る〜。 マジ、辞めてるくせに迷惑かけるの辞めて欲しいわ〜。」
「──!」
今にも行きそうになった和馬の肩を掴めば、和馬は怒りを露わにしたまま振り返った。
「………今行けば、立派な営業妨害だ。 俺に頭を下げさせる気か?」
「! でも………!」
「…………。」
「ーーッ!!」
悔しそうな表情をし、歯を食いしばる和馬に目を伏せ、溜め息を吐くと背中を軽く叩いた。
「………叔父さんは、腹が立たないのかよ。」
「……俺が怒ってないように見えてんなら、元役者冥利に尽きるな。」
「!!」
「……帰るぞ、和馬。」
「………分かっ、た。」
俺とて腹が立たない訳では無い。
ただ、俺が決めている優先順位に自分に関する事は高くないというだけだった。
結局、和馬は終始不貞腐れており、翔真と和馬が過ごす家に着いてからもそれは変わらず、翔真が出迎えればより不機嫌になり、さっさと自室に籠もってしまった。
翔真も翔真でショックを受け、明らかに肩を落とし、夕食の時間になっても二人の様子は変わる事は無く、会話は無かった。
「…………。」
「(……新藤将樹は、全参加者の中で最も本気だな。自分に何が足りないかを自分自身で理解しているだけに教わりたい部分を明確にしてる。 俺に憧れていると言うだけはある。 こいつは恐らく最終選考まで行く。 あとは、
オーディション番組を観ながらノートに書き込み、そう思いながら指先でテーブルを叩きつつ、考えを巡らせた。
「迷いどころは
と、部屋のドアをノックする音がした為思考と観ていたオーディション番組を中断し、椅子から立ち上がってドアを開けて驚いた。
「翔真。 珍しいな、お前がこの時間にまだ起きてるなんて。」
「………眠れ、なくて……。 少し、叔父さんと話してもいい?」
「ああ、構わねえよ。」
そう告げ、翔真を部屋に入れた。
「………? その番組、もしかして劇団RIZEの権利者がやってるオーディション……?」
「ああ、この前たまたま観てな。 それから時間見つけては観てる。 中々面白いぞ。」
「……叔父さんは、参加しないの? 劇団員だった人、何人か参加してるって記事見たよ。」
「………参加したくても、参加した瞬間に俺は獅堂を潰せる。 お前が決断出来ていない今の段階なら、俺が小塚新で居ないほうが獅堂を牽制していられる。」
「!」
「最も、向こうはそろそろ痺れを切らすだろうから、小塚新とトラブルになっていると週刊誌に売る可能性が高い。 そうなれば、俺は小塚新に戻る必要があり、お前らの意思なんて関係無く結論が出る。 そうなる事は俺の本意じゃないし、小塚新に戻るという事は明らかにしなきゃならないあれやこれやも話さなきゃならないからな……正直気は進まない。」
「………叔父さんは、小塚新をやりたくないの?」
「残念ながら、小塚新は色々としがらみだらけでな。 昔のように好きな事に打ち込んでて良い訳じゃない。 そのしがらみを断ち切るのも簡単じゃない上に、病気というリスクに接触する可能性さえある。 ………あまり、病気の事でお前らに心配されたくもないからな。」
そう告げながら、痺れを切らしそうなのが獅堂だけでは無いという事にまでは触れなかった。
過去についての当事者は、俺だけでは無いのだから。
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々は、既に報道済みである劇団RIZEの元運営幹部による一連の犯罪行為及び劇団内におけるハラスメントまたはいじめ行為を受けた被害者有志です。 とあるパフォーマンスグループによる虚言に対して強い憤りを感じた為、我々はこのアカウントを作成しました。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々が知る限り、パワハラ行為、特定の劇団員を虐げる、備品を壊す等の行為をしたのは小塚新さんではありません。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:パワハラ行為については、大前提として「小塚新さんは指導する立場にある」という事と指導を行う前において、小塚新さんは自身の指導について「かなり厳しい自覚があるのでハラスメントにならないよう気を付けるがハラスメントだと感じた場合には遠慮なく訴えて良い」とその都度発言されています。 事実として我々が在籍期間中、ハラスメント行為に対する公表に指導に関するハラスメントの公表はありませんでした。 隠蔽されていた場合にはこの限りではありません。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:ここで、俳優代表の権限についてご説明します。 俳優代表は、一部の劇団員に関する事柄について独断で決定権を有しており、その決定権を行使する事については運営幹部の承認を必要としないと規則で定められています。 小塚新さんの過去の発言からの推測では、劇団員からの退団の申し入れ、トラブル回避の為の配役に関する申し出(例えばトラブルになっているのでこの劇団員とは一緒にしないで欲しい等)、契約違反による除籍は俳優代表権限に含まれていたようです。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々有志は、いずれも既に報道済みの事案の被害を受けた為退団申し入れを運営幹部に棄却(破り捨てに)され、小塚新さんに被害を含めたその事を相談として訴えた所、「自分に提出してくれれば俳優代表権限で承認するので退団届を渡してくれ」と言われ、提出したその場で承認していただけていますし、事実として俳優代表権限による退団であると明記された資料を確認しております。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々を小塚新さん信者だと言われるのであれば、我々は一向に構いません。 小塚新さんが居なければ、我々はとっくに残りの人生を歩むという事さえ辞めているからです。 有志は全員役者という道を閉ざしましたが、自分を表現するという点においては閉ざした訳ではありません。 過言ではなく、小塚新さんが劇団RIZEに在籍していたから、俳優代表を務めてくださっていたから、今もこうして生きています。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:小塚新さんは我々が把握している限りでは、最後まで戦い続けていた人であると、同時に(俳優代表権限で自分で辞めることは不可能だった為)最も辞めたくても辞めさせてもらえなかった人です。 劇団RIZEの運営幹部による一連の事案で最も被害を受けた人物です。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:最後に、とある元劇団員二名(現在も活動中です)が退団後にまだ在籍していた事務所の後輩に対して嘘を付き、別の元劇団員(こちらも現在も活動中)一名までもがそれに加担した事で、劇団員達が公然ととある劇団員に対して侮辱的な発言をするだけではなく、村八分のような状況に追い込んだ事で全劇団員が派閥のようなものにより二分された事を我々は把握しています。 とある劇団員は、ただでさえ無理をしていると分かるような状態で、そんな状況に追い込まれてしまった結果、そのとある劇団員はリハーサル中に過呼吸を起こして意識を失い、そのまま二度と舞台というステージに立てなくなり、とある劇団員の周辺状況が悪化した末に退団したそうです。 とある劇団員という最大の功労者であり護り手が居なくなった劇団RIZEの終わりは、あっという間でした。]
[劇団RIZE被害者の当事者有志:我々は殆どが小塚新さんよりも先に辞めてしまった身であり、助けられた側ではありますが、権利者でさえも沈黙しているこの状況は、かつて我々が劇団RIZEの被害を受け、怖くて誰にも言えないまま苦しみ続けていたあの状況を思い出しました。 貴方にもう一度活動して下さいとは申しません。 ただ、我々の尊敬する、大好きな小塚新の名誉を守れるのはご本人である貴方だけです。 どうか、これ以上沈黙されている事だけは考え直しては頂けないでしょうか。 この投稿が、ご本人の目に届く事を切に願います。]
そんな投稿がSNSに上がったのは、翔真と話した三日後の話しで、劇団RIZEの権利者であり株式会社リージョンミュージックの社長である
[堂島雅信:被害者の有志アカウントの投稿に関しては、把握しています。 一部の劇団員(明確な芸名が記載されていました)の退団は俳優代表権限による退団であるか?という問い合わせがあり、そうですという回答をした記録もあります。 当事者の方による問い合わせだったかまでは把握はしておりません。]
[堂島雅信:それから、現時点においても小塚新本人を名乗る人物からの連絡はありません。 彼と面識や交流がある権利者で良かったと思う事は、偽物がすぐに分かる事です。]
[堂島雅信:ここからは、権利者や社長という肩書きを一旦置いておいて、かつて劇団RIZEに関わっていた者として投稿します。]
[堂島雅信:私が被害や事案について把握した時、既に小塚新は劇場には居ませんでした。 提出されたのに承認されないまま、明らかに激しく損壊させられていた退団届を確認し、隠されていた小塚新による業務日誌を発見⚫確認し、本当に愕然としました。 こんな地獄のような場所に、彼は残っていたのか……と。 すぐに彼の退団を公表し、あらゆる事の対応を行いました。 権利者権利の移行手続きもほぼ同時進行でした。]
[堂島雅信:彼に謝罪を、と、所在を確認し、あるタイミングで声を掛けることを辞めました。 そのタイミングで、謝罪をする事すらこちらからもう許されないのだと理解したからです。 なので、私は彼から連絡を待つことにしました。 その旨、彼へは手紙を残したので現時点で連絡が無いという事は、私の判断は間違っていないのだろうと今も信じたい。]
[堂島雅信:仮に、彼から連絡があったからと言って過去が許される訳ではない事は、彼にも皆様にもお伝えしておきます。 かつての関係者の一人として、現在の権利者として、劇団RIZE内で起きた全ての罪は今後も背負って行く所存であり、覚悟です。 しかしながら劇団RIZEというコンテンツや作品には罪は無く、活用したいという気持ちはご理解下さい。]
賛否は分かれ、小塚新本人のコメントを求める様な投稿も日々増えて行った。
大悟からも和馬からも、何か言いたげな顔はされたが実際に何か言われる事は無かった。
《独占入手! 元劇団RIZEの小塚新に親族トラブルが発覚! トラブルになっている親族が明かす、元人気看板役者の素顔とは?!》
週刊誌の記事が掲載されたのは、更に三日後の話だった。
『………そう。 そういう理由ね、やっと分かったわ。 和馬は、本人が落ち着くまではこっちで預かるわ。』
「悪いな。」
『全然! 大変なのは、アンタ達だもの。 ただ……晃は大丈夫なの? 記事、書かれたでしょ?』
「八割方嘘の記事だけどな。 裏取りもしなかったんだろうし、よっぽど大金を積んだんだろ。 ……正直、あまり大丈夫とは言い難いな。 兆候が出てたんで受診して、医者からも兆候だろうとは言われて、薬は貰ってあるから。」
『そう……。 他にアタシに出来る事があれば、遠慮なく頼ってちょうだい。 と、言ってもアタシに出来る事なんてせいぜい翔真と和馬を泊めるくらいしか出来ないけど。』
「いや、助かる。 本当に悪いな、迷惑かけて。」
『お互い様よ。 じゃあね。』
「………お前の好意と善意を利用してばっかだな、俺は。」
電話を切ってからそう呟き、溜め息を吐いてから携帯を仕舞い、翔真の居るリビングに戻った。
「……電話、大悟さん?」
「ああ。 和馬が押しかけて、何があったか言おうとしねえからって。」
「………ごめんなさい。」
「俺はともかく、大悟に連絡して謝っとけ。」
「でも、叔父さんも週刊誌に書かれたから、症状が………。」
「もう一度言うぞ。 家族の俺はともかく、第三者の大悟に迷惑をかけてんだからお前も大悟に謝っとけ。」
「……ごめんなさい。」
「………大方、記事になった事で和馬がブチギレたんだろ、獅堂に関わりに行った翔真のせいだって。」
「…………。」
「和馬は俺にまた役者というか、小塚新として活動して欲しいと本気で思ってるからな。 ヒーローショーとか、ああいうのが和馬は赤ちゃんの時から好きだしな。」
「………僕だって、叔父さんの活動は見たいよ……。」
「だが、和馬はそう思ってない。 和馬は、お前は小塚新どころか叔父小野塚晃まで邪魔をしていると本気で思ってる。 何故なら、俺を散々悩ませ苦しめている獅堂と話をしようと、対話をしようという姿勢を取り続けているから。」
「…………。」
「悪いが、獅堂が俺を散々悩ませて苦しめてるのは事実だぞ。 弁護士費用、裁判費用、この辺りは高額だ。 ハッキリ言って、獅堂を相手にしているせいでオルティナの言動を放置している部分だってある。 費用的にも、精神的負担的にも、もうあまり余裕が無い。 先の事を考えると、弁護士にお願いするのはこれが限界だ。 これで片付かないなら、もう対応は出来ない。」
「! 精神的負担……って……叔父さん、もしかして具合悪いの?」
「………カウンセリングに行く頻度が増えたという意味では、ここ二、三年は悪くなってるな。」
「──!」
「そういう意味でも、和馬は最早お前を恨んでると言ってもいい。 これは、お前が獅堂と対話しようと俺に内緒で勝手に決めた以上、必然的に起きた結果だ。 俺に話を通してれば、そこまではいかなかっただろうけどな。」
「…………。」
「こうなった以上、お前には結論を出して貰わなきゃならない。 獅堂を選ぶか、小野塚を選ぶか、どちらか一つだ。 そして、どちらを選んだとしても和馬がお前を許すかどうかは別だ。」
「…………。」
「………翔真、ハッキリ言うがこの問題に関してはお前の優しさは何も良い結果を招かない。 お前は優しいから、どっちにも気を遣う。 その優しさが事態を悪化させた原因の一つだ。 諦めの悪い獅堂は、お前の優しさによってある種の「押せば通せる」という希望を抱いたんだからな。」
「──!」
「もし、お前がこのまま決められないなら………悪いが、獅堂家がお前を諦めない以上、お前との関係を切る。 それが和馬とお前の為で、自分の為だからだ。」
翔真は酷くショックを受けたようだったが、俺もまたその様子を見てショックを受けた。
散々、獅堂家の連中がどんな奴かは話して来たつもりだった。
期待を、希望を抱かせれば、どうなるかも。
だが、それが翔真には伝わっていなかったのだと分かったからだ。
「(………だとしたら、こうなったのは仕方ない。 俺の説明が足りなかった。)」
そう思いながら、組んでいた手の平を握り締めた。
「晃。」
「ん?」
「………アンタにお客さんよ。」
「……客?」
その日、いつも通りの閉店時間が近付き、奥で片付けをしていると大悟がやって来て、複雑そうな顔をしながら告げた為、すぐに小野塚晃にと言うよりは小塚新にだと分かった。
そう告げながら表に行くと、一人の中年の男と一人の若そうな男の二人が居た。
「誰かと思えば、株式会社リージョンミュージックの社長さんか。 ま、SNSで言ってたぐらいだ、調べたんだろうとは察しが付く。」
「………調べた訳では無く、甥っ子さんがお前がこちらに居ると教えてくれた。 かなり生意気そうな甥っ子さんだったがね。」
「(和馬だな……。)」
「(和馬ね……。)」
「し、社長、こちらの方が……?」
「ああ。 彼が劇団RIZE第八十二代目俳優代表だった小塚新だ。」
「「!!」」
「………どっちも元だ。 もうやる気は無い。」
居合わせた従業員二人が驚いた顔をしたのを見、溜め息を吐いてからそう告げてから近くの席に座るように指示を出した。
「用件を聞く前に、見ない顔が居るし自己紹介しておくか。 俺は元劇団RIZE第八十二代目俳優代表の小塚新、今はただの小野塚晃だ。」
「は、初めまして、
「翔平は、甥だ。今やってるRe:RIZEProjectでは私の補佐をさせ、いずれ権利者を継げるように経験を積ませている最中だ。」
「………つまり、Re:RIZEProjectでデビューするヤツのマネジメント業務も任せたいし、出来るなら俺との連絡係にしたいって魂胆か。」
俺がそう告げれば、株式会社リージョンミュージックの社長であり、現在劇団RIZEの権利者をしている
「強制する気は毛頭無い。 それから、今日来たのは映像や音源の使用許可を求めに来た訳でも無い。」
「………えッ?!」
「…………。」
チラッと端に立っていた大悟を見やれば、無言で頷き、居た二人の従業員に先に上がるように告げた。
「………すまない、配慮に欠けていたな。」
「ああ。 だが最初から期待してない。」
「!」
「…………。」
「大悟。 後は俺がやっとく。」
「大丈夫よ。 どうせ事務仕事が残ってるし、さっき携帯を見たらアンタの事を頼まれちゃったからね。」
「和馬か……。」
「まあ、アタシは部外者だから、本業の事務所の方で事務仕事を片付けてるわ。 戸締まりしたら顔を出して頂戴。」
「ああ、悪いな。」
「全然。 気にしないで頂戴。」
大悟は俺に店の鍵を手渡しながらそう言うと、奥に去って行った。
「………彼、で、良いのだろうか。 は、事情を知っているようだな?」
「ああ。 お互い何かと頼ってる幼馴染みだからな。 アイツの本業はメイクアップアーティストだ。悪いと思うなら、本業の方で依頼をしてやれ。」
「……覚えておこう。」
「それで?映像や音源の使用許可を取りに来たんじゃないなら、一体何の用だ?」
俺がそう告げれば、堂島さんが鞄からクリアファイルに入った書類を取り出し、俺に差し出して来た。
それを手に取り、確認すると思わず顔を顰めた。
「昨今のオルティナの言動に触発されてだろう、役員達から一連の事案に関する情報の公表を求められている。」
「………他の奴等は、サインしたのか?」
「ああ。 最も、匿名を条件にした人は少なくない。 その点は、個人情報の保護という観点からみても希望通りにする 。」
「…………。」
「……サインをしなくても構わない。 これはこちらの事情であると同時に、あくまでも全員の承諾があればという前提条件での公表だ。 誰の承諾が得られなかったかどうかまで伝えるつもりもない。」
その言葉に溜め息を吐いた。
「………あんたはどこまで把握してる。」
「恐らく、大体は把握している。」
「だが、役員連中は報道された範囲しか知らない……か。 そりゃあ、オルティナという存在の発言を受ければ、不満も出るか。」
「…………。」
フッと笑って手にしていた承諾書をテーブルに置き、胸ポケットに入れていたボールペンを手にし、本名と芸名二つの欄に名前を書いた。
「………願わくば、これが最後になる事を祈ってるよ。」
「……最善を尽くそう。」
「どうせ、他に言いたい事があるんだろ。 答えるくらいはしてやる。」
「やる気は無いと言ったな? 病気が理由か?」
「?!」
「………そうだな。 だが、それだけじゃない。」
「……具合は?」
「見ての通りだ。 トラウマの要因にさえ触れなきゃ支障は無い。」
「…………。」
「……語るべき事はあれど、語るには噛み合わない。 落ちぶれたと思うべきか、代償と捉えるかは………知った人の解釈に任せる。 俺に言える事は、劇団RIZE第八十二代目俳優代表の小塚新は退団と同時に死んだって事だ。」
「…………。」
「………、……。」
「今の言葉を含めて公表するかはあんたに任せる。 俺は自分自身の心を守る為に、一連の騒動については俺から何か言う気は無い。 連中は既に処罰を受けている訳だしな。」
「……そうか。 お前にその気があるなら、小塚新に関する窓口対応くらいならしてやれる。 気が向いたら連絡してくれ。」
二人は、堂島さんがそう告げると去って行った。
俺はすぐには動かず、しばらく同意書の複写を眺めてから溜め息を吐き、カップを片付け、店の戸締まりをしてから、店と直結している大悟の居るメイクアップアーティストとしての事務所へ向かった。
「! ……話しは終わったの?」
「ああ。 過去の……病気になった原因でもある一連の事案の公表に、同意して来た。」
「………は?!」
「報道内容しか知らない役員達にああだこうだ言われ、公表を求められたらしい。 恐らく、俺の同意だけが取りに来づらかっただけで、他の連中の同意なんて随分前に取れてただろうな。」
「───。」
「………俺も馬鹿だな、同意なんかすりゃあ獅堂がより黙ってる訳はねえのによ。」
「……大丈夫、なの?」
「………大丈夫じゃないが、避けても通れない事だ。 落ち着いたら帰る。」
「…………。」
「……俺の口から言えない事を思えば、これは最善策だ。」
そう告げると蒸しタオルで目元を隠し、泣く所を見られないようにしたが、長い付き合いである大悟になどそんな誤魔化しはバレているだろう事は分かっていた。
「クソ……。」
「…………。」
勿論、叶うならば自分の口から告げたかった。
だが、それは現状においては無理で、言える様になるまであとどれほど掛かるかは分からない。
であれば、公表されるタイミングで、代わりに公表されるのが良い形だ。
『劇団RIZEの権利者で、株式会社リージョンミュージックの代表である堂島雅信氏は、本日付けて被害者全員の同意が得られた事から約10年に起きた劇団RIZEの一連の事件に関して、匿名を希望しなかった被害者の芸名を含めて「権利者として把握、保管していた資料を全て公開する」と発表しました。』
『公開された資料によりますと、被害者の中には第八十二代目俳優代表として活動していた小塚新さんの名前があり、退団までの五年間で数多くの被害者から提出された退団届を当時の総支配人らが破り捨てた事や自身の名によって退団を受理した事を記載した業務日誌が含まれ、堂島氏は小塚新氏について「本人から聞き、話すかは私に任せると言われた」と前置きした上で「一連の事案によって心的外傷後ストレス障害を発症しており、芸能活動を行う意思は無く、今後も本人は一連の騒動について何も言うつもりはないとの事だった」としました。』
その日のニュースは、堂島さんが公表した資料の話題ばかりだった。
被害者の中に小塚新の名前があった事から、SNS上ではこれまでのオルティナの発言の信憑性が揺らぎ、オルティナのこれまでの発言に対して批判的な声もあれば、権利者であるを通じ何も言うつもりはないと告げた小塚新に対する批判的にも懐疑的な声もあった。