壱の話

だが、翔真があちらヘ行ったところで兄貴の両親は満足しないだろう。
向こうが求めてるのは、“一族の立派な跡取り"であり、その為には“小野塚家という格下"の家柄の者とは無関係に……遠回しに縁を切らせたがる様が目に浮かぶ。

「はぁ~……。」

まだまだ振り回されそうな予感に溜息を吐くと同時に、頭が痛くなる。

「叔父さん。」
「ん?」
「俺は、叔父さんには感謝してる。 叔父さんが居たから、親父達が死んで、悲しかったし寂しかった。
「…………。」
「叔父さんは俺達が悲しまないように、寂しくないようにって頑張ってくれてただろ? 叔父さんだって、色々やる事あったはずなのに。」
「まあ、俺がやる事なんて片手間でもなんとかなるからな。」

病気が悪化した事で寝たきりになっていた親父も悲しんでいたし、勿論俺自身も悲しくはあったが、だからこそ俺は率先して動いた。
その分、翔真と和馬には親父を見てもらっていたり、やれる事は最低限やってもらっていたが劇団を辞めるにあたっての作業の片手間にやっていたので、逆に助かっていた。

「それに……叔父さん、劇団員だった頃は凄かったんだろ? 俺はガキだったし、観に行ってた頃の記憶なんてないけど、ネットとか見れば凄かったんだって事は分かる。」
「……まあ、一応看板役者と言われてたしな。」
「俺は叔父さんを尊敬してるし、俺にとっては二人目の父親だと思ってるから親孝行したいんだよ。 俺が小野塚を継ぎたいのは、叔父さんの為にもなるし、おふくろ達の為でもあると思ってる。」
「………ウチは獅堂家みたいな金持ちじゃないぞ。」
「いい。 家が金持ちかどうかなんて重要じゃねえし、俺はとにかく獅堂の連中とは価値観が合わなすぎて嫌いだ。」
「……そうか。」

和馬の話しを聞き、思っている以上に成長していたのだと痛感しつつ、単に獅堂家が嫌なだけが理由では無いというのがよく分かった。
一方の翔真はやはり俯いたまま何も言わずに、黙って俺と和馬の話を聞いていた。

「だが、結局、姉貴達が危惧した通りになったな……。」
「「………?」」
「息子二人には、出来るだけ自分達の様な苦労はさせたくないって言ってたからな。 正直、姉貴達が存命だった時ほど、俺はお前らに苦労させる事を避けられたとは言い難い。」
「…………。」
「……苦労してんのは叔父さんだろ。」
「まあ、そこは別に良い。 こと、お前らの面倒を見ることに関しては苦労の内には入らないし、迷惑だとも思ってない。」
「「…………。」」
「翔真、お前には昔っから苦労したよ。 聞き分けも良い分、ワガママとか甘える事もしないからな。 まだワガママ放題だった和馬の方が分かりやすいからな。」

自由奔放な和馬には姉貴夫婦が振り回されていたが、和馬は翔真より分かりやすい分まだ良い。
姉貴夫婦が特に心配していたのが翔真の方で、姉貴夫婦が和馬に振り回され、かかりっきりになってしまう為、出かけると事前に聞いた日には必ず俺も休みをもぎ取って、翔真の方にかかりっきりになったものだ。

「昔流行った玩具一つとってもそうだ。 和馬なんて一個じゃ嫌だって文句言って、駄々をこねた挙げ句に怒って逃げ出したお前を姉貴夫婦が二人係で探しに行ってな。」
「……覚えてねえよ。」
「…………。 」
「そりゃあそうだ。 ……でも翔真は一個で良いって先に買って貰ってたが、欲しいのじゃなかった。 兄貴が、これかな?って言ったのを選んでた。 兄貴は子供に人気な商品なんかには疎かったから、兄貴が選んだのを買って貰えば、兄貴がホッとするって翔真は分かってたんだろうな。 実際、兄貴はホッとしてたしな。」

最終的には、姉貴夫婦が和馬のワガママに折れるのも翔真だって分かっていた。
和馬は二つ買って貰えるが、翔真は一つだ。
翔真は双子だというのに我慢して、耐える子だったから、俺が翔真の分をもう一つ買ってやっていたのだ。
まあ、それはそれで俺が姉貴に怒られるものだから、翔真はオロオロしていたし、和馬は和馬でズルいと怒っていたのだが。

「だからまあ、獅堂家が関わってくれば、お前ら二人はこうなるだろうなとは思ってたさ。」
「「…………。」」
「とはいえまだ本気じゃないしな、獅堂家は。 そういう意味では、まだ猶予はある。」
「………!」
「え。」
「………本気で来る前に、なんとかしようとする辺りは兄貴に似たな、翔真は。 とにかく、まだ結論を出すには早い。 さっきも言ったが獅堂家がまだ本気じゃない以上、今日明日とかで決めなきゃならない訳でも無し、好きなだけ迷え。 ひとまず、この話は今日の所は一旦終わりにして飯にするぞ。」

そう告げて席を立ち、二人に指示を出しながら夕食の準備を始めた。

『あの劇団RIZEの劇場を解体してしまうんですか!?』
「!」

会話が殆ど無かった夕飯を終わらせ、明日の甥二人に必要な弁当のおかずの仕込みを始めると、自室に引っ込む前の和馬が点けて行ったままのテレビから聞こえた言葉に顔を上げると、テレビの映像には見覚えのある男が映っていた。

『はい。 誠に残念ではありますが、劇場は既に経年劣化が進んでおり、倒壊の危険性が高まった為、劇場を解体する事に致しました。』
『跡地は、何か活用する計画がございますでしょうか?』
『いいえ。 ただ、劇場があった場所は劇団RIZE発祥の地でもありますので、記念碑のような物を建設出来ればと思っております。』
「………そうか。 あの劇場も、遂に無くなんのか。」

俺が退団する時点で、もうかなりの劣化している箇所があり、よく劇団RIZEが解散された時に解体されなかったものだと思っていたのだが、遂に解体されると聞けば流石に寂しくもなり、思わずそう呟いた。

劇場が解体される事が公表され、劇場近くにはメッセージボードの掲示が決まっている事も合わせて公表された。
当然、劇団RIZEのファンや元劇団員など連日多くの人がメッセージを書き込んでいた為、流石に人が多いタイミングでは書き込む事は出来ず、結局俺が書き込めたのは解体される1月17日の午前三時を過ぎた頃だった。

[かつてこの劇場のステージに立っていた役者に憧れ、劇団RIZEに魅了され、この劇場のステージに立っていた者として、この劇場が失くなる事は非常に残念でなりません。 思い出をありがとう。 元⚫劇団RIZE第八十二代目俳優代表 小塚新]

退団以来、久し振りに小塚新としてのサインも入れて直筆メッセージを残した事はSNSでまたたく間に広まり、Webニュースでも取り上げられた。
“活動再開の前触れ"と期待するような声も勿論あった。

「叔父さん。 ……本当にもう役者やらねえの? 俺達が枷になってるなら、気にしなくて良いんだからな。」
「! ……枷になんてなってねえよ。 余計な気を回すな、ガキが。」
「いって!!」

和馬にデコピンをしてから弁当を差し出し、学校に向かうのを見送ってから溜め息を吐いて後ろを振り向けば起きて来てからも終始元気が無い翔真が立っていた。

「……翔真。 黙ってたんじゃ分からねえぞ。」
「………ごめんなさい。」
「和馬といい、お前といい、妙な気を回すか変な意地を張るくらいなら正直に言え正直に。 どのみち迷惑をかける事になる。 家族だからな。」
「…………。」
「……頭では分かってんだろ、翔真。 後は、お前で折り合いをつけろ。 本気で来る前になんとかしたいなら、尚更だ。 」

その頭を撫でてから学校に向かう翔真を見送った。

「………役者をやらないのか、ね……。」

俺自身も、もう一度楽しく演じたり歌いたいという気持ちか完全に無いわけでは無いが、脳裏に浮かぶのは苦痛と嫌な記憶ばかりだった。

「(楽しくなくなったのは、いつからだったかな……。)」

人前で演じたり歌う事を嫌いになった訳ではないが、情熱というかやる気がいつの頃から無くなり、“楽しい"よりも“苦しい"、“辛い"だけになっていた。
そうして気が付いた時には、ステージに立つのが困難になっていた。

「………ん?」

洗濯が終わるまでの間、テレビで何か見ようと点けると「RE:RIZEProject」というオーディション番組を見つけた。
番組詳細を見てみると、去年の春頃から始まった劇団RIZEの新しい形での再始動プロジェクトの一環らしく、劇団RIZEの楽曲を使用したグループデビューする事が約束されているらしく、書類審査を通過した150人が一次審査を受ける回らしい。
興味深かったので、それを見る事にしたが参加者の中には既に事務所に所属している者も居れば、無所属の者も居た。

『新藤将樹です。 先月までRain'sプロダクションに所属していました。 小塚新さんに憧れて芸能界に入りました、よろしくお願いします。』
「Rain's……? ああ、大橋さんが立ち上げたとこか。」

かつての俺に憧れて、と、そう言っただけあってかパフォーマンスは劇団RIZEの演目の一つであるオルフェウスの劇中のワンシーンだった。
所属していた事務所に関しても、俺の先輩であり、俺が入団した当時の指導管理者だった人物が立ち上げた芸能事務所だったからだろう。

「(最も、俺が大橋さんを頼る事はもう二度と無いけどな。)」
「………しっかし、公演を観に来ていたヤツが俺に憧れて目指すなんて事があるとはねぇ。」

などと考え、口にすれば洗濯を終えた事を洗濯機が知らせた為、すぐにテレビを消して立ち上がった。

[リージョのオーディション番組、やっぱ飯塚将樹行ったかー。]
[飯塚将樹事務所辞めたの?! オーディション番組観て知った……ショック………。]
[まあ、飯塚将樹は行くよな、劇団RIZEの小塚新に憧れて業界入って来てるって言ってたし。 しかし、事務所辞めて行ったのか……。]
[飯塚将樹、将樹は本名だったのか。 事務所辞める必要は無かったのに辞めていったのは、やっぱりモデル業しかしてなくて、揉めたからかね………。]
[リージョのオーディション番組の一次審査、小塚新に憧れてって言う奴多いんだけど? そこはRIZE組の誰かじゃないの??]
[リージョのオーディション番組観てるんだけど、業界入って来た理由……RIZE組の真嶋大和じゃなく小塚新なの? なんで??]
[リージョのオーディション番組観てるけど、真嶋大和じゃなくて小塚新を理由に挙げる人多くない?有り得ないんだけど。]
[リージョのオーディション番組の感想見てたら、案の定な奴らがチラホラ居るな……。 しっかり劇団RIZEの公演観たなら、まあ、真嶋大和より小塚新だろうな。バケモンよ、小塚新は。 そして、リージョでも小塚新とコンタクト取れてないのかねぇ……。 チラホラモザイクなの、小塚新出てるやつだし小塚新歌ったやつ軒並み使われてないもんな……。]
[モザイク映像から小塚新出演作品と察したワイ、未だに確認取れてない事にショックを受ける。 リージョで確認取れてないなら、小塚新出演作品一生見れないじゃないですかヤダーッ!!]
[大橋健人わっか!! 小塚新関係は、未だに進展無しかぁ……。]
「…………。」

オーディション番組についての反応を知るべくSNSを覗いて見ると、小塚新の映像や音源はモザイク処理がされるか使われてなかったらしく、ショックを受けているような投稿が目立った。
だが、オーディション番組についてテレビで話題になっていない所を見るに、劇団RIZEに興味があるかかつての劇団RIZEを知っているような一部にしか需要が無くなっているのだろう事は明らかだった。

「………なんにせよ、こうもやたらと小塚新が話題になってると、向こうは更に手を打って来そうなんだよな……。」

そう呟くと指先で数回テーブルを叩いてから改めて携帯を手にした。

[小塚和馬:悪い。 ちょっとしばらく配信休む。 プライベートがちょっとゴタゴタしてて……あんま言えないけど、気分が配信向きにならない。 すまーん。(案件はちゃんとこなします)]
「………和馬の方が先になりそうだな。」

届いたSNSの投稿通知に溜め息を吐き、その手で家を出た。

「和馬も相当腹を立ててるみたいだし、許可出したら?」
「今考えてる。 十中八九、誹謗中傷はあるし、場合によっては案件なんかにも影響があるだろうからな。 ただ、誹謗中傷は心に来る。 問い合わせ窓口は俺の管理だからまだ良いが、SNSアカウントに関しては和馬が管理している分、直接目にするだろ。 まあ、和馬は案件やリスナーが減る事自体あまり気にしなそうではあるが、保護者をしてる俺としてはな………。」

俺が訪れたのは、幼馴染みであり親友でもあるフリーのメイクアップアーティストであると同時にバーを経営している鏑木大悟かぶらぎだいごの事務所兼バーだ。
まだ従業員も来ていない開店前という事で、こんな会話が出来るが、バーはメイクアップアーティストとしての仕事が無い時には大悟も居るが、基本的には俺を含めた四人で回っている。

「小塚新に対する誹謗中傷を放置してるあんたに言われてもね。」
「……別に対応したっていいんだが、時間と精神力の無駄だ。 なんたって、反省しそうにないからな。」
「…………。」
「対応してもしなくても心配されるんじゃ、どうしろってんだか。」
「だからって何もしないのはおかしいでしょ。」
「………俺は小塚新が持つ影響力を自分で理解してる。 連中の誹謗中傷なんぞを相手にしてる暇があるなら、獅堂家の連中を相手にしてる方が将来性がある。」
「!」
「だから、兄貴の両親が業を煮やして、一線を越えて来るのを待ってる。 あの二人の事だ、必ず悪評が高まっている小塚新を利用する。 その時こそが、まとめて解決するタイミングってな。」
「…………。」
「決して少なくない負担だが、この程度はなんてことはない。」

笑いながらそう告げてから、目を伏せ

「………今の俺に致命的なのは、性的な事と舞台に上がる事だからな。」

そう告げてフッと鼻で笑い、目を伏せた。
それから息を吐き、両手の肘を付いて顎に手を当てた。

「かつて劇団RIZEの看板俳優とまで言われた俺が、今や舞台に上がろうとしただけで過呼吸を起こして、動けなくなるなんて皮肉以外の何でもない。 俺は自分の需要をよく分かってる。 ステージに上がれない小塚新は求められている小塚新では無い。 というか、俺自身がそんな小塚新を認められない。」
「──!」
「だから、もう一度活動をする気は現時点では全く無いし許可を出す事も無い。 絶対に。」
「………ッ。」

そう断言したのは、大悟に対する牽制でもあった。
大悟に辿り着き、接触したヤツでも居るのだろうが、大悟がどういう意図であれ俺が望まない事は全て「余計な事」だ。
言動が裏目に出がちな大悟に更に釘を差しておきたかったが、他の従業員が来た為それ以上の会話しなかった。

「めっちゃ人居ると思ったら、叔父さんの後輩のアイツらがイベントするっぽい。 最悪……。」
「あー、オルティナか? お前、それで学校の友達とか大丈夫かよ?」

仕事が休みだったこの日、俺は和馬に頼まれて少し遠い大型ショッピングモールに来ていた。
駐車場の時点で県外ナンバーも多かったので、イベントだろうとは思っていたがまさかオルティナだったとは思わなかった。

「変に誤魔化す方が苦しいから、「テレビ番組で堂々と悪口言う所がマジで生理的に無理。叔父さんと揉めてる親戚思い出す。」っつてる。」
「(そりゃ、ますます獅堂に対する当たりもキツくなる訳だ。 和馬にとっては、同類って事か。) ……一気にお前の学校生活が不安になったよ、俺は。」
「それなりに上手くやってる。 ……学校でも、鵜呑みにしたヤツが居るから、そういう時はイライラすっけど、俺も現役時代の叔父さんがどうしてたのかはよく知らねえから何も言えない。」
「………そういう我慢が出来るとこは充分偉いよ、お前は。」

和馬は翔真に比べると短気で、喧嘩腰になるのがかなり早い。
喜怒哀楽がハッキリしていると言ってしまえばそうだが、姉貴によく似ているという意味ではうちの遺伝子が強いのだろう。

「取り置きは出来ないって見たから、まだ残っててマジで良かった……。 ありがとう、叔父さん。」
「お前がそれを狙ってたのは知ってるからな。 ネットでは入荷次第即売れ、店頭でも中々売ってない大人気商品が、まさか有名配信者やアーティスト御用達のヘッドセットとはな。」
「叔父さんは興味ねえの?」
「それの型落ちっつうか、だいぶ古いのを使ってる。 有り難いのは、イヤーパッドが未だに販売されてる事だが……十年くらいになるし、そろそろガタが来てはいるなぁ。」
「………買い換えねえの?」
「そのうちするかもな。 ただ、壊れてもしばらくは捨てられねえな。 兄貴から貰った最後の誕生日プレゼントだから。」
「……父さんとか母さんが遺したの、俺にも何かあんの?」
「あるよ。 いつかお前達に譲るんだって言ってた腕時計とかな。」
「!」
「気になるなら今度見せてやるよ。 ちゃんと大事に手入れして、取ってあるから。」
「………たまに、さ。 叔父さんが羨ましい。」
「あ?」
「俺の中の父さん達の記憶、あんまり残ってねえから………。」
「………いつかは忘れちまうよ、俺も。」

今17歳の翔真と和馬にとって、両親が亡くなった時は7歳だった。
まだ両親の愛を、幸せな時間を過ごすはずだった日常は、高速道路を走行していた居眠り運転のトラックが中央分離帯を越え、反対車線に居た車に突っ込み、トラック運転手及び被害車両の運転手と同行者の死亡という交通事故によって失われた。
二人には話していないが、今もなお居眠り運転をしていたトラックの運転手の遺族からは未だに謝罪の言葉も綴られた手紙のやり取りがある。
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