壱の話

「ねえ! 昨日のRIZE組の特集見た!?」

そう、たまたま近くにやって来た女子高生のはしゃいだような声が聞こえた。

「見た見た! 劇団の頃の話し聞けると思わなかったよねー!」
「特に、真嶋大和からは貴重だよね! あんまり、自分からは話してなかったけど。」

チラッと見やったその手には、話題に上がったRIZE組と呼ばれている青柳芸能事務所に所属している、元劇団RIZEにいた五人の俳優が表紙の雑誌があった。

「あ、でもさー、小塚新ってクズじゃない? 検索したけど、辞めてる事しか分かんなかった。」
「ねー。 写真が一枚も出て来なかったー。」
「あっ! あと、多分、その小塚ってのファンだと思うんだけど、凄い文句言ってたよね!?」
「あー!言ってた! 裏切って移ったとか、主役やらなくなったのはRIZE組のせいだとか!」
「ふざけんな、って感じだよね!? 劇団に居られなくしたの、小塚新の方じゃんね!」

あまりに大きい声だったからか、同じようにバスに乗っているサラリーマンらしき男性がわざとらしく咳払いをしていた。
しかし、女子高生達はそれを不愉快そうにして、なおも大きな声ではしゃいでいた。

「(………RIZE組、ね。)」

今や、かつての俺の活躍は忘れ去られたに等しい。
極稀に、“RIZE組"が芸名を口にするが、掘り下げられる事はまず無い。

“RIZE組"というのは、青柳芸能事務所に所属し、劇団RIZEで活躍していた“オルティナ"というグループの愛称で、メンバーはリーダーの大内大輔を筆頭に、伊野尾春樹、橘礼司、小坂裕太、そして真嶋大和の五人だ。
大内大輔は司会進行役が多く、伊野尾春樹はバラエティ番組、橘礼司は体育会系番組、小坂裕太はモデル、真嶋大和は俳優をメインに活動し、それぞれが人気を誇りつつもアイドルとして歌手活動もしている。

街中でも、メディアでも、彼らを見ない日は無いし、必ず誰かしらが、必ずテレビに出ている。
その上、誰かしらが彼らを話題にしてもいる。
そういう時、彼らの人気を改めて痛感する。

……かつて、同じく劇団RIZEに所属していた者としては、彼らに対して色々と思う事はあるが、それはそれだ。

“小塚新"という役者について、世間一般の認識は“劇団RIZEの「看板俳優」として真嶋大和と共に有名であり「人気を二分していた」し、第四十二代目の俳優代表としてオルティナの五人の指導をしていた"というものだろう。
人によっては、先ほどの女子高生達のように「小塚新が真嶋大和達を劇団に居られなくした」という認識も加わるかも知れないが。

「(“看板俳優"、“真嶋大和と並ぶ人気俳優"……か。)」

そもそも、 俺が在籍していた期間だけでも劇団RIZEに所属していた団員は、数百人がいる。
しかし、全員が全員役者として舞台に立てる訳では無く、裏方から始まり、何十年と裏方をしているという団員も居たし、理想と現実の違いの末に辞めて行った者も少なくない。
そして、後者ほど上京して来たという人間が多かった気がする。

俺は別に評価を得る為に、劇団で舞台役者をしていた訳では無い。
だが、俺は頑張っていたと思うし、心が折れそうになり、藁にもすがる思いで充てにしたのが周りからの評価や認知度だった事は、今となっては否めない。

そんなことを思いながら、人混みの中を歩い行った。

バスを降りたその足で向かったのは、自宅とは別の、もう一つの持ち家だ。
……元々は、義兄である兄貴の持ち家だったが姉貴夫婦は不慮の事故で帰らぬ人になり、その息子二人が未成年だった事、親父からも「長くないだろうからお前が管理してやれ。」と言われ、俺が引き継いだ。
その為、姉貴夫婦の二人の息子、双子の兄弟本人達の希望もあって、姉夫婦の家には姉夫婦の二人の息子が生活しているのだが、その双子の兄弟も兄弟喧嘩の後に弟の方が見事に兄と口を利かないという状態の真っ只中だ。

喧嘩の内容は詳しく聞いていないが、「将来設計を含めた方向性の違い」とだけは聞いている。
ただ、それは兄である翔真の言い分なので、弟である和馬はまた違う言い分だろう。

「おーっす。」
「んー。」

家に入り、家の中を進んでリビングに行くと、そこには弟の方である小野塚和馬だけがおり、ソファーに寝そべって携帯ゲーム機をしていた。

「………翔真は?」
「知らねえ。 玄関から出て行く音してたし、出掛けたんじゃねえの?」
「出掛けるなんて聞いてねえけどなぁ………。 まあいいや。 喧嘩になった理由っつうか、お前の言い分も聞きたかったしな。」

そう言えば、和馬はソファーから起き上がり、テーブルの上に携帯ゲーム機を置いた。
どうやら、ちょうど良く一段落付いたところだったらしい。

「……翔真から聞いたんじゃねえの?」
「将来設計を含めた、方向性の違いとはな。 ただ、一方の話だけ聞いたって平等じゃねえからな。」
「………なんだそれ。 間違ってねえけど、ちゃんと言わねえ辺りがマジでムカつく。」

その言い方から、先にキレたのは予想通り和馬だったらしい。

「親父方から、養子縁組……要するに引き取りたいって話が来たんだよ、今更になって。 それで、翔真はひとまず向こうの人間性?が知りたいって言うから、俺はそうすれば?っつたんだよ、俺はお断りだけどって。」
「……へぇ?」
「そしたら、翔真が一緒に会いに行こうって言ってきたんだよ。 俺は嫌だっつってんのに。 行きたきゃ一人で行けばいい、俺は関わりたくない、で終わった話をしつこく翔真がどういうつもりか知らないけど粘って来んのがムカつくんだよ。 そもそも、話がきた時点で叔父さんにも言うべきなのに、言わねえし。 そういう事が何度も有り過ぎて、流石に無理。」

色々と言いたい事はあるが、二人が揃ってからでなければただの二度手間だ。

翔真と和馬は、子供の頃から性格が正反対だった事もあってか、喧嘩を良くする。
しかし、姉貴夫婦………両親が事故で死んでからは、悪くはなかった兄弟仲に亀裂が生じた。
理由は、俺も関係なくは無いんだろうが、父方の実家が大きいだろう。

姉夫婦は、結婚前から義兄……兄貴の両親と揉めていた。 というより、正確には兄貴が両親と揉めており、結婚してから亡くなる直前までずーっと揉めていた。
一人っ子だった兄貴は、両親から跡を継ぐように言われ、途中まではそのつもりだったらしい。
だが、兄貴は途中で自分がやりたい事を見つけ、跡を継いだらそれが出来ないため、両親を説得しようとしたが、両親は門前払いな上に、兄貴に恋人が居ようと勝手に見合い話を進めたり、恋人が居れば別れさせたりしていたらしい。
だから、兄貴は大学で出会って付き合っていた姉貴と駆け落ち同然に結婚したのだが、そかの後も姉貴を陥れて離婚させようと暗躍なりしていたので、遂に兄貴はキレて家族を守る為に訴訟を起こそうとしていたが、姉貴共々事故で亡くなってしまった。
だからか、どうも俺の知らないところで翔真に接触し、翔真もそれを俺に黙っている。
その結果、兄貴の両親を嫌う和馬が翔真に対して不信感を抱くのは必然的とも言える。

「(兄貴が危惧した通り、息子が駄目だったからその息子を使う魂胆って訳か。 連中の事だから、何を言ったところでいつかは翔真と和馬どちらとは接触するだろうとは思ってたが………思ったより早かったな。)」

和馬から聞いた話を元に、拗れた兄弟喧嘩を総合し、推察を交えつつそんな事を考えていると、玄関の方が騒がしくなった。

「あ、居なくてごめん叔父さん。」
「お前なー、仮に近場だったとしても俺が来るって分かってんだから、出掛けるなら出掛けるって連絡するか、書き置きくらい残して行け。 心配するだろうが。」
「叔父さんが来るより早く戻るつもりだったから、大丈夫だろうって思っちゃったんだよね。」
「あのなぁ………。」
「どうせ叔父さんの事より、獅堂のジジイとババアの事で頭いっぱいだったんだろうが。 獅堂なら金持ちだし、あの二人はお前と考え方が似てるみたいだし。 そんなに獅堂が気になるんなら、さっさと獅堂に行けばいいだろ。 俺は絶対に御免だ。」

携帯を弄っていた和馬が、携帯から目を離さないまま明らかに苛立っている様な声でそう言った。
棘のある、喧嘩を売るような言い方に、翔真も流石に面白くはなかったようで、ムッとしたように口を開いた。

「ストップ。 これ以上言い合いしたところで、拗れるだけだろうが。」
「! で、でも……!」
「でも、じゃねえ。 二人ともちょっと黙って聞け。 分かったか?」

翔真は不満そうだったが、ひとまず話を聞く気はあるらしく、少し離れた場所にあるダイニングテーブルの傍にある椅子に座っていた。

「和馬の言い分も聞いたし、翔真の言い分も聞いた。 で、概ね把握した。」
「………。」
「…………。」
「整理がてら話すが、兄貴方……獅堂家から今になってお前らを引き取りたいという話が、お前らに直接いった。 そこで、翔真としては『行くかどうかはさておき、先ずは先方の人間性を知りたい』と思い、和馬は『行く気は無いし、今後も関わりたくない』と思った。 それでいいか?」
「………うん。」
「そうだよ。」
「で、だ。 翔真は『和馬も一緒に関わるべきだ』と思い『一緒に会いに行こう』と主張したが、和馬は『そもそも叔父さんは知らない話のようだから、叔父さんに話すべきだし、行く気も関わる気もない』と主張した……と。 まあ、この際俺が知らなかったのは割愛する。 相談の有無もだ。」

問い詰めるべきは、そこでは無いし、結局のところは重要なのは二人の判断だ。

「だとしたら、結論は出てる。 受け入れられなくても、これが結論だ。 翔真、お前が獅堂家と関わる事を和馬は反対はしない。 だが、和馬は獅堂家と関わる気がない。 なら、お前一人で獅堂家と関わるしかない。」
「で、でもっ………!」
「双子だからこの先も絶対一緒なんてことは、別人である以上難しい。なんなら、無理だと断言したっていい。 双子といえど考え方が違うし、いずれはそれぞれ家庭を持つ事だってある。 異論があるか?」

翔真は、納得出来ないようだが異論は無いらしい。
自分でも気付いていたが、認めたくない。そんなところだろう。

「それから、何度も言うが揉める前に先ずは俺に連絡しろ。 和馬、お前もお前だ。 翔真が連絡しないなら、お前が連絡寄越せ。 自分だって連絡しねえくせに、そこに文句付けてんじゃねえよ。」
「!」
「俺から見ればどっちもどっちな事で、いつまで俺に仲裁させる気だ? 高校生になったんだ、自分達で仲直りくらいしろ。」

基本的には、俺は一人で実家暮らしだ。
が、二人がまだ未成年な事もあって、最低でも一週間に一度は必ず来れる時にはこっちに来て過ごす。
来れない日と言えば、予定がある日くらいだ。

翔真には可哀想だが、翔真が諦めるしかない。
俺としては、翔真と和馬、両方の望みを叶えてやりたいところだが、兄貴の実家に関わりたくないという和馬に配慮し、あちらに主軸を置いたほうが和馬と兄貴の実家間でのトラブル回避にはなるだろう。
和馬が兄貴の両親と合わないのは間違いなく、無理に関わらせたところでトラブルになるのは目に見えているからだ。

「(別に俺が迷惑を被るのは構わないが、二人が絶縁するような事だけは避けたい。 だが、この所一時的に仲違いするような事が増えてる。 理由は、和馬の翔真に対する信頼の薄れと不信感の増加か。 どっちも少なからず俺への負い目でも感じてんだろうが……今更なんだよ。)」
「…………。」
「なあ……結局、いつかは俺か翔真のどっちかは、獅堂を継がなきゃならなくなるんだよな?叔父さん。」
「俺はともかく、向こうはそう思ってるだろうよ。」

同性愛者である俺は、精子提供をしない限りはまず子孫は残せないだろう。
その点については、既に死んだ親父とも話がついており、“小野塚家が晃(俺)で絶えても構わないが、翔真か和馬のどちらかが墓の維持をして欲しい"と言われている。

「こっちの方……小野塚家に関しては、親父と死ぬ前に話し合って、俺で途絶えても良いって言われてるしな。 なんせ俺はゲイだからな。 継いでくれるなら、それはそれで良いが継がないにしても俺が死んだ後の墓の維持管理を頼みてえだけだからな。」
「じゃあ決まりじゃん。 俺は向こうと関わりたくない。 なら、俺が小野塚姓を継いで、翔真は向こうと関わって、向こうの姓を継げば良い。」
「…………。」

しかし、未だに翔真は納得出来ないらしく、返事は無いし、顔も険しい顔で歪められたままだった。

「ま、現状のお前らの気持ちを考えればそれが一番良い。 和馬は向こうと関わりたくないし、向こうよりこっちに居たい。でも、翔真は向こうと関わりたいし、こっちにも居たい。 身体は一つなんだし、翔真はどっちかに主軸を置くべきだ。 何も、俺と和馬との縁が切れる訳じゃない。 少なくとも、和馬を説得するのは諦めろ。 無理に関わらせても、和馬が向こうと揉めて、悪化するのが予想出来る。 これ以上ややこしいのは、俺が生きている限りは辞めて欲しいってのが本音だ。」
「…………。」
「……まあ、好きにしろ。 結局のところはお前らが決めるべき事だからな。」

その一言に尽きる。
そう思うと同時に思う事は、劇団役者という仕事を辞めたからこそこうして二人の面倒を見れている……という事だ。
二人の事である程度安心出来るなら、それに越したことはなく、その時には役者として復帰するのも選択肢の一つではあるが。
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