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ジェルマだから大丈夫だろうとウィルス兵器の実験台になるコック

*『ジェルマだから丈夫だろうと』一味を守るために1人でウィルス兵器の実験体になるサンジを助けようとする一味(ブルックさん目立ち目)

麦わらの一味が到着した島は、どうやら冷たい氷の島だった。まさに絶対零度。そう呼ぶにふさわしい島。島の中心には巨大な氷山があり、周りの町はいつしか透明な氷に閉ざされたのか透き通って煌めいて静か。けれど、見聞色では人の気配が確認されている。なぜだろう。人がすめるような場所じゃないことは確かなのに。

「……ざ、さみぃ」

「レディたち、温かいものでも?ショウガ紅茶はいかがでしょう?」

「ちょうだい!」

「のむー!!」

「おれもーー!!……さぶっ」

「お前はまず服を着ろ」

麦わらの一味も当然、化け物じみた強さを誇ろうが人なのだ。そんな島に上陸してがたがたと震えきっていた。料理人が出した暖かなマグカップの紅茶を両手にぎゅっと抱えて、ほこほこする湯気を顔に当て体の中からも暖めながら、じぃと島の方を見る。

「ナミ、この島の記録は」

「3日ね。寒すぎて凍死しそうだわ」

「おれは平気だぞ!」

「お前毛皮もふもふだもんな」

「ぎゅーっ」

「あっ!!ずりぃぞルフィ!」

どうやって暖をとって3日過ごそうか。一味の悩みはそこが大きかった。もちろん寒さが平気なものもいるようだが。

「おめぇも平気そうだなァ、ブルック」

「もちろん、皮膚ないですから」

「じゃあ、まぁ、ともかく。体が暖まる機械でも作ってやるか」

「さんせー」

「い?」

いつもの通り和やかな甲板。だが、その言葉はピタと止まった。赤い瞳が、8つ、甲板に線を書くように掠れる。

「なん、だ?」

どよめく、覇気使いたち。ただ事ではない気配。でも、何が迫るかはわからない。船大工は舵を掴みに甲板に向かった。航海士と考古学者は、料理人の背に隠されてキッチンに飛び込む動きを見せた。狙撃手と船医、そして音楽家は剣士の指示で抱き合いながらそれに続いた。船長は、腕を振り抜こうとした。剣士は刀を向けようとした。料理人は、体に覇気の炎をぶわりと灯した。

「お、ぉ」

誰かの歓喜の声と共に、吹き抜けた。サニー号に吹き抜けた。風の音。強い冷気。そして、白い、もや。まるで強い気弾のように。マストを揺らし、ごうっと突き抜ける。

「……っ……?」

思わず両腕でガードした、料理人。はっと息を飲んだ。ぴしぴしと、体にまとわりついた氷。自身を凍らさんとばかりに纏うも、炎に阻まれたか。腹や足、首筋、頬が少しだけ氷に犯されてしまった。

「……まさ、か」

違う。気づいていた。彼『は』、それだけで、すんだのだ。辺りを見渡す。ぎこちなく、一部冷たく、凍りついた体で。

「……!!」

青ざめた顔も、流れ出た冷や汗ですらも、凍りそうなほどの、冷気。サニー号は、島同様に、氷の世界とかしていた。芝生も、ブランコも、舵も、開け放たれたキッチンも、誇り高き海賊旗も、飲みかけの紅茶も、そして。

「……み、んな」

人も。透明な、ぶ厚い氷が全身をすべて閉じ込めて。臨戦態勢の船長と剣士はその格好のままで、キッチンに向かったレディたち、狙撃手は、走る格好のまま。寒さに強いはずだった船医と音楽家も分厚い氷には負けた。そして、船大工は、舵を握ったまま舵ごと固まっている。自分以外の仲間が、氷に閉ざされた。

「……っ、違う!」

今は、自身を責めている場合ではない。自身が覇気の炎で凍らないのなら。きっと、覇気の炎を当てれば、溶けるはずだ。瞳を閉じる。全身を、燃やす。しゅわり、と氷に蝕まれた箇所が溶けていくのを感じる。

「よし!!」

思った通りだ。瞳を開ける。火力をあげる。甲板を蹴る。仲間を、助けんとばかりにーー

「う!?」

頭が回らず見えていなかった。がちゃん、と首にかかった金色の拘束具。鎖つきのそれがぐい、と体を止め、びたんと彼を甲板に叩きつけた。かちゃん、かちゃん。手慣れたように手足にかかる固い枷。歯を食い縛り鋭く氷漬けの仲間を見つめる。

「見つけたぞ」

「……!!」

「我が島の、救世主。ジェルマの王子様」

目の前に立ちふさがった男。周りには黒マントにサングラスの部下。白髪で、長身。黒いマントに身を包み、瞳は黒いサングラスで遮られて見えない。ただ、歓喜に踊っているのが、あからさまだ。でも、料理人にとって、それはどうでもいいことだった。

「……っ!!ジェルマじゃねぇし!!どけよ!クソ野郎」

「これでも名前がある。島長リシュだ」

あからさまな殺気が料理人から放たれても、男はくつくつと笑うだけ。料理人は体をねじらせた。足も手も動かない状況で、飛びかかる。仲間の方へ。

「ぐ……!」

「おっと、あぶない」

ぐい、と首の鎖を引かれ、また氷の甲板に叩かれた。しゃがむ、島長。焦りしかない料理人の顔をにやりと楽しむように顎をつかんだ。

「その覇気の炎で仲間を助けたいかね?」

「当たり前だ!!どけよ!!!」

彼の瞳の中には、仲間のみが入っていた。見聞色の覇気がとらえる。あれは、みんな、生きている。まだ、気配がある。だから、溶かせば、元に戻る。自分のように、元に戻る。

「だったら、私のモルモットになりなさい」

「あ……!?」

「島の氷を、すべて溶かすための、ね」

料理人は、はっと息を飲んだ。あちこちから、変わった形の銃口が向けられる。矛先は、自分ではない。

「な、んで」

仲間たちに、向けられる。凍り漬けにされた、仲間たちに向けられる。

「この銃は氷やゴムをも貫通させる強い銃でね。君の仲間を氷にしたまま、死体にできる」

「な……!!」

彼の顔が、あからさまに青ざめていく。にや、と男は顎をつかんだまま、その顔を見下す。

「仲間たちを五体満足で外に出したければ、大人しくしろ、なんて脅し」

「……おま、え」

「この島の救世主になるだろう君に、使いたくはないがね」

料理人は、きっと男をにらんだ。覇気の炎を溢れさせて、その手をはね除けようとした。けれど、部下たちのトリガーに指がかかった。唇を噛む。男は笑う。

「ちなみにね、氷の中の仲間たちには、意識があるんだ」

「……!!」

「腹も減らない。ただし、身動きはとれない。一旦氷に閉ざされれば、覇気や能力は無意味らしい。外からの干渉でしか、溶かされない」

彼の顔が、あからさまにどんどん青ざめていく。いつもは強気で自信に満ち溢れた顔が。仲間の命のことになると。

「つまり、今は氷の中で銃口を向けられる恐怖に怯えているんだ」

優しく、なりすぎる。料理人は、ひどく歪んだ顔のまま、仲間の顔を見ようとした。けれど、男に遮られて見えなかった。

「君の仲間たちはね、こう思ってる」

だからか、余計に煽られる。

「助けてくれ!死にたくない!!」

男の言葉に、煽られる。

「こんな、訳のわからない、氷漬けのまま……!!」

仲間の代弁のように、思ってしまうくらいに。

「……っっ!!もういい!!もうわかった!!」

料理人は、ついに叫んだ。わかったから。振り払いたくとも振り払えない。従わなければ、仲間を殺す。仲間を怯えさせ、それを表せないまま殺す、そうまとわりついてくる悪魔の手。その手をとらなければ、いけないことが。

「おれなんか、好きにしろよ!!!」

だから、唯一の手段をとった。モルモット、なんてイカれた言葉を使われても。

「あぁ、それなら代わりに、仲間には手は出さない」

必死な料理人の言葉を、男はついだ。顎から手が外れる。ゆっくりと首枷に、手が伸びる。金色のそれには、鍵穴と、ひとつのスイッチがついていた。

「説明は後程しよう。これは、君を熱病におかすウイルスを注入するスイッチだ」

「ねつ、びょう?」

「ひどく熱や頭痛、からだの痛みに苦しむ代わりに、覇気の炎の威力をあげるんだ」

ゆっくりと、スイッチに手が伸びる。

「ジェルマだから、丈夫だろう?君は」

料理人は、どうでもいいといった風に、瞳の色を失せさせた。手が離れたことで、男の体のへりから仲間の姿が見えた。氷に閉ざされた、仲間の顔。ひどく、歪んでいるように見えた。怯えているように見えた。

「……大丈夫」

だから、口許がわざとゆっくりと緩んだ。怯えさせまいと、笑顔を浮かべた。かちり、とスイッチがなる音が、やかましいくらい耳元で響いたとしても。

「何があっても、助けるからな」

覚悟の裏で、チクリと抉られるような痛みがした。何かがぐうっと首裏に押し込まれる音。体に、液が注がれる。どくん、と心臓が一度なる。

「……っ、う……!?」

体が、きしきしとひどく痛み始めた。甲板にこぼした顔。ずきずきと恐ろしいほどに痛み始めた頭。体中に、血液に、ほとばしる熱。

「……っ、う、かは……!!」

ちりちりと、体が焼けつくようにあつい。ひたすら鈍器で殴られるように痛む頭をこぼし、甲板に伏せ悲鳴を漏らした。けれど、氷が見えた。顔を強ばらせる。意識がある。仲間が、苦しむ姿を見たら、心配してしまう。ダメだ、飲み込まなければ。おさえ、なければ。顔を、せめて、かくして。

「……!!!」

悲鳴の代わりに、強い灼熱の炎がこぼれた。彼の体が、業火で燃えた。ぽろりと破片のように溢れたそれは、サニーの船のへりの氷を、一瞬で溶かした。

「……素晴らしい」

男は歓喜にうめいた。けれど、料理人にはそんなことは頭になかった。仲間に見せまいと苦しい顔を伏せ、苦しみの悲鳴押さえることだけ。けれども、炎はだし続ける。

「っ、う、ぉぉ」

仲間を、助けられるかもしれないことだけ。しゅわり、しゅわり。炎が溶かす。サニーを、溶かす。彼の周りの芝生が、元に戻る。そして、その熱はやがてーー

「もういいぞ、連れていけ」

かちり、と二度目のスイッチがおされる。針が引っ込む。ふっ、と、炎は仲間をなめる前に終わった。

「……」

料理人の頭が、かくんと力なくこぼれる。熱に侵され、真っ赤になった顔。ぜぇ、ぜぇと荒い息を漏らして、頭痛をこらえながら、意識をとうに失っていた。その体を、部下二人が乱暴に抱えあげる。労りすらなく、抱えあげる。

「まだ、溶かすわけにはいかない。このきっと狡猾なジェルマの男が逃げないとも限らないからな」

リシュはぐるりと氷漬けになった仲間たちを見渡し、そう呻いた。部下が、離れていく。仲間が、苦しみに喘ぎぐったりしたまま簡単に敵の手に落ちて連れ去られる。氷漬けならば、もう動けない。意識があろうとも、なにもできない。

「なぁに、しっかりと目的のために君たちの仲間を使ってから」

ゆっくりと男は立ち去っていく。部下に拐われた仲間を、隠すように。

「最後に、溶かしてやるよ」

ーーーー

「ふざ、けんな」

分厚い氷の中。一部始終を見聞きしていた船長は、あからさまに怒りに燃えていた。いや、仲間たちももちろんそうだったが、動けないし、覇気すら出せなかったのだ。だから、止められなかった。仲間が、自らを犠牲にして、苦しみながら、連れて行かれてしまうのを。

「たじがに、ごわがっだ、けど」

船医は、氷の中で悲しくなった。自身の死や状況に怯えていた。それは確かだ。

「ざんじが、あんなにぐるじむなんで」

狙撃手は泣きたいくらいだった。けれど氷に阻まれて泣けなかった。きっと彼らは怯えているだろうと。仲間がにこりと励ますような強がった笑顔を浮かべる度に、その優しさに命を助けられるかわりに、仲間がそれに苦しめられるなんて。

「みたく、なかった」

航海士は、心をえぐられていた。賢い彼女は気づいていた。きっと彼はあれ以上の目に合わされる。

「無事で、いて、ほしいのに」

考古学者も、悲しみに心を曇らせていた。熱をあげられ、けれど仲間をと脅されて苦しみを圧し殺して。彼の優しい心や命はどうなるのか。

「……あのバカを止めねぇと」

剣士はイライラしていた。なにもできない不甲斐なさ。先程から必死に覇気を練っても遮られる。けれど、諦めない。あのアホコックをあのままにしてはいけないと、気づいているから。

「あいつは、簡単に苦しみきっちまう」

機械の体ですらも、動かないのか。船大工は苛立ち、必死に体を動かそうとしていた。このままでは、仲間の犠牲になり一人で苦しみきって。

「そんなの、絶対許しちゃいけねぇ!!」

船長は必死に覇気をねり、抵抗した。くったりと無防備に赤い顔を溢した彼。モルモット。すべてを溶かしたあとで、なんて。彼をどれだけ苦しませる気だ。

「……みなさん!!」

強い声が、それを遮った。まるでテレパシー。いや、違う。返事は届かないけれど、現実の声だ。

「ブルック……?!」

唖然とした顔が、氷の中で浮かぶ。ふよふよと浮き上がる魂。氷の外に、溢れた、音楽家の魂。

「私はどうやら、魂でなら動けるようです」

ふより、ふよりと右左。体はないにせよ、自由だ。

「能力は、無駄だって」

「いや、そこまでまだわかっていなかったのかも」

航海士や考古学者はまるで会話のように心の中で一人言を呟いた。だが、船長はきっと音楽家を見つめる。

「ブルック」

言葉なくとも、音楽家には船長の想いが伝わった。彼が言いたいことは、二つ。

「サンジを頼む」

身を犠牲にするほど優しい仲間の無事を確認し、少しでも苦しみを和らげてやること。

「これ、溶かせ」

みんなの氷を溶かすこと。そして、一番苦しいであろう仲間を助けにいくこと。

「……わかりました!!」

音楽家は即座に船長の想いを汲んだ。そして、仲間たちにくるりと背を向け、料理人が連れ拐われた方へと、まっすぐに飛んでいった。

ーーー

ふより、ふよりと魂の体は動く。彼が導かれた先は、氷の洞窟だった。透明の透き通った壁。けれど、その背中には岩肌が見えた。自分達同様、あのもやに固められているのだろう。音楽家は感じるはずのない身を震わせた。

「さて」

ここからは、潜入だ。といっても、火の玉のような形態な分ずいぶんとやり易かった。時にエメラルドのようなランプに擬態して、時に敵の背中にそっと隠れて。そして、進んで。進んで。

「あっ」

開けた場所に出た。思わず発してしまった声。ぎろり、と目がこちらを向く。けれど、そばにランプがあって助かった。敵たちは肩をすくめた。

「おい、幻聴かよ」

「はっきりした声だったんだがなぁ。誰か通ったんだろう」

不用意な声は出すものではない。音楽家はランプの影で裏向きになったまま、ドキドキとないはずの心臓を高鳴らせた。

「にしても、救世主様はすげぇよな」

「あぁ。キャプテンも……」

「バカ、島長といえと言われてんだろ」

「いけね」

裏向きのまま、敵たちの言葉を聞く。音楽家はちらちらと炎を燻らせながら疑問を覚えた。キャプテンとは、なんだ。島長と堂々と名乗っていたのに。

「でもいいだろ?ここに島民はいねぇ。ここの洞窟にある、ガス山の影響でみんな凍っちまってる」

「ああ、山が火山みてぇに気まぐれにガスを噴射するんだったな。そしたら、風が勝手に船や島を」

音楽家はひくりひくりとない耳を動かした。情報収集。だから、自分達は凍ってしまったのか。

「おい、何を喋ってる」

音楽家は魂だけの体をひくりと揺らした。先程の島長の声だ。そして、気づいた。息を飲んだ。

「……救世主様が、お仕事をされてるんだ。邪魔するな」

からからと鳴った鎖の音。ぜぇ、ぜぇと苦しげに響く、弱々しい息の音。赤らんだ顔。無理矢理たたされた体躯。大切な腕だけ鎖から解かれ、その片手を氷の方にまっすぐと突き出し、掌を冷たい氷につけたまま、瞳を、苦しそうに閉じている。その顔は陽炎のように儚い。今にも、消えてしまいそうなほど。

「続けろ」

ぐっと、細い首が枷に絡まり引っ掻くような音を立てた。かちり、とスイッチがまた響く。彼の閉じた瞳が痛みにひくりと跳ねる。けれど、一度だけ、はっと熱い息を溢したあと、その隻眼は鋭く見開いた。

「……!!」

音楽家は、声を出さずに息を飲んだ。ごおっと燃えたぎった赤い炎。舐めるように仲間の全身を包んでいく。料理人の顔が苦痛に溢れた。けれど、その炎は止まらない。足を舐めて、腹を舐めて、やがて伸ばされた片手へと到達した。まるで、炎を拳から吐き出しているよう。触れた氷が、溶けていく。時間をかけて、溶けていく。ただ、今にも消えそうな光を湛え、瞳をぐらぐらと揺らした彼の表情もーー

「おお」

かちり、とスイッチがそこで鳴った。体を揺らして、どさりと操り人形のように力なく倒れた仲間。音楽家は、震えた。赤い頬が、力の抜けた腕が、氷の床にはりつく。炎が、ふわりと消えていく。ふう、ふうと苦しさままに吐き出す息の音から耳が放せない。たとえ、料理人の前の氷が溶け、新たな入り口の穴が出現したとしても。

「おい、起きろ!この先だ!!この先だぞ!!」

ぐいっと意識がない首が鎖に引かれてきゅっと乾いた音を立てた。つうっと抉れ紅が流れる。彼の金髪は弱りきった顔を隠しきれずひらひらと揺れ、固く閉じられた瞼がひくひくと苦しみに揺れるさまを表に出すだけ。乱暴な扱い方。名前だけ救世主などと崇めるくせに、まるで奴隷のそれだ。もう一度スイッチに手をかけようとしている。

「……っ!!」

音楽家はもう我慢できなかった。体当たりでもなんでもしようとした。だが、一方で最年長は冷静だ。もしここで怒りに任せて飛び出したら、倒れた仲間はまた自分達を人質にとられたことを脅されてしまうだろう。追い詰められて、しまうだろう。

「少し休憩させましょう、ボス」

「死んだら意味がねぇ」

「……だな。目が覚めるまで牢にぶちこんでおけ」

食い縛る歯もないまま、音楽家は男たちの手が仲間の手に乱暴に伸びて、再度固く手枷をされ、振り回すように連れていかれるのを見つめるだけだった。

ーーーーー

連れ去られた先。地下へ、地下へ、氷の階段が伸びた先。人一人が横たわるのがやっとなほどの、狭い牢の中だった。見張りは、かちゃりと鍵をかけて出ていった。ならば、もう大丈夫。ランプの影から飛び出した音楽家は、牢に飛び込んだ。

「……ぶ、るっ、く」

音楽家は、息を飲んだ。労りの布団や枕すらない。固い岩肌の檻の中で横たわる彼。枷に雁字搦めにされたまま、頬を氷のように冷たい地に擦り付けて。

「そか、でて……これたのか、たましい、だけ」

ぼう、と赤い隻眼を揺らし、先程覚ましたばかりだろう意識を奮い立たせながら、彼の方を驚いたように見つめている。

「サンジさん……!」

「わりぃな……こんな、クソ……みっとも、ねぇとこ……見せちまって……」

「いいえ、いいえ……!」

申し訳なさそうな顔。揺れるように仲間の額に擦りついた。一体何が、みっともないのか。むしろ庇ってもらって、こちらが抱えさせ過ぎて、申し訳ないと言いたいくらいだ。

「お強いあなたが、気を失うほど、こんな、つらいこと、なんて」

音楽家は、身を案じたつもりだった。けれど、料理人は質問ととったようだ。ふうっと熱い息を吐き出しながら、弱々しく顔を揺らした。

「……洞窟の、奥にな、こおりの、かたまりがあるんだ」

「……!」

「そいつを、とかすと……ガスの山が、とまって、代わりに、熱気が出て、ぜ、んぶ……」

「とけるんですね」

ふう、ふう、と口を開く度に、彼の顔が弱っていく。まだ口を開こうとする仲間の言葉をついで、首を横にふって、制す。少しでも、こんなところで休めるわけもないけれど、少しでも、休ませてあげたいと思ったからだ。

「でも……もう、ちょっと、だ」

だが、料理人は、音楽家の優しさや意思を無視して、言葉を吐いた。

「もうちょっとで、みんなを、たすけ、られるから」

仲間たちのみを想う、言葉を吐いた。幾度意識を震わせるために鎖を引かれたのか。金の枷に細い傷ついた首は動かす度にかちゃりと鳴り、息を詰める。再度縛られた手首と足首すらぴくりとも動かせない。

「おれは、じょう、ぶだ。じぇるま、だから」

けれど、弱りきった赤い顔を、ふわりと緩ませて笑う。音楽家や仲間たちだけを励ますように、大嫌いな言葉を吐いて、笑う。

「こわく、ねぇ……なんにも……しんぱい、いらねぇからな……」

「ち、ちがいま……!」

きっと、熱に浮かされた料理人は、彼に向けた心配の顔を、仲間たちを案ずる顔ととったのだろう。音楽家は必死に魂を横に振った。音楽家が案じるのは、仲間だ。料理人を含めたーー

「……!!」

だが、響く敵の足音。音楽家は焦ったように料理人を見た。彼を制したい。無理をしないでください。あなただって仲間です。大事です。けれど、もうそこまで近づく。

「う……」

半ば苛立ちながら、またランプに隠れることしかできなかった。だが、料理人はその動きに気づいていないのか。敵の影から、にこり、と苦しげに笑ったまま。

「そう、あい、つらに……」

かちり、とまた金属音がした。首に注入されたウイルスが、再度体を支配していくのだろう。口が、閉じていく。最後に、想いを紡ぎきったまま。

「つたえて、くれよ」

仲間だけへの想いを、紡ぎきったまま。弱りきった体が、ひくんとはねた。覇気の炎が、本人の意思なく勝手にぶわりと灯った。

「……サンジ、さん」

燃え盛る炎の中のその表情。意識は辛うじてか。苦痛に満ち溢れ、うっすらと開いた口からふうふうと熱を帯びた息を弱々しく吐き出すだけ。でも、その顔は、その口許は、柔らかく。仲間を勇気づけるように無理に柔らかく。

「よし、休憩はもう終わりだ。ボスがお怒り。運べ」

「なんかしゃべってたのか?」

「一人言だろ」

だか、敵は容赦がなかった。まるで物のように乱暴に防火服のまま料理人を持ち上げると、頭が落ち着かないままに振り回し、またさらっていく。件の洞窟の奥に、さらっていく。

「……っ!!」

もう、我慢できなかった。魂が思考を飛び越えて、勝手に動いた。料理人に、近寄る。魂を愛おしそうにその大事な腕に、擦り付ける。

「ギャァァァ、火の玉だぁ!!」

敵の悲鳴が響くが、音楽家は自身の姿は省みなかった。彼の緑の魂は、包まれていたから。

「もう、すこ、し」

優しい覇気の炎が不思議と移り、それに包まれていたから。

「もうすこし、だけ、待っててください。サンジさん」

魂なのだから、流れるはずのない涙。でもそれで炎を消さないようにして、音楽家は振り返らずにサニーへ急いだ。ぐったりし、炎に包まれ高熱に魘される。それでも、自分以外の仲間のことしか想わない、仲間。

「必ず、必ず、助けますから……!!」

背中に、いるだろう彼が。完全に地獄送りにされてしまう前に。振り返らずに。彼は驚く敵の隙間をすり抜けて、空を突き進んだ。

ーーーーー

「亡霊がいた?」

「へい、確かにーー」

銃口が動く音。怪訝な声。鎖の音が、かしゃりと反応したように動く。料理人は、体を燃やしたまま、虚ろな瞳を赤くした。

「やすんで、わるかった……はやく、つれてけよ……」

「殊勝な心がけだな、救世主様は。そっちは放っておけ。大したことはあるまい」

「……へい」

島長に率いられ、敵たちに抱えられたまま、連れていかれる。洞窟の奥に連れていかれる。料理人はもう、おとなしくぜぇぜぇと息を整えるだけ。今ので体力も、しゃべる気力もなくなり、赤い瞳が、ふうっと元に戻った。

ーーブルックは、逃げられたな。

残った彼の今の役目は、氷をすべて溶かし、仲間を助けることだけ。

ーーだったら、いいんだ。

自身の熱を無視したまま、苦しみにひたすらと墜ちることだけだった。

ーーーー

「……サンジ!!」

船長はひくりと眉を動かした。覇気は使えないから見聞色のそれではない。けれど、直感に近いもの。仲間が、危ない。一刻を争うほど。

「ブルック……!!」

けれど、いまは。かちこちに凍りついた壁の向こうを見つめ、飛んでいった仲間を信じることしか術はないのだ。

「ルフィさーーーーん!!!」

「……!!」

声がした。魂の声。聞き覚えのある声。赤い、光が、まっすぐとこちらに向かってくる。隕石のように、はたまたミサイルのように。鈍い、地を揺らすような音と共に、氷の壁に、衝突した。

「……」

真っ白な、蒸気が上がる。緑の魂に戻った音楽家はふよふよと揺れていた。心配そうに、言葉なく揺れていた。

「ありがとう」

だが、蒸気のなかで声がした。凛とした声。信じきっていたと、わかる声。ぼうっと蒸気が赤くくゆる。

「ブルック」

「いいえ、私だけでは力不足で……」

「でも、お前にもありがとうだ!」

感謝と共に、拳を振り抜いた音。今度は、はっきり見えた。未来の海賊王の、凛々しい輪郭。腕にごうっと点る、覇気の炎。

「とけろぉ!!!」

俊敏に吐き出された巨大な炎は、溶かし行く。船も、仲間も、溶かし行く。ぎゃ、ぐへ、と氷から解放された声が響く。あちこちに仲間たちがべしゃりと転がった。

「よし!みんな、いけるか!」

船長はよろよろと立ち上がる仲間の身を案じる。溶けたあとの体は、少しだけ動きが鈍い。けれど、

「いけるかじゃねぇ」

「いかねぇと!」

剣士と狙撃手が体を起こして真剣な瞳を露にした。残りの一味も、ふらつきながらも強くうなずく。そして、

「ちなみに、サンジさんからのご伝言は」

一番前に立った、最年長。もう、仲間を救い上げることのできない魂だけの姿ではない。骨だけの姿だが、手も、足も、両方ともあるのだから。

「ジェルマのおれは、丈夫だ。怖くない、なにも心配いらないとのことでしたが」

伝言とは裏腹の態度。彼らに背を向け、導こうとする先は、もうわかっていた。そして

「じゃあ今度は、おれたちが『サンジ』に伝えるんだ!」

「大丈夫」

「何にも心配いらねぇ」

「だから」

船医も、考古学者も、船大工も、航海士も、いや、仲間たちみんな、同じ覚悟だった。もう、苦しい仲間一人に背負わせたりなんかしない。

「待ってろ!サンジぃ!!!」

仲間をまとめて船長は、叫んだ。島一杯に響くくらいに、強く叫んだ。

ーーーー

「ぐぎゃ」

「ひぃぃ」

あちこちから悲鳴がとどろく。反撃の銃声。けれど、それを掻い潜り、拳の音、刀の音、雷の音。攻撃の音、音、音。敵たちは氷の壁や床にめり込んで、容赦なく転がされた。船長たちはひた走る。階段を抜け、やがて、氷の洞窟の奥へ奥へと。

「そうだ、いい子だ。救世主様」

ふう、ふうと苦しそうな息の音が聞こえる。敵のあおる声と共に聞こえる。

「安心しろ。もう少しで、お前の仲間は助かるぞ」

ルフィ、と咎める声を船長は無視した。駆け降りる。着いてこれるのは、彼より足の速い音楽家だけ。

「ほら、もっと、お得意の科学力で」

けほ、と苦しげな咳の音を聴く。ぜぇぜぇ、と弱々しくなる息の音も。かちゃりと鎖が鳴り、首をつめられる音も。船長は歯軋りした。音楽家はカタカタと震えた。

「火力をあげろよ」

もう、我慢できなくなった船長。すうっと息を吸い込み、ありったけ、叫んだ。

「サンジーーーっ!!!!」

仲間を想う、叫び声。階段の下に降り立った体。

「……!!!」

だが、仲間を目の当たりにしたとたん、

「おま、え」

船長は、戦慄いた。思わず。

「困るなぁ。今、氷を溶かさせているんだ」

露になったのは、想像以上の酷い様相。片手で鎖をつかんだまま、料理人の丸い頭をわしりとつかみ、額から氷の塊に容赦なく押し付けさせている。

「ついでに、ジェルマのくせに出した、熱も冷ましてやってるんだぞ」

炎に包まれ、影を帯びた彼の瞳は、とうに、闇に落ちて虚ろだった。意識すらわからない。もう、仲間が氷から溶けて無事でいたとしても、気づかないほどに。

「感謝、してほしいくらいだ」

ニヤリと笑う男は、決して手を緩めなかった。ぐりぐりと額を押し付ける。つうっとそこから溢れた、紅。炎にとけてわからない。

「……はなしなさい」

そして、その有り様は、完全に彼を怒らせた。

「サンジさんを、放しなさい!!!」

音速。ちゃきりと、抜かれた切っ先。油断しきっていた島主の首に突き付ける。懐の銃を構え、人質にする暇すら与えない。

「もう、これ以上」

「な」

「汚らしい手で、彼に触れることを、許しません」

からん、と鎖の先が落ちた。音楽家はこぼれ落ちた料理人を優しく片腕で抱えあげる。

「出すぎた真似を、船長」

「いいよ。サンジを頼むって、おれ言ったし」

そう腕を組んで答えてくれた船長に一度頭を下げてから、熱いとも言わず、抱えあげる。かちり、とスイッチを押すと、針は戻る。だが、彼の炎は、戻らない。ふうっと息を苦しげに吐き出しただけ。ようやく閉じられた瞼。赤らんだ顔。意識も、とうにもうない。

「……鍵は」

「氷を溶かしたら、返してやる」

敵は虚勢をはって言った。

「この期に及んで……!!」

「……落ち着け、ブルック」

いつの間に現れたのか、剣士がするりと刀を抜いた。黒刀が、柔に動く。空気を斬る。それだけでぱらりと枷が全て落ちた。敵の顔があからさまに歪む。剣士はそれを嘲るように冷たく言い放った。

「こうなることは、覚悟の上だろ」

まだ、料理人の炎は止まない。それを一瞥しながら、

「このアホに、手を出すんならな」

「ぐ」

逃げようとした体。一端この場から離れれば新しい策を、と思ったのか。

「火薬星っ!!」

「ぎゃあっ」

先程まで料理人が押し付けられていた壁に男は転がった。

「に、逃がすかよ!!」

狙撃手はカタカタと足を震えさせるも、表情は怒りに満ち溢れていた。

「サンジにこんなひでぇことしやがって!!た、ただで返すとおもうなぁ!!!」

「おぼ、れ」

呻き動こうとした体。ちゃきり、と構えられた銃口とタクトの先端。そして、周りにふわりとただよう花。

「私たちだって、怒ってんの」

「優しい彼にこんなひどいことをして」

「放っておけるわけないじゃないの」

冷たい六つの眼差しは、これ以上男がぴくりと動くことを許さなかった。

「チョッパーさん、サンジさんを」

「……!だめだ、あつくて、触れられないよ!」

船医は焦った声を出した。仲間のために出した炎が仲間を拒むなんて。

「任せろ、チョッパー」

だが、すっと、差し出された、黒い手のひら。

「サンジ。もう、大丈夫だぞ」

船長の覇気に染まった手のひら。ぎゅっと料理人の額を押さえた。燃え盛る炎。強い熱は感じるはずだが、呻かない。

「じぇるなんとかとか、関係ねぇ。なんにも、心配いらねぇ」

ふう、ふうと炎の中で吐き出される息。未だきっと氷漬けになった仲間に囚われているのだ。それをそっと安堵させるように幾度と押さえてやるだけ。お返しのように同じ言葉で、押さえてやるだけ。

「お前をしんどくする氷なら」

もう、誰かのために、その身を削ってまで優しい炎を出す必要なんてない。そう手のひらから覇気づたいに伝える。

「おれが、ぜぇんぶぶっ壊してやる」

やがて、ちらりと一欠片、蛍のような火の粉が空に弾けた。しゅわり、と炎が落ち着いていく。船医が近づき治療を始め、音楽家に支えられたくったり零れた熱い頭を、偉いぞと撫でたあとは。

「お前ら、ごとな!!」

厳しい瞳を、ぎろりと鋭く剥いた。麦わらの一味に囲まれ、怯えすくんで動けない偽りの島主。再度振りかぶるは、兄から受け継いだ、仲間を守り助けるための拳。ゴムゴムの、ゆっくり口が動けば、振りかぶられれば、着火終了。もう逃げられはしないのだ。

「レッドホーク!!!!」

業火の拳が、叩く。殴る。押し込む。氷に。氷だけではなく、敵を。熱が、煙を吹き出す。氷に、鈍くひびがはいる。ぴしり、ぴしり。割れる音。とける。とける。島が、氷が。

「……帰るぞ」

周りの氷が、ぶわりととけていく。島主は白目を向いて転がった。もう、ここには用はない。彼らは仲間をつれて、脱出するのだった。

ーーーーーー

「……一気に、あぢー島になったな」

「元々は夏島だったのよ。これが普通だわ」

氷は、溶けた。全部、溶けた。島の住民たちも解放されて、麦わらの一味に何度も礼を言いに来た。洞窟に転がっていた偽島主たちは海賊だった。氷を溶かし、この島を統治することを目論んでいたようだ。

「なんでここは氷の島になったんだ?」

「隕石が落ちてきたんだそうよ。エネルギーをもった」

「そりゃまたスーパーな不思議だな」

そんな話をしながら、甲板でだらりとだらける一味。冷たい氷の島から一転して、暑い島になったのだ。なかなか体がついていかない。

「……アイスいるか?バニラアイス」

「いるー……あれ?」

「って、え?」

差し出された、ウエハースつきのバニラアイス。船長は返事したあと首をかしげ、航海士ははっと驚いた。

「サンジ君!」

「サンジ!」

「ええっ!!?」

甲板でだらけていた残りの一味も、驚いて反応した。船に戻ってから寝込んでいた料理人が、いつの間にか起きている。少し、頬を赤くして。

「大丈夫なのか?まだあちーぞ」

額に触れてくる船長。一味がゆっくり寄ってきた。

「あぁ、心配かけたな。熱は大分下がったよ。な、ブルック」

「えぇ。菌は消えたそうです。あまり無理しなければ動いていいそうなので」

「ブルックずっと側にいたのか?」

「えぇ。だって心配ですもん」

「……悪かったって」

料理人は頭をかいた。きっと一番心配させたのは、他の仲間ももちろんだけれど、音楽家にだから。

「じゃあしばらくサンジさんのそばにいるの許してくださいねー」

「……あー」

「チョッパーは?」

「ずっと看病させちまったし暑さでバテてるよ。アイス食って涼んでる」

「そっか」

船長はししっと笑って、ようやく美味しそうなアイスに手を伸ばした。

「じゃ、サンジも無理したぶん、のんびりしろ!」

「そうね。一緒にのんびりしてあげるわ」

「なみすわぁん!ほんとー!?」

「みんなでのんびりね」

「けっ」

「サンジー!おれアイス配るの手伝うー!」

「ハイハイ、私もー!」

「ついでに冷たいコーラも頼むぜぇ」

ぎゃーぎゃーわーわーと注文が飛び交う、いつもの通りの日常。こうして賑やかな船にまた戻ったサニー号は、暑さも乗り越えていけるだろう。

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