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*敵に捕まった料理人と彼を助けようと奮闘する一味

*敵に捕まった料理人と彼を助けようと奮闘する一味(船長目立ち目)

船医はドキドキと胸を高鳴らせていた。まっすぐに洗濯ハサミにぶら下げられた麦わら帽子。恩人からもらった、大切な麦わら帽子であると船長からは聞いていた。

『お、お、おれが?』

『そーだ。乾かしてるからさ、お前が見といてくれ!大切だから頼むぞ!』

船長は、笑顔でそんな言葉を残して冒険に出ていった。船医は落ち着かなさそうにドキドキと帽子の周りを回る。まだ入って間もない自分に、こんな大事なものを任せてもらっていいのだろうか。

「おー、やってるな」

「ギャァァァァァ」

「驚きすぎだろ」

料理人があわあわと船長の帽子の前に立ちはだかった船医に呆れた。おれは敵じゃねぇよ、と一人ごちながら、じいとちょっとくたびれた麦わら帽子を見やる。

「昼飯何がいいか聞きにきたんだよ」

「お、おひるっ?」

「そう。何が食いてぇ?」

船医はビックリした。今までご飯のリクエストというものをあまり経験したことがないからだ。ドクトリーヌが出すものをありがたく食べていたばかりで。

「えーと、えーと、お、おにく?」

「肉な。調理方法は?」

「こ、この間の、かりかりのお肉食べたい!」

「かりかり?あー、唐揚げか。了解。できたら呼ぶから、しっかり警護してろよ」

「お、おうよ!」

料理人は手を振りながらキッチンへと戻っていく。船医はほうと息をついた。ここの船に来て一週間、会話は覚束ないもののだいぶ慣れてきた。そしてわかったこともいくつかある。ご飯は自分でできるだけ守ること、やれることはちゃんとやること、そして、

「みんな、優しいなぁ」

仲間たちはみんな、強くて、優しいこと。船長は当然、怖い顔と思っていた剣士も、自分のことも非常食だと宣っていた料理人も、お金にうるさい航海士も、鼻の長い狙撃手も、みんなみんな優しい。

「だから、がんばるぞ!」

船医はきゅっと拳を構えて、帽子の前に立った。パタパタと風がままに帽子が揺れている。そしてその側で、にやと笑った影があったことなど、知るよしもなく。

ーーーー

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

「あ!?」

キャベツを細切りにしていた料理人は突然の悲鳴に顔をあげた。唐揚げは少し漬け込んでいる最中。ならば、多少席を外せる状況だ。冷たい水にキャベツをさらして、彼は外に飛び出した。

「どうした」

「さんじぃ」

船医はぼろぼろと涙をこぼしていた。涙のわけにはすぐ気づいた。麦わら帽子がない。そして側には本がいくつか転がっている。本を取りに行く一瞬、目を放したのだ。

「……風じゃなさそうだな」

洗濯ばさみがあからさまに千切られるように床に転がっている。さも襲いましたと言わんばかり。そして、見えた。森の影がチラチラ動いて消えていく。罠だ。あからさまな。

「……チョッパー、船頼む」

料理人はぽんと彼の頭をさすり、きっと森の方を見た。

「おれが取り返してきてやるよ」

「でも」

船医は顔を曇らせる。体を震わせる。人とのコミュニケーションが慣れていない彼。あれだけ大事にしていた帽子だ。いくら優しいといっても船長に叱られるだろう。酷ければ失望され自身が捨てられてしまう、とまで。料理人は彼の想いを汲んだ。そんなことはないと諭しても、マイナスにまで落ちた心はなかなか難しいことを知っていたから。

「もし、おれが戻る前にルフィが帰ってきたら内緒にしとけ。風で飛んだのをおれが追いかけてった、とかな。叱られるのやなんだろ?」

「……ヴン」

「大丈夫。必ず、取り返すから」

ひょいと船の壁を乗り越え、料理人は森の方へとかけていった。船医はグスッと涙を流す。帽子をとられたにも関わらず、変わらない料理人の優しさに。

「ごめん、な」

あぁ、結局泣いてお礼も謝罪すらも言えなかった。見送るだけ。その黒い影を。森の奥に消えていく、影を。何もできることなく、ただ、怯えて見守るだけだった。

ーーー

「……あの化け物は、こなかったか」

「あいつをそう呼ぶな。嫌がるだろ」

一方、料理人はきっと目の前の敵を睨み付けていた。奇妙な男だ。船長の麦わら帽子を汚ならしい手でわし掴んでいるのはわかるが、ジャケットらしい服もズボンもつぎはぎだらけのボロボロだ。

「とっととそれを返せ。船長の大事なもんなんだよ」

「知ってるからとったんだよ、わかってるだろ」

指をぱちんと弾くと、あからさまに下卑た男たちが姿を見せた。同じように汚ならしい、穴だらけの格好をした男たちが10人。料理人は、煙草をくわえ、かちりと火をつけた。

「げへへ」

「おとなしくしてろ……っ!?」

ぱん、と隙なく飛んできた黒足。一人の顔面に突き刺さる。この、と振りかざしかかってきた刀を細腰をくねらせてバク転でかわし、くるっと地面に手をつけて、

「邪魔だァ!!!」

右手を軸に体をまわし、回転。蹴りの乱打をお見舞いする。速度は音速。蹴りの音を噛ます頃には、敵は倒れているのだ。

「とっとと」

だが、これはあくまで前座。目標は船長の帽子をひっつかんだまま眼前で涼しい顔をしている男。

「帽子を返せ!!!」

飛び上がり、ぐっと右足を叩き落とす。狙いは敵の手首だ。揺らいだところ、ないしは振り落としたところを狙って、奪い返し拾い上げてしまえばいい。めきり、敵の手首がら鈍い音がした。

「な」

だが、目を剥いたのは料理人だった。確かに、感触は強かった。けれど、男には効いていない。眼前で黒足がきりきりと跳ね返されたように鳴る。

「惜しかったな」

「ぐあ!」

がら空きのボディを殴り返された。随分と固い拳だ。茂みから立ち上がりながら、きっと男を睨む。ずぶ、ずぶと手の上に何かがまとわりついていく。

「あれは」

けほ、と腹の辺りを押さえて息をつきながら、はっと息を飲む。空き缶、魚の骨、鉄屑、色々なものが男の手にはりついているではないか。

「自己紹介が遅れたな」

男は料理人が奪還できなかった麦わら帽子を嫌みたらしく見せながら、にたりと笑う。

「おれはゴミゴミの実を食べた。体にゴミだと思ったものをはりつけたり、触れたごみを自由自在に動かすことができる」

「能力者……」

「わかるだろう。たとえば、尖ったごみに触れていたとしたら」

手首に、とがった鉄屑のようなごみが張りついた。料理人の眉がひくりと揺れる。賢い彼は、すぐに狙いに気づいた。

「やめろてめぇ!!」

「じゃあおとなしく従いついてこい」

じゃらり、と枷のなる音がした。まだ他に部下はいたようだ。ぎり、と唇を噛む。帽子がちらつく。そうしたら料理人は無抵抗にならざるを得ない。

「ここからが、おもしれぇんだ」

心地悪い冷たさと錆びた臭いがする。かちゃり、と手足に重い枷がかかった。足には、鉄球つきのものが、一つずつ。腕は、後ろ手に。

「たっぷり、踊ってもらうぜ」

にや、と笑った敵。料理人はきり、と唇を噛み締めることしかできなかった。

ーーーー

「……遅いなぁ」

船医は心配そうに体を揺らしていた。料理人が帽子を取りに向かってもう半刻はたっている。もしかして、やられてしまったのか。不安が胸を掠める。いやでも、料理人は強いから。ふるふると首を振る。

「かえったぞーー!!」

「ただいまー、チョッパー」

ピクリと耳を揺らす。早く帰ってきたのは、船長たちだった。4人とも嬉しそうに笑いながら、戻ってきた。

「おおおおお?!!!」

思わず驚きながら隠れてしまう。船長たちはその様子に首をかしげた。いつもの会話の慣れない怯えで隠れたようには見えなかったからだ。

「どうした?チョッパー、おれ達を敵と間違えちまったのか?」

「う、う、う、うん」

「なんだよー!よくみろ、このウソップ様の整ったーー」

「なぁ。チョッパー」

「ルフィーー!まだかいわのとちゅーう!」

言葉を遮って、響いた声。船医はびくっと体を震わせる。船長がしゃがんで、彼の目を合わせて聞いてきたからだ。

「サンジと、帽子は?」

そして、直球に。彼が今一番聞かれたくないことを聞いてきたからだ。

「っ」

ウソをつかなければ。料理人が教えてくれたように、ちゃんと、ウソを。でないと叱られて、最悪嫌われて捨てられてしまうかもしれない。でも、もし料理人に何かが起こっていたら?本当に、彼に、なにか起こっていたら?

「それ、は」

取り返しがつかないことになってしまうのではないのか。自分の、せいで。けれど、料理人はウソをつくようにと教えてくれた。もし料理人が普通に帰ってきて、ウソをつかなかったことを知ったら、どう思うだろう。ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ。思考がごみ溜めのように重なっていく。

「チョッパー」

「サンジ、は」

船医の口が、ゆっくりと紡ぐ。頭の中がぐしゃぐしゃと混ざる。どうしよう。どっちをとればいい。自身の保身か。仲間の万が一か。

「チョッパー!!」

船長は船医の肩を押さえ、真剣な顔していった。びくり、とそこでようやく気づいて、彼の肩が震える。

「ちゃんと、いえ!!」

ちゃんと。その一言とその強さに船医はこくんと息を飲んだ。それが胸のつっかかりをもぎ取った。ごちゃごちゃに、溢れだす。涙が、溢れだす。

「ごべん」

「ごめん?」

泣きながらの第一声に船長は瞬きした。船長の手のひらに、涙が伝う。

「おで、るぷぃのだいぜづなっ、ぼうじ、めをはなじで、だれがに、どられでっ。さんじが、どりがえじにいっで、ぐれでっ」

船医が選んだのは、ウソではなく、素直にちゃんと、報告すること。

「でも、おで、るぶぃにおごられるのがこわぐで、ざんじがひろいにいっだって、いえばいいっで……でも、ざんじ、かえっで、ごなぐでっ」

ぐすぐすとあからさまに涙をこぼしながら も。

「ざんじ、が、かえっでごながっだら、おで、おで……っ!!」

全部、言い切った。船長は、じっとそれを見つめる。

「……なんで、チョッパーがなくんだ?」

「え……?」

船医は涙の顔をあげた。船長は、和らいだ顔で、彼を見つめる。

「帽子は、とったやつがわりぃし、サンジはいいやつだからそうするだろ!」

「るぶぃ」

「お前がわりぃとこがあるとしたらな」

船長は、きっと船医を見ていった。

「おれは、そんなことじゃ怒らねぇしお前を捨てねぇってことを知らなかったことだ!」

「……!」

船医はすっと息をのむ。だろっ、と鼻息荒くしてくる船長は真面目にそう言っているようだ。

「それと」

びよん、とゴムの腕を伸ばす。伸ばした方は、剣士の方だ。剣士は、拾い上げていた。狙撃手と航海士はそれを深刻な顔で見ていた。何やらカードをひとつ。

「サンジは、絶対一緒に助けるぞ!!チョッパー!」

船医は、カードを見て、顔色をぐしゃりと歪めた。けれど、もう一度泣くのは歯を食い縛って我慢した。

「ヴン!!」

カードに記されていたのは。大きな文字で『大事なものは自分以外みんなごみになる』と目立つ文字でかかれていて、帽子と仲間を捕らえたことと、返してほしければ、その場所にこいといった良くある文句が書かれていた。

ーーーーー

男は、じいと動きを眺めていた。麦わら帽子を大事にする料理人と船医を思い浮かべ、いまいましそうに唇を噛む。

「おれ以外の人間なんぞ」

思い出す。過去を。ゴミゴミの実を食べたときの、いまいましい記憶を。

「ごみと一緒だ」

ゴミゴミの実を食べるまでは、彼は普通の少年だった。だが、悪魔の実は過剰な能力を彼にくれる代わりに、普通を壊してしまうことがしばしばあるのだ。

「臭い」

「汚い」

「醜い」

ゴミの能力をうまくコントロールできずにいた彼は、何時も体にゴミを身に付けていた。とってもとってもついてくる。だから、家族にも友達にもだんだんと疎まれ始め、いつしか名前で呼ばれなくなったし、彼の本当の名前すらも忘れてしまった。いつも『ゴミ』と呼ばれたからだ。普通だったのに、『ゴミ』と呼ばれる毎日。でもきっといつか普通に戻れる。彼はそのときはまだ信じていた。
そして、日々が過ぎた。家族はまだ彼を捨てずにいたが、相変わらず『ゴミ』と呼んだ。彼は大分能力を操れるようになって、ゴミを体につけなくなってきたのに。彼はもう少しだとおもった。完全にゴミをつけなくなれば、元の家族に戻れるのだと。

「海賊だ!」

転機が訪れたのは、そのときだった。島に海賊が襲ってきて、多くの家が焼かれた。彼は、家族と共に逃げようとしたが、家族は逃げなかった。海賊が、家に入ってくる。金品を欲しがって。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

彼は家族を守るために、ゴミを身に付けて、戦った。海賊達をゴミに埋めて、海賊達を殴って、戦った。だが、海賊達は強く、簡単に捕まった。

「お母さーー」

彼は目に涙を浮かべた。だが、母親も父親も、ゆっくりと立ち上がって、

「よかった」

笑ったのだ。あからさまに。

「これで、私たちは見逃してくれるのね?」

「価値のある『ゴミ』だろ?」

彼は、家族に売られたのだと悟った。そこからの、記憶はなかった。ゴミを動かして、何もかも、何もかも埋めた。そんな記憶以外は。

ーーみんな、ゴミだ。

ーー自分の大事な子供を簡単に売るほど。

ーー自分以外は、どうでもいいほど。

「だったら、示してやらなきゃな」

男は、ぎろりとなめつけるように料理人を見た。

「テメェの命以外、みんなゴミだってことを」

ーーーー

三階建ての建物の中。料理人は、まっすぐと眼下を見つめていた。手枷がなぜかほどかれ、足の重りのみがずっしりと彼を縛り付けている。
彼が立たされているのは、飛び込み台のような場所だった。一階には丸いステージが大量のゴミに覆われていた。それをガラスが覆い、料理人が立っているところだけぽっかりと空いているのだ。だが、彼が見ているのは、そこではない。

「……ほら」

ひらりひらりと三階から落ちてきた麦わら帽子。頭に縫いあと、赤いリボン、古びた色。

「!」

焦り、飛び出そうとする。だが、取りにはいけなかった。部下たちが羽交い締めにしてきたからだ。きっと睨み腕の力で振り払おうとするも、にやりにやりと笑われ強く掴まれるだけ。ひらり、ひらりと、眼前を通過したそれは、やがてごみの中にぱさりと落ちた。

「てんめぇ!!!」

「おっと、忘れるなよ。おれは触れたごみを操れる」

どこからか響く声はにやとわらった。くっ、と料理人は唇を噛む。

「だが、おれはお前が取りに行くのを止めねぇけどな。取りに行かなかったら、逃がしてやってもいい」

ざばり、とゴミが上から落ちていく。麦わら帽子が、埋もれていく。料理人は敵たちの手を払った。

「さ、どうす」

ずる、と足枷が床に擦れて鳴り響いた。料理人の体が、まっすぐに、床から離れた。まるで海にでも飛び込むかのように、優雅に。

「おい、誰か押したのか」

「いいえ!自分からいきました!!」

そして、頭から飛び込んだ。ゴミが、弾ける。ただ、水と違う点が、多すぎる。視界が悪い。ねとりとした水分の多いゴミを掻き分けるのは難しく、彼のよく効く鼻孔一杯に異臭が入ってくる。固いゴミで彼の皮膚が傷ついてしまう。現に額が割れ、つうと血がにじみ出ていた。口の中に入る。ただの異物だ。苦いやまずいじゃすまない。だが、かまわない。重たげに腕をふり、口を塞いで、潜るように、探す。

「そうか、バカだなあいつは」

にかりとわらい、眼下をみやる。

「やっぱり、ゴミだ」

虫酸がはしる、と。蔑むようににらんで、ゆっくりと腕を動かした。

「見向きもされなくて、死ぬのにな」

ゴミがパラパラとさらに空から降り注いだ。

ーーーーー

手のひらが、痛む。ごみをまさぐる度にがり、と鈍い音がして、あからさまに手が傷ついている。だが、手が大事なはずの優しいコックは、これで麦わら帽子を触ったら血がつくだろうか、なんて心配するだけで、自分の手のひらは、いくら傷つこうが無視をしたままだった。

ーー……、いき、が。

埋もれて、苦しくなっていく。ぼや、とただでさえ悪い視界がぼやける。けれども、あきらめない。

ーーあれは、船長の、大事なもんだ。

命と同じくらいに、大事なものだ。固いごみを、掻き分ける。ない。また、息が失せて体が頭から沈む。

ーーチョッパーだって、泣いちまう。

帽子を取り返してやる、と約束して『帽子』が返ってこないなら、あの優しい獣は本人をひどく責め立てるだろう。料理人本人を換算していないのは、いつも通り。

ーーだから。

掻き分ける。血がにじむ。かきわける。がり、と爪が剥げる音がした。ぼやけた視界を、必死に凝らす。なくなりそうになった、息を耐える。

ーー……!!

黄色い、かすれたものを見つけた。つかむ。だが、手がしびれてなかなか掴めない。ゴミが動く。体が、ぐるんとひっくり返る。このままでは。手を伸ばす。掴む。藁の感触がした。これは、そうだ。絶対、そうだ。ぼやけててまともに見えないけれど、この、あたたかさは。

ーー……っ。

このまま、手だけ伸ばしていれば、見つけてくれるだろうか。大切な、帽子は、帽子だけは、見つけてくれるだろうか。体の力が抜ける。ゴミの中に、足から沈んでいく。最後に吐き出した息は、ねとねとにまみれて、消えていった。

ーーーー

「さて、そろそろゴミになったか」

男はにやとわらった。まだまだ降り注ぐごみの中。料理人の動きは能力でもわからない。かき混ぜてやろうか。このゴミは生ゴミが多いから、打撲よりも窒息の確率の方が高いだろうが。

「どこだぁ!!」

怒り狂った拳が扉をぶち抜いてきたのは、そんな算段をしていたときだった。かちゃかちゃ、と刀があちこちから構えられる。きっ、と鋭い瞳が返った。剣士が刀を構え、ひっと狙撃手と航海士は後ろに隠れた。

「サンジと帽子は、ど、どこだ!」

船医は、船長の横に立ち、小さな腕にぐっと力を込めてとうた。震えているが、限りある勇気を振り絞って叫んでいる。

「あぁ、あのゴミなら」

「……ゴミ?」

だが、悠々と笑った男。船長の顔が怒りに歪んだが、余裕げに指を指す。彼らはガラスをみた。まさか、と顔を青ざめる。

「常識だろ?」

山盛りのごみ。いまだにバサバサと上から落ちている。

「ゴミは、ゴミ箱に。だ」

「……お前ェ!!」

船長は、怒りに叫んで腕を伸ばした。刀を構えた男たち。剣士が動く。

「いいぞ、殴ってみろ!!おれはーー」

「うわぁぁぁ!!!」

殴りかかってきたのは、船医だった。体を人型に。予想外の状況。男は驚き、ぶん殴られる。

「みんな」

けたたましい音。ガラスが強い拳で粉々に砕ける音。船長が後ろ手に拳をふるい、破壊していた。

「頼むぞ!」

そうまっすぐに仲間たちに告げたあと、船長はたん、とガラスの中にとんだ。ごみを吹き飛ばすように、飛び降り、かき回すように呆れ始めた。

「無駄なことを、ぶっ」

起き上がろうとした男は、顔面から鉛玉を食らう羽目になる。狙撃手は、ふうふうと震えながら、その背でパチンコを構えていた。

「無駄なことじゃねぇ!」

「お前……っ」

「あんたには、ゴミを操らせないわ」

航海士の棒が、叩き落ちる。だがそれは、腕でガードした。

「どうかな」

くっ、と息を飲む。だが、ガードが弾かれた途端、航海士が後ろにひいた。刀か、はいる。拳が、はいる。腹に。

「あいつを助け出すまで」

「おれたちがとめる!!」

だが、彼らは息を飲む。拳を妨げるように、はたまた刀を妨げるように、ゴミが挟まっている。

「虫酸がはしる」

きっ、と男はにらんだ。重なった。昔の自分と。信頼何て、反吐がでる。友情や愛情なんて、ごみ同然だ。

「見せてやるよ、おれの力を」

だから、示してやろう。すべてが無駄だ、と。

ーーーー

「サンジ!どこだぁ!」

船長は、探す。ごみの中を探す。仲間が引き付けてくれているから、ごみはあまり動いていない。

「どこ、だ!」

ざくざくと掘りながら、声をだし続ける。どのくらい深くまで埋められていようとも、あきらめない。

「そこか!」

微かでも動き、物音がすれば上にあがり直す。だが、重力でがしゃりと落ちただけだった。膝をおらない。

「……へんじ、しろ!」

返事はできないのはわかっていた。けれど、船長は呼び掛け続け、再度掘る。

「ちゃんと、助けるから!」

必死に掘り返す。例え、ねとりとした液体で手足が汚れても、たとえ、鋭く固いごみで傷がついても、血がついても、掘り返す。仲間を見つけるまで、あきらめない。彼が例えその掘ったごみで埋もれかけたとしても。

ーーーーーー

ふわり、とゴミが浮く。体に張り付いたごみはあからさまに鋭そうだ。剣士はぱくりと刀をくわえる。

「おれがいく。お前ら援護しろ」

「お、おう!」

「チョッパー、うまく合わせてね」

「う、うん!」

狙撃手はパチンコを構えるのを横目で見ながら、航海士は励まし、船医は一つ錠剤を含んだ。駆け出し、刀をかぶる。きん、と鈍い音。普段ならば、差し出した腕は斬れているだろう。しかし、にやと笑った男。腕についたのは、あからさまな鉄パイプだ。

「鉄は斬れないだろう?」

「あぁ、だが」

きん、きんと鉄パイプと刀が打ち合う。剣士は苛立った。

「剥がせば終り、か?」

「ぐ」

「おっと」

撃ち込まれた火薬星。だが、簡単に片手で弾かれた。その隙をついて航海士がタクトをふった。がん、と鈍い音。剣士と両挟みだ。そして、船医が飛び込んでくる。強い拳を、振りかざして。

「そんなにはやく片をつけたいのか?」

「え?」

狙撃手は気づいた。カタカタと動く、壁のそばに置かれた錆び付いたバズーカ。それは、飛んでくる。こちらに、向かって。バズーカごと。

「だったら」

「よけーー」

「大サービスだ」

引き寄せられたバズーカは、途中で着火して。轟音と共に弾を放つ。鈍い音と共に爆発音が響き渡り、固いガラスがぐらぐらと揺れた。

ーーーーーー

「まだか!いそが、ねぇと!!」

船長はひたすらに穴を掘る。上から轟音が聞こえてきた。仲間が危ないのだ。それにこちらも、長くはもたないはずだ。だから、叫ぶ。掘るスピードをあげる。

「どこ……」

ついに、彼はひたと手を止めた。

「……!!」

息を飲む。掘る。黄色いなにか。完全に見えるまで掘り返す。見つけた。帽子だ。彼の大事な、道しるべ。

「そこに、いるんだな」

そして、その縁には、見覚えのある手のひらがかかっている。傷だらけの、ほつれた黒スーツの、血まみれの手が、かかっている。船長は、放すまいとその手首をつかんだ。その冷たさに、不安がよぎる。

「サンジ」

だが追い払い、掘りあげ、彼を引っ張りあげる。ずっしりと重い。ゴミが彼の体にのし掛かり、彼を締め付けているのだろうか。けれど、必死だ。せっかく見つけたのに、またこのまま沈めてたまるか。

「はなさ、ねぇぞっ」

両手で掴む。その大事な腕を、強引に引っ張りあげる。もう、少しだ。

「サンジぃぃ!!」

ぼこり、と体が吐き出された。舞い上がる、仲間。持ち上げた腕のなかで、明らかに傷だらけ。ねとりとした液体が、紅に混じり頭からこぼれる。けほりと口許から喉を詰めていたゴミの塊を力なく吐き出し、必死にふうふうと少ない酸素を取り戻そうとしている。

「よく、頑張った。大丈夫だぞ、もう、大丈夫だからな」

ぐったりとした彼を引きずりあげ、忌々しそうに重りを睨む。体中のゴミを拭い、落ち着かない頭を支えてやりながら、腹の上に麦わら帽子をのせ、心配の言葉を繰り返しかけてやる。

「……え?」

だが、船長は、そこで口をつぐんだ。血まみれの手が、痛みに震えながらゆっくりと動き出す。手を、探って、掴む。

「、っ、う……る、ふぃ」

息が苦しいだろうに、仲間の存在に気づいた途端。けほりと咳を溢し、意識を必死に奮い立たせて薄く目を開いた。彼が想うのは、自身や大切な手のひらではない。

「ぼう、し」

うなされるように細い手首が動くのは、自身より大事なもののせい。船長の帽子が。仲間の大切なものが。船医が泣くだろうことが。

「ぼう、し、は……」

無事かどうかであることだけだった。阻止したいだけだった。

「……サンジ」

船長は、黒髪で瞳を隠しながらきゅっと唇を結んだ。そのたくましい手で腹の上の帽子をすくいあげたかと思うと、

「お前にも、悪いところがあるぞ」

そのまま、仲間の頭にぎゅっと押し付けた。

「お前が死んだらな」

そして、重りごとごみも厭わず仲間を肩まで抱えあげる。軽々と。大事なものを、運ぶように。

「帽子だけが無事だったって、意味ねぇってことだ」

「……!」

「だろっ!」

船長はふんすと鼻息を荒くした。料理人はぼうっとした意識でそれを聞いたせいかはたまた。首が、横にこぼれかける。

「そこはちゃんとうんって言え!!」

むすりとした彼は、無理矢理料理人の首を縦に振らせた。無茶苦茶だ、とぼうっと思ったが、思わず口許を緩めてしまう。

「よし!じゃああとな!あいつは、おれがぶっとばす!」

船長は、安堵したのち、きっと鋭い瞳で空を見上げた。

「おれたちの大事なもん、奪おうとしたからな!」

お前は休んでていい、頑張ったから。また頭を撫でられた。料理人は、未だにぼうっと息を調えていたが、少し頭が回ってきたようだ。ちらと生ゴミの塊を見つめる。船長はそこに意図があることに気づいたようだ。

「なんだ?」

「やすむ、まえに……」

けほりと咳を漏らしながら、料理人は呻く。

「おれも……一泡、ふかせてぇ」

「……!いーぞ!!」

船長はにいとわらい、彼のヒソヒソ声に耳を傾けるのだった。

ーーーー

「そろそろ終わりだな」

「う」

男はにやと笑った。最終兵器のバズーカゴミの威力は強大だっただろう。至近距離で爆発を食らい、痛みと壁に埋もれた一味を見つめて。

「あとは、たっぷりのごみにうずめてやるよ」

「やめろぉっ!!」

壁から一人、飛び出した。体を丸めてダメージを和らげていたらしい。

「元はと言えば」

振りかぶられたパイプ。だが、跳躍力強化。とんでかわす。

「お前が、帽子をとられたから」

かわす。何度だって。今回の目的は、勝利ではない。

「あいつはゴミになったんだろう?」

「ちがうっ!!」

自分を守ってくれた仲間の優しさと、その仲間を守ることだ。

「何が違う?ゴミを拾いにいったやつもかえってこねぇ」

「ルフィはサンジをつれて、帰ってきてくれるんだ!!!」

「ほざけ!!……がは!」

感傷的に叫ぶ男。その顔に、ついに船医の蹄が届いた。固い蹄。船医は食い込ませる。精一杯。

「鬱陶しいわぁ!」

「うわぁっ!」

だが、カウンター。鉄パイプで殴り飛ばされる。そこで、ランブルボールの効力が切れた。しゅうっと船医は人獣型に戻る。

「チョッパー……う」

「このゴミタヌキが」

仲間たちはよろよろと体を起こそうとしたが、なかなか動かない。男は近づく。あからさまな殺気をもって、船医に。

「まずは、お前から埋めてやる!!」

ガラス越しから、ごみが集まる。だが、焦っていた彼らは顔をにやりと緩めた。

「どうやって?」

煽る声が、息ぴったりに揃った。

「な!?」

体が、焼けつくような音。男は突然苦しみだした。操ろうとしたゴミが熱い。能力でも感覚は感じるのだ。

「おれの仲間をゴミ呼ばわりして」

そして、ガラスが割れる。ぐったりと気力を使い果たした仲間たちの前に、立ちはだかる、姿。

「絶対に、許さねぇ」

そして、その側に横たえられた体。

「る、ヴぃ」

船医はじわと瞳を緩くするも、横たわった体の主が慰めてくる。

「まだ……泣くなよ。チョッパー」

ふう、と息をつき、弱りきった体躯。まだ、重りがついているから辛いだろうに。

「船長の勇姿が……見えなくなっちまうぞ」

そう優しく励ましてくれるから。船医は、必死に涙を堪える。涙越し。船長の拳が、男の唯一の武器である鉄パイプを繰り返し叩く。

「ヴん」

それは、容易く落ちた。もう、勝機は見えていた。仲間の力を借りて、仲間の為に怒り戦う船長は、強い。

「バズーカァァァ!!!」

容赦のない掌底が、男を貫き、吹き飛ばした。皮肉にもごみひとつもない体のままで。

「ばか、な」

男は、ぽつりとうめき、

「ゴミ、なんか、を信じるやつ、らに」

人知れず、気を失った。

ーーーーー

「ししっ」

船長は、メリー号で笑った。あのあとゴミが燃えているし、こちらに火が回ってくるかもしれないと、慌てて脱出したから、ようやく一息つけたのだ。

「はい、外れた」

「ありがと、なみすわん!」

航海士が器用に料理人の重りをはずしてくれた。そこまでは船長が運んでくれたので、船医は今までなにも言う時間もなかった。

「ざんじぃぃ!!!」

「っ、バカ」

ただ、終わりが見えたら、ゴミだらけの体に涙でぐしゃぐしゃのままへばりついてしまうのは、予想通りだが。

「……きたねぇぞ」

「ぎだなぐない!おで!!ざんじ、が、ウッ」

「……心配かけたな」

「サンジも帽子もだぞ」

「……わかってるよ」

料理人は、悪態とため息を同時にそう呻いた船長についた。船医をへばりつかせたまま、航海士と狙撃手、剣士をみやる。

「多数決」

「え」

「風呂と治療、どっちが優先?」

「そりゃ、風呂、じゃねぇか?」

「バカね、治療よ」

「治す方だろアホなのか」

「ちがうぞ!サンジはおれと風呂だ!」

彼らの意見は、見事に真っ二つ。図ったように、だ。料理人はふっとわらった。

「さ、ドクター。どっちが先だ?」

そして、柔らかな声で、選ばせてくれる。船医はグスグスと泣きながら呻いた。

「ちりょう」

「……よくできました」

「ししっ」

「まぁお前が言うんなら」

「正しいんでしょ」

「な!」

この一味は本当に優しい。きちんとした方を、いつだって自ら切り開かせてくれる手助けをしてくれるのだから。

「みんなも、だぞ!」

「おうっ!」

だから、最年少は精一杯それに答えて、また少し成長していくのだった

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