ある日 ~小野瀬vision
業平工業事件の爆発に巻き込まれて怪我をした翼が退院し、仕事に復帰した。
これで以前のような毎日が戻ってきた・・・俺たちが恋人同士になったことを除いて、だけど。
顔を見ようと思い、捜査室に向かう途中で偶然翼を見つけた。
そして、俺は翼が手に持っている花束に目が釘付けになったのだ。
小野瀬
「おや?櫻井さん、素敵なブーケだね」
さらっと声をかけたつもりだが、翼はいきなり声をかけられたかのように驚いた表情でこちらを見ている。
翼
「お、小野瀬さん!お疲れ様です」
小野瀬
「どうしたの?それ」
翼
「退院お祝いって、頂いちゃったんです。その、捜査1課の方から・・・」
両手のひらサイズの、オレンジとピンクのガーベラにビーズと小さなうさぎのぬいぐるみが付いたソレを見て、いったい1課の誰がそんな気の利いたことができるんだと、瞬時に顔を思い浮かべるが。
・・・だめだ、強面しかいない。
というか、あそこにはもともと有り得ないヤツらしかいないだろう。
小野瀬
「ふーん、1課の誰からか聞いてもいいかな?」
ちょっとあせったように翼の目尻が下がる。
翼
「それが、通りすがりに渡されて、あっという間に走って行ってしまったので、顔も名前もわかりませんでした」
あーー、なるほどね。それを聞いて少し安心する。
相手はどうやら翼に個人として認識されていない人物のようだ。・・・自分の経験上よくわかる。
1課と言えば何百人も刑事がいるんだから、中にはそういうことをやってのける男の一人や二人いてもおかしくはないか。
・・・にしても、翼に目を付けている存在を見せつけられて、おもしろいはずはない。
翼
「小野瀬さん?」
あ、しまった。思考が顔に出てたかな。
小野瀬
「何?」
翼
「やっぱり、これ返しに行ったほうがいいでしょうか・・・」
小野瀬
「・・・無駄だろうね。あの猛者連中の中で、『返しに来ました~』と言われて『俺です』なんて名乗り出る勇気があるヤツはいないでしょ」
そもそも名乗れる位なら逃げたりしてない。むしろ名乗らずに逃げるような刑事にあるまじき小心者のそいつに感謝するよ。
穂積
「あ~ら、晒し者にしてやればいいのよ~、そんな臆病者」
翼
「室長!?」
どっから沸いてきたんだ、・・・おそるべし、地獄耳。さすが桜田門の悪魔の異名は伊達じゃない。
穂積
「小野瀬、指紋を調べろ!俺に断りも無く、ウチの娘に取り入ろうなんざ、見つけ出してギタギタにしてやらねぇと」
小野瀬
「それに対しては異論ないね。見せしめにもなって一石二鳥だ」
俺が頷くと、
穂積
「・・・やめたわ。バカらしい。誰得って気がしてきた」
残念。気づかれたか。
穂積
「それに、ライバルがいるくらいのほうが、誰かさんは娘のことを大事にしてくれそうだし?」
小野瀬
「大事にしてるでしょ。これからもずっと大事にするよ。ねぇ?」
翼
「きゃ!」
肩を抱き寄せた翼が真っ赤になる。
穂積
「はーなーれーろー!妊娠する!!」
小野瀬
「大事にしろと言ったり、離れろと言ったり、言動がブレるのは、リーダーとしてどうかと思うよ?」
穂積
「うるせぇ、TPOを考えずにサカるなって言ってるんだ」
小野瀬
「あれ?じゃ、二人きりなら何してもいいんだ」
穂積
「・・・今すぐ淫行罪で逮捕してやろうか」
翼
「あ・・・あの、ここ廊下ですから・・・、捜査室の中に入りませんか?」
翼の言葉に、二人とも今にも掴みかかろうかとした手が固まった。
・・・ある意味、君の天然ぶりが一番強敵だよ。
捜査室。
終業時間はもうすぐだが、まだ如月くんや藤守くんは戻ってこない。
明智くんは今日は休み。小笠原は相変わらずPCの画面から顔を上げない。
翼の入れてくれたコーヒーを飲んで、ブレイクタイムをとる・・・が。
翼はデスクに置いた花束を優しい目で見ている。少し困った表情を浮かべて。
全く・・・花嫁のブーケじゃあるまいし、よりによってなんでこんなモノ贈ってくれるんだ。ほんとに指紋鑑定してやろうかな。
捨ててしまえ!とも言えずにいる俺を、穂積がニヤニヤしながら眺めていた。
如月
「たっだいまーです~」
藤守
「今戻りました~」
如月
「つーばさちゃん!はい!!!」
そこに、戻ってきた二人。ただし、如月くんの手には大きなピンクの花束。藤守くんの手にはリボンをつけた熊のぬいぐるみを持って。
藤守
「どうや?かわいいやろ?」
翼
「ど、どうしたんですか?コレ」
如月
「退院お祝いに、まだ飲みに行くには体調も不安だろうからって、しつちょ・・・あ、いや、みんなから!!」
翼
「ありがとうございます。わ~、かわいい~~」
藤守
「完全に復調したら、盛大に飲みいくで~~!」
穂積
「仕方ないから、そんときは、小野瀬、あんたも連れてってあげるわ」
小野瀬
「あー・・・ハイハイ、感謝します」
・・・穂積め。
お前の差し金だな。
さっき翼がもらったブーケのメモリーを上書きするとは。
コイツが本気出すとシャレにならないのは昔からよく知っているだけに、してやられた感がハンパ無い。
しかたないが、借りとくか。
これで1課のヤツのことは翼の頭から薄れることだろう。
穂積
「小野瀬~~、コレ分析大急ぎで頼むわ~~!」
悪魔の微笑みで依頼品を差し出す。
小野瀬
「分かったよ、やらせていただきます」
如月
「あれ?小野瀬さん、優しいですねぇ」
藤守
「ホンマや。なんかあったんか?」
穂積
「さーさ!あんたたちはさっさと書類作成して提出しなさいよ!」
ハーイとぼやきながらみんなが机に向かう。
退室しようと立ち上がった俺に、翼が心配そうに声をかけてきた。そんな顔をしなくていいのに。
翼
「小野瀬さん・・・あの」
小野瀬
「誰かさんのおかげで今夜は徹夜かな。また連絡するよ」
穂積とアイコンタクトを取る。
穂積
「お前のためじゃ無いぞ。娘のためだ」
小野瀬
「わーかってるよ。じゃな」
翼
「え?徹夜が私のためって・・・?」
穂積
「いーのよー、アンタは終業時間までこっちの書類をまとめてちょうだい」
小笠原
「・・・なんなら指紋やアリバイも調べようか?貸しが大きくなるんじゃない?」
穂積
「メガネ、黙って仕事しろ」
なるほど。花束を買ってくるよう、穂積に言われて二人にメールで指示したのは小笠原か。
翼、君はほんとに愛されてるね。
さて、どうしてくれようか。
翼のことで穂積に先を越されるなんて色ボケかな。俺らしくない失態だ。
とりあえず、人命に関わらない分の1課からの鑑定依頼は後回しにしてやろう。
ちょっと探れば生花を使ったブーケなんか、誰がよこしたのかすぐわかるだろうし。
あとは・・・そうだな、翼にもっとしっかりマーキングしておかないと。
君が余所見をしないのは分かってても、こんなことがまた起きないとも限らない。
捜査室の面々も、いつ敵になるかわからないしね。
作戦は綿密に。実行は慎重に。
覚悟してて。
いつか一番華やかなブーケを君に持たせてあげる日までね。
FIN
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