The First Morning~小野瀬version

起き抜けのぼんやりとした視界の中に、小野瀬さんの綺麗な手が見えた。
柔らかなぬくもりを背中に感じて、抱きしめられたまま眠っていたことを知る。


頭上に微かな寝息がかかり、思わず安堵のため息をこぼした。

よかった。夢じゃなくて・・・。



昨夜、私は、初めて小野瀬さんのマンションに泊まった。


数か月前、
捜査室に配属され、小野瀬さんの存在を知り、
一緒にお仕事をすることができて、
小野瀬さんとの距離が一気に縮まった。


業平工業爆破事件のとき、
どこか自棄な危うさを見せる小野瀬さんの心の闇に触れ、
もしもその時が今だというなら、この人と一緒に死んでもいいと思った。

『先に逃げろ』という指示を守らないで、傍を離れなかったために爆風に巻き込まれて怪我をした私を、
小野瀬さんは、ずっと看病してくれたのだ。


ようやく退院の許可が出て、翌日から仕事に復帰することが決まった。

昨日、病院まで迎えに来てくれた小野瀬さんに、そのまま車で海へドライブに連れて行ってもらった。


帰り際に、小野瀬さんから言われた言葉。

『今日は・・・ずっと一緒にいたいって思ってるんだけど』


意味することが分からないほど子供じゃない。
どうしようか逡巡したのはほんの一瞬。

私の答えは YES しかなかった。


『なんだか、翼のこと独り占めしてる気がする』

『今日はこのまま・・・ずっと一緒にいられるんだね』

『可愛いよ、翼』


小野瀬さんの甘い声と瞳に、私のすべては支配されて。

何度も重なり合う唇。
そして、溶けていくふたりの吐息。

ソファに押し倒されて、ブラウスのボタンを外される。


小野瀬さんの手にこのまま溺れてしまいそうになったとき、
突然、体を抱き起こされた。

『背中、大丈夫?うっかりしてたな』

そう言われたとたん、するりとブラウスを落とされ、後ろ向きに小野瀬さんの膝へ乗せられた。


『翼の綺麗な背中に傷を残してしまって・・・本当にごめんね』

痛くない?と、労わるように傷の上を辿るたくさんのキス。


『くすぐったいだけです。先生も徐々に薄くなっていくって言ってたし・・・』


私は、気になっていたことを恐る恐る聴いてみた。

『自分でははっきり見えないんですが、小野瀬さん・・・気持ち悪くないですか?』


『何言ってるの・・・これは、俺と君の絆だ。俺にとっては、君の名前通り、天使の翼のようだよ』

このままどこかへ飛んで行ってしまわないで・・・

まるで請われるように再び背中に唇を寄せられる。




幸せすぎて怖いくらいだった。



目覚めたらすべてが夢だったなんてことがありませんように・・・。

私は、何度も意識が遠のきそうな感覚を味わいながらも、懸命に祈り続けていた。





ピピピピピ

目覚ましのアラームが鳴った。
昨夜のことを反芻していた私は、現実に戻る。

「う・・・ん、もう朝?」

身じろぎする小野瀬さんの掠れた声に、私の心臓がドキリと跳ねた。

「お、おはようございます」

「おはよう。あれ、起きてたの?」

「今、目が覚めたんです」

焦りを含んだ私の返事に、小野瀬さんはクスリと含み笑いをすると、
後ろを振り向けずに縮こまる私の肩を抱き、

「ほら、こっち向いて可愛い翼の顔見せて?」

耳元に唇を寄せ、囁いた。

あまりの破壊力に、これが漫画ならボンッと私の頭から湯気が出ていたに違いない。


「身体・・・どこかつらくない?
無理させないように気をつけたつもりなんだけど」

俺も夢中になっちゃったからね・・・と、ウィンクされた。

ベッドのなかで向かい合わせにされ、その綺麗な顔に見つめられながら、これ以上この会話を続けられるのは心臓に悪すぎる。

「大丈夫です。こう見えても鍛えてますから!」

私は元気を強調するけれど。

「あはは、確かに。華奢に見えても、あの穂積のところで頑張ってるんだもんね」


逆に、女性らしい魅力が無かったんじゃないかと心配になり、私は慌てて上腕二頭筋を両手の平に隠した。

「そ、そんなに筋肉とか・・・ついちゃってますか?」


小野瀬さんは、その手の上から包むように私を抱きしめると、

「全身、とても綺麗だよ。夕べ、全部確かめたからね」

いろんな意味で・・・と、意味深に微笑った。




女性をとりこにしてしまう、眩しいほどの笑顔。
愛されていると勘違いさせてしまう、優しい仕草。
夢を見ずにはいられない、甘い言葉。


騙されるほうが悪いのだと誰もが納得してしまう、不可侵な存在。

それが、『小野瀬 葵』だと、分かっている。


どうして私を選んでくれたのか、本当は今でも小野瀬さんの気持ちがつかめない。
幸せなのがこんなに怖いのは、自分に自信が持てないせいだ。

もしも、目覚めた時に、

『昨夜は楽しかったよ』とか
『また遊ぼうね』とか

そんな言葉を聞かされても泣きださないように覚悟をして、一線を飛び越えた。

なのに、小野瀬さんの腕が優しすぎるから・・・夢を見てしまいそうになるのだ。




「ああ、仕事に行かなきゃいけない時間だね」

唐突にリアルが目の前に迫る。

「翼、おはようのキスしていい?」


抱きしめられた胸に縋りながら、滲んできた涙を隠し、
私は笑顔を浮かべてみせた。


「はい」


朝には少し濃厚な口付けをされて、小野瀬さんの肩へと腕を回す。

小野瀬さんの繊細な髪の毛を左手の指先に絡めながら、



これが、運命の紅い糸ならいいのに・・・と、思った。



Fin

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