あの赤色が見えたら
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辺りが段々賑わってきた。
そろそろ試合が始まるみたいだ。
チケットを持った人々がゾロゾロと会場に入っていく。
ここは天空闘技場200階クラスのメインスタジアム。
さすがは200階クラスの試合だけにチケットの売り上げは上々なようで、
毎日のようにこのフロアは賑わっている。
そして私はフロアの入口で売店の売り子をしている。
売っているものは主に飲食物。
あとは新聞、タバコなど。
とても楽な仕事で、客に言われたものを渡しては金を貰う。ただそれだけ。
そして拘束時間内は一切ここから動かない。疲れるし。
まぁ、賃金もそれに見合った分しか貰えないんだけど。
なんの刺激もない毎日に最近嫌気が刺してきて、
転職しようかな?なんて思ったりもした。
彼がここ(天空闘技場)に来るまでは。
「お姉さん、チョコロボくん置いてる?」
あの日彼はそう話しかけてきた。
深く被ったキャップをズラして、大きな目をこちらに向けて。
「いらっしゃい。ありますよ」
「あとー、このドクダミソーダもちょうだい」
「少しお待ちくださいね」
商品を袋に入れながらバレない程度にキャップの中を覗く。
「サンキュ」と言って颯爽と会場の中へ消えていった彼は
確実に最近200階クラスに闘士入りしたキルア=ゾルディックだった。
思ったより背は小さいんだ。
1人で試合を観に来たようだ。
案外誰も気付いてないみたい。
生で見れてなんだか得した気分。
彼の存在はここに来た時から確認している。
素早くて無駄のない動き。
それがとても美しいと思った。
連れのゴンっていう子もすごい。
きっと2人とも私とさほど歳は変わらない。
最近とても気になる存在だ。
*****************
それから彼は毎日売店に現れた。
決まって買うのはチョコロボくんとドクダミソーダ。
あっちも私の顔を覚えたのか、店に近付いて私だと分かると
決まってニッとつばの奥で笑うのだ。
なぜだか私はもっと彼が気になって。
その顔が見たくて、仕事中はしきりに彼の姿を探した。
そして人混みの中からあのキャップが
見えたら少し安心するのだ。
でもやり取りは1パターン。
言われたものを渡しては金を貰う。ただそれだけ。
特に会話もない。
*****************
珍しく今日はこの階での試合がない日。
フロアの人混みもいつもより疎らだった。
今日は来ないかぁ…と思いながら、カウンターに頬杖をつき、目を伏せた。
「…ねぇ…。お姉さん…。……セーラお姉さん?」
「…っ!?」
その声にビックリしてまぶたを開くと
私と同じように頬杖をつきながら
こちらをうかがうキルアの姿があった。
ビックリして思わず仰け反ってしまう。
距離が近過ぎる…っ!!
「いらっひゃいまへ…っ!!」
「なに、寝ぼけてんの?変な喋り方」
そう言って彼はいつものように笑った。
「いつものある?」
「あ…っ、実は…チョコロボくんの在庫がゼロなんです…」
「えーっ、マジかよ」
「ごめんなさい。毎日あなたが買い占めるものだから入荷が追いつかなくて」
「………ぶはっ!それってかなり嫌味じゃん!」
声を出して笑った彼は「じゃあ今日はらくだキャンディでいい」と言った。
その笑顔は試合中の彼より子どもっぽくて、なんだか可愛く見えた。
商品を持って店を立ち去ろうとする彼の背中を見ていると
思わずポロリと本音が零れてしまう。
「今日試合はないのになんで…」
「ん?」
それが聞こえたようで彼は振り向いた。
「試合がなきゃ来ちゃ駄目?」
「え!?いや…っ!滅相もない!
ただいつもそうだから今日は来ないと!」
「……」
彼は口をモゴモゴさせた後、言葉を選びながら答えた。
「顔覚えさせるために…結構頑張って通ってんだけど」
赤いキャップのせいかな?
頬がほんのり赤い。
「それってどういう…」
「…~~ーーっ!もういいっ!今日は帰るから!」
声を荒らげてキルアは店を離れていく。
寂しくなった私はとっさに叫んでいた。
「明日なら…っ!!」
彼は顔だけをこちらに向けた。
「明日なら……チョコロボくん、入ってきます」
その言葉に彼はまたニッと笑って、
「また明日来る」と
手を挙げて去っていった。
自惚れていいのかなぁ…。
お互い存在が気になっていたって。
ていうか、なんで名前が分かったんだろ。
ふと目線を下ろすと差し色のように
緑色のシールが私の名札に張り付いていた。
これって、ドクダミソーダに貼ってあるキャンペーンシールだ。
いつの間に貼ったんだろう、彼。
私は1人でふふっと笑いを漏らす。
そして新しく来たお客の声に顔を上げる。
少しだけ、
もう少しだけこの仕事を続けてみようかなとそう思った。
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