もう少し
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雨が降り出した。
まだ残暑が厳しい九月の空。
まだ朝にも関わらず、どんより暗かった。
俺は公園の脇に車を停めた。
そして最近懲りずに復活してしまったタバコに火をつけて、
フロントガラスを濡らす雨をただただ眺める。
ふと歩道側に視線を向けると、
スーツを着た長身の男が小走りで過ぎ去っていった。
ミラー越しにそれを見送りながら思わずため息が漏れた。
それから30分ほど経ったか。
そろそろあの角から彼女が現れる。
いつもの笑顔で俺に笑いかけてくるのだろう。
コンッコンッ
窓を叩く音で目が覚めた。
いけない。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
助手席側の窓を叩く愛しの彼女。
俺の顔からも思わず笑みが溢れて、ドアのロックを解除する。
「キルアお待たせっ。待ったっ!?」
「いや、今来たところ」
そう言って俺はサイドブレーキを下ろした。
颯爽と車を走らせる。
左手にハンドル。
右手には彼女の手を握り、絡め、愛情を確かめ合う。
「最近なかなか会えなくてごめんね」
「仕方ないよ。忙しいんだろ?」
「…寂しかった?」
彼女の上目遣いが憎らしい。
「寂しかったよ。だから今日はセーラに
わがまま沢山きいてもらうから」
その言葉に彼女は満面の笑みを浮かべ、俺の肩に寄り添った。
俺はそのまま前だけを見た。
彼女の指を見たくはない。
その一心で。
薄暗い部屋。
湿度の高い空気。
熱く愛し合った後の部屋にはいつも
セーラの甘いシャンプーの匂いが漂う。
「キツかったか?」
「ううん。平気」
「じゃあ…気持ち良かった?」
「…もうっ。意地悪っ」
普段はクールな俺も彼女といる時だけは、赤ん坊のように甘える。
彼女の胸に抱かれ、背中を撫でてもらう。
こうしている時が、一番自分が生きていると感じる。
このままずっと彼女の、セーラの側で眠っていたい。
でもその願いは叶わない。
彼女には帰るべき場所がある。
「これは取ってくる約束だろ?」
「あ…っ、ごめんなさい!急いでてつい…。取るね」
セーラは手早くそれを取り、鞄にしまった。
左手の薬指、シルバーに光る指輪。
残念ながら俺が捧げた物ではない。
セーラには夫がいる。
さっき公園の前ですれ違ったスーツの彼だ。
俺はその夫から週に数時間だけ彼女を借りる。
後ろめたさがないわけじゃないけど、これだけは言い切れる。
俺の方が彼女を愛していると。
「愛してる」
「どうしたの?突然」
「セーラは?どうなの?」
「愛してるわ」
「旦那より?」
「もー!またそうやって困らせるー!」
「ははっ、そのむくれた顔が見たくてさー」
嘘でもいい。
「キルアが一番」って言ってくれよ。
「あー…あと1時間かぁ…。楽しい時間は過ぎるの早いや」
「…また会えるのは来月かな」
「じゃあ今のうちにもっと愛し合っとかなきゃな」
「きゃ…っ!やぁ…っ、そんなとこ…やめてよー!」
体を重ねて、彼女の中に俺の存在を打ち付ける。
セーラの喘ぎ声を耳に刷り込んで、
次会う日まで消えないようにする。
「セーラ…っ」
「はぁ…っ、なぁに…っ?」
ベッドが激しく軋む。
行為を続けながら俺は呟く。
「もし俺がこのまま二人で逃げようって言ったら…着いてきてくれる?」
「ん…っ、冗談でしょ…っ。
どうしたの…っ?キルアらしくない…っ」
「はは…っ」
「俺らしい」って一体なに?
本当の俺を知ったら、きっと驚くよ。
俺だって独占欲はあるし、嫉妬だってする。
この関係に矛盾すら感じてるんだ。
行為が終わり、身支度を整える彼女を見て儚くなった。
愛用の香水を付け、俺の匂いを消す。
俺の存在まで否定されているようで、いつもそれが嫌だった。
俺は後ろからセーラを抱き締めた。
「んー?キルア。どうしたの?」
「帰りたくない…」
「もー、また子どもみたいなこと言ってー」
こうすれば彼女は俺の髪を撫で、キスをくれるから。
「まだ足りない」
「ふーん。あと何回?」
「俺が満足するまで」
もう少し、あと少し、愛されたい。
いけない恋と知っても。
もう少し、あなたのこと、困らせたい。
この愛、止められない。
こんな溺れ切った恋の終わらし方なんて、
俺は知らない。
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