芥も宝も人それぞれ

 一度は散り散りになった仲間達が再び揃った後の、停泊中の飛空艇でのある日の出来事であった。

「~♪」
 飛空艇の床にしゃがみこみ、何かを散らかして一人で楽しげに笑っているガウの姿を見つけたロックは、その様子が気になって彼に近付いた。
「どうしたんだガウ? やけにご機嫌だな」
「ガウッ!? ガウ! ガウガウ!!」
 ガウはロックの顔を見るなり慌てだし、すぐさま散らばった物をかき集めて隠そうとする。
「な、何だよ? そんな慌てて……?」
「ダメだぞ!」
「はあ?」
「これはガウの宝! ロックとったらダメ!!」
「いや、流石にお前の宝物を盗ったりなんてしないっての」
「ほんとか? でもロック、よくドロボウするのに」
「だーかーらっ! 俺はトレジャーハンターだっての!! 全く……皆が俺の事を泥棒呼ばわりするからガウまで勘違いしちまったじゃないか」
 ロックは苦々しげに頭を掻く。
「がう……ガウ、違いよくわからない。ロックはドロボウ違うからガウのピカピカとらない。あってるか?」
「そうそう。トレジャーハンターは遺跡の中に眠る古代のお宝や洞窟の中の宝石とか、そういうのを探す奴の事だよ。子供が頑張って集めたものを奪うなんてそんな格好悪い泥棒みたいな真似はしやしないさ」
「そうなのか~。じゃあロックにも見せてやる! ガウの宝! みんなとたびをしてから集めた、たくさんのピカピカ!」
 そう言ってガウは大量の『宝物』をロックの前に出す。
 それは何かのネジだったり、ガラスや金属の破片だったり、つやつやした木の実だったり、獣の爪や牙、色鮮やかな鳥の羽根、コガネムシやカナブン等の死骸だったりと大半が何の価値も無い代物であったが、そのがらくたの中に混ざった幾つかの小石にロックは目を見張った。
「お前これ……サファイアの原石じゃないか!? 一体どこでこんなもの……」
「フィガロの砂の下のお城に行く道!」
「フィガロの砂の下の城……ああ! あの古代城へ行く洞窟か。よく見つけたな」
「すごいだろ~!」
 ガウは得意げにふんふんと鼻を鳴らす。
「でな! でな! ガウがそれとおんなじくらい好きなのがこれ!」
 そう言ってガウが差し出したのはメタリックブルーに輝く虫で、ロックは思わず露骨に顔をしかめた。
「いや、お前……それ虫だろ。そんなもんとサファイアが同じってのは流石にどうかと思うぜ?」
「う? でもこれもピカピカでキレイだぞ!」
「いやー、無い無い。宝石は磨けばもっと光るし貴重だから値打ちもあるけど、虫なんてそこら辺にいくらでもいるんだし、どんなに綺麗な色してようがただそれだけだろ」
「が、う……」
「あ、でも琥珀とかは良いよな。大昔の生き物が閉じ込められた石とかロマンがあって……ん? どうしたガウ?」
 黙り込んでしまったガウをロックが見ると、ガウはむすっと口をへの字に曲げていた。
「おい? ガウ……?」
「……きらい」
「へっ?」
「きらい! ロックだいきらい! ばか! ばかばかばかばか!!」
「は、はあああ!? いきなり何だよ!」
「石だけじゃない!! ガウにはぜんぶ宝! ぜんぶガウのピカピカ! それわからないロック、ばか! きらいだー!!」
「あっ!おいガウ!」
 少ない語彙力で思い付く限りありったけの暴言をぶつけると、ガウはロックの制止も聞かず宝物を抱えて外に飛び出して行った。
「え、ええ……?」
 ロックはガウがそこまで怒った理由が分からず、ぽかんと口を開けたままそのまま目を瞬かせていた。

「あれ? どうしたんだロック。こんなところにぼーっと立って」
 暫くして、たまたま通りがかったマッシュが立ち尽くしているロックに話し掛けた。
「あ……マッシュか。いや、実はかくかくしかじかで……」
「そりゃあガウも怒って当然だろ」
 ロックの発言にマッシュは呆れたような顔をする。
「マッシュまでそんな事言うのかよ。ちゃんとカットしたらかなりの額になりそうなサイズの宝石が虫の死骸と同レベル扱いされてるんだぞ? 納得いかなくないか?」
「いや、そうは言ってもガウはあいつ自身が好きだと思ったものをただ集めてただけだし、ロックが関心を持ったから見せてくれただけなんだろ?」
「それは……そう、だけどよ……」
「……そうだなー。んじゃさ、例えば俺がお前が見つけたお宝とかをそんなもん使い道の無いただの古いガラクタだろって一蹴したらどう思う?」
「そりゃ怒るに決まってるだろ! いいか? 見た目はオンボロだったりするかもしれないけどな、歴史的価値があるものってやつは……」
「それと同じ事さ。ガラクタと見るか宝と見るかは人それぞれの価値観次第だろ?」
「あ……」
「世間一般的に価値がなくても、例え一時の輝きでも、あいつにとってはかけがえのない宝物なんだよ。それを馬鹿にされたら怒って当然さ」
「……あー…………」
 マッシュの諭すような言葉にロックは手で顔を覆ったかと思うと、蚊の鳴くような声でそうだよなあと呟いた。
「そもそも、人の世から隔絶されてたガウからしてみりゃ、社会的な物の価値なんて何の意味も無いもんな……」
「そうそう。あいつの宝物の基準は人から見て高価だからじゃなくて、あくまであいつが綺麗だと思ったからなんだし、それを俺達がどうこうは言えないさ」
「確かにな……にしても、まさかお前にそんな事言われるとは思って無かったぜ」
「まあ、高価なものより機械と女の人の方によっぽど目を輝かせる身内がいる身としちゃあな」
「ああ……なるほどな」
 機械と女性をこよなく愛するフィガロの国王の顔を思い浮かべ、ロックは納得したように頷いた。
「つーかさ、よく考えたらお前も大概だったな」
「えっ?」
「お前だって貴重なものより修行の方が好きだろ」
「おう! そこんとこは否定は出来ないな!」
「元気良く言うなよ……とりあえず、ガウに謝らなきゃな。お詫びになんか渡した方が良いんだろうけど、あいつの気に入りそうなものなぁ……高価な物自体には興味が無いってのが逆に難しいな」
「そこまでピカピカしてなくても面白い形のものとかも好きだぞ? あいつ」
「面白い形のもの……あっ!」
「なんか良いもの思い付いたか?」
「店で鑑定して貰ったらあんまり良い値がつかないやつだったんだが、あれならガウも気に入るかもしれないと思ってな。話聞いてくれてありがとなマッシュ!」
「おう! 上手く仲直り出来ると良いな!」
 ロックは自らの荷物を取りに駆けて行き、マッシュはぶんぶんと手を振ってそれを見送った。

 その頃、ガウは甲板でしょぼくれた顔をしながら再び宝物を眺めていた。
「……」
「おや、それは私の機械のネジと部品じゃないかい?」
「はうっ!?」
 突如現れたエドガーにガウは大きく肩を震わせる。
「エドガーいつからいた!?」
「ああ、驚かせてしまってすまないね。しかし、ネジが緩んで落としてしまったんだろうなとは思っていたが、まさか君が持っていたとは」
「ウ……」
 ガウはばつの悪そうな顔を浮かべ、ネジと部品をエドガーの前に差し出す。
「……かえす。かってにもってってごめんなさい」
「ああ、いや。それについては構わないよ。君にあげよう」
「でもこれ、エドガーのたいせつなもの……」
「もうとっくに代わりのものは城で作って貰って修理済みだからね。気に入ったのなら持っていてくれ」
「がう……ありがとエドガー」
「ところでロックと何があったんだい?珍しく二人が言い争っている声が聞こえたから気になったんだが」
「……エドガーも、ピカピカの虫よりピカピカの石がいいのか?」
「ん?」
「ロック言った。このピカピカの石にくらべたら虫なんてって……でもガウはこの虫もこの石くらい好き。でも、それってダメなのか?」
「ふむ……」
 エドガーは少し思案すると、屈んでガウに目線を合わせる。
「美しい光沢の虫だね。まるでメッキを塗った金属のようだ」
「ガウ」
 ガウはこくりと頷く。
「ガウ。私はね、美しい宝石も良いとは思うが、鋼の淡い輝きなんかも好きなんだよ」
「ガウも好きだぞ」
「それは良かった。ただまあ、私は王様だからね。きらびやかな物……君風に言えばピカピカな物はいくらでも手に入るはずなのに、そんなガラクタの方が好きだなんて変だと言われる事は昔からよくあったよ」
「エドガーも?」
「ああ。けれど、やっぱり周りに合わせて自分の気持ちに蓋をするのは辛い事だからね。だから誰に何と言われようとも、私は私にとっての宝物を大切にしようと心に決めてるんだ」
「ガウ……ガウもそうする。ガウはやっぱり石だけじゃなく虫も、もちろんエドガーのくれたネジも好き!」
「そうかい。答えが出たようで良かったよ」
「ガウガウッ! ガウ、ロックにも言ってくる!」
 ガウは宝物を片付け、再び船内に戻ろうとする。
「なあ、ガウ」
 そんなガウをエドガーは呼び止める。
「ガウ? なんだ?」
「……大人になれば、いつかは君も人間としての価値観に合わせて生きていかなくてはならなくなるかもしれない。だが、君がそれらのものを美しいと思うその純粋な想いだけは……どうかいつまでも変わらずに持ち続けていてくれないだろうか?」
「……?」
「ああ、いや。すまない。ただの大人の戯言と思って聞き流してくれ」
「ガウ……よくわかんないけど。ガウはピカピカ、ずっと好きだぞ? ずっとずっと! ガウの宝物!」
「それだけ伝われば充分さ。それじゃあ行ってらっしゃい。無事に仲直り出来る事を祈っているよ」
 エドガーはひらひらと手を振り、ガウを見送った。

「ロックー!」
「あっ、ガウ! その……悪かった!」
 顔を合わせるなりロックに頭を下げられ、ガウはきょとんとする。
「あんな事言ってごめんな。お前にとっちゃ大事なものなのに」
「大丈夫だぞ、ガウもう気にしてない。ガウは石も虫も好き。ガウはそれでいい!」
「お、おう……? そうだな……」
 既に吹っ切れた様子のガウに少し面食らいつつも、ロックは持ってきたカバンを漁り、一つの水晶を取り出すとガウに手渡す。
「その……さっきの詫びになるか分からないけど、これやるよ」
「ガウ!? ピカピカの中に草が生えてる!!」
「ガーデンクォーツって言うんだよ。それ」
「がーでんくおーつ?」
「そ。周りの鉱ぶ……ええと、砂とかを取り込んで育ったクリスタルでさ、それがまるで庭の地面や草みたいに見えるって事でその名前がつけられたんだと」
「はう……すごいな……ピカピカが砂をたべたのか」
「そのガーデンクォーツは中の砂の色や形があんまり良くないからって売り物にならなかったやつなんだが、気に入ったのならやるよ」
「うん! ガウこれ好き! ありがとうロック!! ガウも石いっこやる! 仲直りのしるし!」
「良いのか? 宝物なのに」
「ガウッ!」
「サンキューな……そうだ! ガウ、今度一緒にトレジャーハントしに行かないか? お前と俺が組めばきっと沢山のピカピカが手に入るぜ」
「たのしそう! ガウ行く~!!」

「雨降って地固まった感じだな」
「元々二人とも光り物が好きだから結構気も合うんだろうしな。何にせよ、二人が無事仲直り出来たようで何よりだ」
 物陰からこっそり眺めながら、マッシュとエドガーは呟く。
「しっかしまあ、あれだよな」
「ん?」
「ガウのあのお気に入りの青いコガネムシ、あれって本来フィガロとコーリンゲンの間にしか生息しない稀少種って事は二人に言わない方が良いよな?」
「確かにな。特にロックのやつはコレクターから見たあの虫の価値を知ったら手のひら返ししてどうしてそんな貴重なものをもっと丁重に扱わないんだとか言い出しそうだし」
「俺達が小さい時にフィガロに来た帝国の使者がすっげー虫マニアで、たまたま城内に紛れ込んでたあの虫発見するなりとんでもなく大喜びしてた事あったよな」
「そうそう。父上に後で聞いたら本来こちらに不利益な条約結ばせに来たはずだったのに、あれを標本にして持ち帰らせてくれるならと逆にこっちが有利になるように動いてくれたらしいぞ」
「うっわぁ……帰国後に絶対大変な事になっただろうなあの人……」

 双子のそんな会話など露知らず、ロックとガウは楽しそうに冒険の計画を立てるのだった。
                             終
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