れっつ海水浴!

世界崩壊後の、ある暑い日の事。

「あ゙ーーーーっぢぃ~~~」

セッツァーはコートを脱いでソファの上にだらんと寝そべり、辛そうに唸る。
地上よりもずっと太陽に近い場所を飛ぶファルコン内の温度は、お湯が無くともゆで卵が出来そうなくらい暑くなっていた。

「だらしねーなセッツァー」
「マッシュの言う通りだぞ。こんな暑さ位でくたばってる場合か」

マッシュとエドガーがセッツァーを叱咤する。

「お前ら何でそんなピンピンしてんだよ…暑くないのか?」
「砂漠育ちだからな」
「な。これくらいなら平気だぜ」
「あーはいはいそうかよ…」

(コイツらの頭、砂漠の熱でイカレてんじゃねぇのか…?)

「だいたい君、自室に冷房あったんじゃなかったのか?」
「すでに俺の部屋はウーマロとモグに占領されてる。この時期にあの毛むくじゃらなんて見てるだけで暑苦しくてたまらねぇよ」
「ああ、そりゃ御愁傷様…」
「がうー!!」

三人がそんな会話をしていた時、ガウがマッシュ目掛けて走ってきた。

「おっと。どうしたんだよガウ?リルムと遊んでたんじゃなかったのか?」
「リルム、セッツァーの部屋行った。セッツァーの部屋冷たくてガウ嫌い!」
「ガウは熱帯育ちだから寒いの苦手だもんな」
「いや、スカーフに半ズボンだけの格好じゃそりゃ流石に寒くて当然だろ」
「ガウ…なぁなぁ?何でみんな寒いとこ行くんだ?」
「暑いからじゃないか?」
「ガウは暑くないぞ?」
「いや、俺達だってこのくらいならまだそんなに暑くねーけどさ」
「うんうん」
「俺は暑いわ!!ああ、くそ…駄目だこりゃ。お前らじゃ話にならねぇ…」

ツッコミに疲れたセッツァーが目頭を押さえる。

(それにしても…空調は俺の部屋だけじゃなくて船全体にもいくらか回ってるはずなんだが、一体どうなって……)

「はっ!」
「ん?いきなりどうしたんだよセッツァー?」
「蒸気機関の凍結防止用加熱機の電源、消し忘れてたかもしれねぇ…」
「はぁっ!!?」
「え?何?何なんだよセッツァーも兄貴も?それそんなにヤバいのか?」
「ったりめーだ!このままだと温度が上がり続けて下手すりゃ木っ端みじんだぞ!!」
「何だとっ!?」
「エドガー手伝え!!早いとこ溜まった蒸気を逃がさねぇと!」
「わ、分かった!」

二人は急いで機関室に向かう──が、

「ぐおっ!!?」
「あっつ!!?」

ドアを開けた瞬間に中の蒸気が一気に漏れだし、二人は熱風をモロに浴びた。

「あちちち…っておいセッツァー!?安全弁が無茶苦茶ガタガタ鳴ってるぞ!圧力計の指針どうなってる!?」
「最大使用圧力の2.6倍だ!そっちの水面計の水位はどうなってるんだ!?」
「とっくに安全低水面を切ってる!そっちは!?」
「こっちもだ!とにかく空気流量制御弁ダンパー全開にして消火して給水すんぞ!!」
「おいセッツァー!?燃料調節のスイッチどこだ!!?」
「部屋の一番奥だ!」
「何でそんなとこに設置してあるんだ!!?」
「知るか!!ダリルに聞け!!」

言い争いをしていると、蒸気を供給するボイラー内から突如不吉な音がする。

「うわっ!?おいセッツァー!今確実にどっか割れたぞ!!水を注ぐのはまずい…早く給水停止しろ!!」
「圧力が一気に落ちやがった…ああくそっ!もう無理だぁぁぁーー!!!」


そのままどんどん高度が下がっていき、ファルコンはコーリンゲンの砂漠のすぐ近くに墜落した。


「あっつぅ~…こんな炎天下の中ほっぽり出されるなんて…」
「老体にこの暑さはこたえるゾイ…」

リルムとストラゴスが口々に言う。

「大丈夫か兄貴?」
「紫外線で焦げそうだ…」
「暑いの平気なんじゃ無かったのかよ」
「それはあくまでも室内での話だ。流石に太陽の光をこんなに直に受ければ暑いに決まってる」
「ったくもう…傷男ってば何で異常に気付なかったのさ!?」
「仕方ねえだろ!昨日までナルシェだったんだから!」
「クポ…昨日そのままナルシェに残ればよかったクポ~…」
「ウ~…」
「モグもウーマロも大丈夫?」
「今ブリザドかけてあげるからね」
「ティナもセリスもありがとうクポ…」

頭のポンポンもしおれる程にへばっているモグは、へなへなと感謝の言葉を述べた。

「ぜぇ…はぁ…」
「ぜー…はー…」
「二人とも覆面外したらいいじゃん」

皆から少し離れた位置で苦しそうに呼吸を荒げるシャドウとゴゴにリルムがツッコミを入れる。

「いくら暑くてもそれだけは嫌だ…」
「いくら暑くてもそれは嫌だ……」
「でも二人共そのままだと確実に倒れるよ?シャドウなんて全身真っ黒だから太陽熱モロに吸収するし」
「平気だ…このく…ら……」
「ぬおっ!?しっ…しっかりするでござるよシャドウ殿ぉー!!」

言い切らないうちにシャドウが倒れ、慌ててカイエンが駆け寄った。

「ガウガウ!みんな大丈夫か?」
「お前さんはいいなぁ…元気で…」
「ガウ?」

セッツァーの皮肉めいた言葉の意味が分からず、ガウは首を傾げる。

「………よし!!」

さっきまで黙っていたロックがいきなり立ち上がって口を開いた。

「ひと泳ぎ行こうぜ!」
「暑さで壊れたのか?」
「失礼だなこの色ボケ王!?こんな所にいるより海で涼んだ方がいいって思っただけだよ。丁度最近コーリンゲンの近くに海水浴場が出来たらしいし」
「ロックの言う通りよ…少しでも涼を取らなきゃ。行きましょうよみんな!」

セリスもロックの意見に賛同して立ち上がる。

「おい、ファルコンの修理はどうなる」
「そんなの後で傷男と色男が頑張ればいい事じゃない。どうせこの天気じゃ修理なんて無理でしょ」
「ちょっと待ってくれ。私まで巻き込むのは止めてくれないかいレディ?」
「だって傷男一人で修理するよりも色男が手伝った方が早いじゃん。フィガロ城もこっちに移動してきてるみたいだし、何ならチョコボでひとっ走り行ってきて兵士に応援頼めばいいんじゃないの?」

そう言ってリルムが指差した方角の彼方には、おぼろげながらにフィガロ城の輪郭が見えていた。

「はぁ…分かった。分かったよ……なあセッツァー。どうせ暑くてまともに作業も出来なそうだし、今日だけは少しばかり遊んで明日から作業といこうじゃないか。破損した部品の代わりは城から持って行って構わないから」
「仕方ねぇな…」

エドガーとセッツァーは諦めたように呟く。

「よし。そんじゃ決まり!レッツゴー!」


こうして一同はコーリンゲン近くの海水浴場へと向かった。


「わーい海だー!!」
「海水浴なんて久々だな~。うっし!泳いで泳いで泳ぎまくるぜ!!」

リルムとマッシュが目の前に広がる大海原に大はしゃぎする。

「二人とも喜ぶのはいいがちゃんと準備体操してから入るんだぞ?溺れたら大変だからな」
「そんなん分かってるもん!子供扱いすんな色男!」

リルムはぷくっと頬を膨らませた。

「思った以上に人が多いな…」
「みんなやっぱり暑いんだろ。それにこうやってレジャーに来るような心のゆとりが出来てるって事は、何だかんだで世界が復興してきてる証拠ってやつかもな」

エドガーの呟きにセッツァーが言葉を返す。

「お待たせ~」
「遅くなってごめんなさい!水着なんて初めて着るからちょっと手間取っちゃって…」
「おっ、ティナとセリスか。気にすんな。全然待って無かっ……」

振り向いたロックは思わず言葉を失う。

セリスはその豊満な胸を強調するような露出度の高い水着を、ティナはレースをあしらったパレオ付きの愛らしい水着をそれぞれ羽織っていた。

「そこの海の店で店員に促されるままに買っちゃったんだけど…その、似合うかしら…?」

セリスは自信なさ気に問う。

「え、あ…うん!すごく似合ってるぜ!」
「あの店の店員、いい仕事してくれるじゃねえか」
「本当?」
「これに決めて良かったわねセリス」
「ええ!」

ロックとセッツァーに褒められると、ティナとセリスの表情はぱあっと明るくなった。

「わぁ…モテモテだねぇ…」
「ああ、確かにあの水着は反則だ…ふふ。二人の魅力を最大限に引き出しているな」
「……色男最低」
「なっ!?か、勘違いしないでくれよレディ!?男なら誰だってあの格好には反応せざるを得な…」
「言い訳になってないよ」
「うぐっ…そ、そうだ!マッシュだってきっと賛同してくれるはずだ…なぁマッシュ?」
「おう。二人とも似合ってると思うぜ!」
「筋肉男の感性なんて色男とは逆にゆるすぎてあてにならないよ…」

リルムは呆れたようにため息を吐く。

「ガウガウ~!」
「あ、ガウも来たか…って!?おいコラ待て!ガウ止まれ!!」
「ガウ?」

いつもと変わらぬ格好で海に飛び込もうとするガウをマッシュは慌てて制止する。

「お前な…そのままの恰好で入るなよ」
「でもガウは水の中に入る時はいつもこれだぞ?」
「川じゃないんだから…せめてスカーフは取れよ」
「はう!」

ガウが元気よく返事をした。

「待たせたでござるな!」

ガウに続き、カイエンも更衣室から出て来る。

「……カイエン…それ何だ?」

ロックはカイエンの腰に巻かれた布を指差した。

「このふんどしがどうしたんでござるか?」
「ふ、ふんどし…?」
「ドマの伝統的な下着でござる。ガウ殿にも是非と思ったんでござるが…どうして嫌がるのでござろうな?」
「……そりゃあ嫌がるだろ…」
「保護者があれじゃあな…」
「俺も一応保護者みたいなもんなんだけど…あんな恰好はちょっと…」

ロック、セッツァー、マッシュはカイエンに聞こえないように小さな声で呟いた。

「ねーねー筋肉男!ちょっとこっち向いて」
「ん?」
「それっ!!」

いつの間にか海に入っていたリルムは、マッシュの顔へと水を掛けた。

「ぶわっ!?ちょっ…冷てぇ!水掛けないでくれよ!?」
「ガウもやる~!」
「おいおい!?」
「あら、何だか楽しそうね」
「私達も混ぜてくれるかしら?」
「やっちゃえやっちゃえ~」
「ティナとセリスまで!?何だよコレ!集団イジメか!!?」

「女子供に圧倒される熊か…あいつも少しは水掛け返せば良いのにな…」
「多分やり返したら弱い者イジメになりかねないからじゃねぇか?なぁエド…ガー……?」

「……」

一体どこから出したのやら、エドガーはいつの間にかカメラを構え、無言でマッシュや女性陣達の方をパシャパシャと撮っていた。

「おいエドガー…そのカメラは何だよ」
「べっ…!べべべ別にこれでレディ達やマッシュを撮ってた訳じゃないぞ!?ただみんなの思い出を撮ろうと思ってだな…!」
「本音が先に出てんぞ」
「どちらにしろ変態だなこの盗撮野郎。それでも一国の主かよ」
「うぐっ…!」
「というか…セリス達はともかく何でマッシュまで撮ってんだ?」
「ん?大事な弟の思い出を保管しとくのは兄として当然の事だろう?」
「……あんな大男に対してそこまでするのはいくらなんでも流石に引くぞ…」
「ちょっと失敬じゃないかい君?」

青い顔になったセッツァーに、エドガーは眉をひそめる。

「お前がおかしいだけだろ」
「何だとロック!?人の兄弟愛を馬鹿にするな!」
「お前のそれはブラコンっつーんだよ!!」
「ブラコンで何が悪い!!?」
「開き直ってんじゃねーよ!!大体こんなもの…!」
「あっ!!」

ロックはエドガーからカメラを引ったくると

「うおらぁーーっ!!」

沖の方目掛けて放り投げた。

「ぎゃあああああ!!?カメラがああああぁぁぁーーー!!!!!!」
「落ち着けエドガー!!」
「ええいセッツァー離せ!!俺はあれを拾わないといけないんだあぁぁーーー!!!!うぉぉぉぉぉ!!!!待ってろ俺のカメラーーー!!!!」

エドガーは制止するセッツァーの腕をを振り払うと海に飛び込み、カメラが投げられた方に全力で泳いで行く。

「……水の中に落ちたらアウトだろうに…」
「馬鹿だな…」

ロックとセッツァーはそれを冷ややかな目で見送った。
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