野生の勘

「さーて、今日は何をやるとしようか」

世界一のギャンブラー、セッツァー・ギャッビアーニはジドールの町にあるカジノへと向かおうとしていた。

「セッツァー、ギャンブルをしに行くのか?」

そんなセッツァーの後ろをガウがてけてけと追い、話し掛ける。

「うるせぇなあ…どこに行こうが俺の勝手だろうが。ついてくるなよ」
「だめ!ガウ、リルムと約束した。セッツァーがギャンブルしないように見張っててってリルム、ガウに頼んだ。ガウ、リルムとの約束守る!」

ガウはふんふんと息を荒くし、元気よくそう叫ぶ。

(全く…あのガキんちょに良いように使われやがって…)

セッツァーは呆れたようにガウを見た。

セッツァーが戦闘中に何度も銭投げを繰り返した結果、一行の共有資金がごっそり減ったのがつい先日の事。
減った分はちゃんと賭けで増やしてやるから安心しろとセッツァーは告げたものの、賭け事なんて負けたら逆にもっと大損するからやめて頂戴と憤慨するリルムに付きまとわれ、セッツァーはここ数日おちおち飛空艇の外へ出ることもままならなくなっていた。
彼女が祖父の趣味である着ぐるみ作りのための布を買いに行くのに付いていったため、ようやくこれでと思ったのも束の間、今度はリルムに代わりの見張りを命じられたガウに付きまとわれる事となったのだ。

「着ぐるみ用の布なんて買う方がよっぽど金食い虫じゃねえか……」
「う?セッツァー、なんか言ったのか?」
「あー何でもねぇ何でもねぇ。ただの独り言だ」

(ま、あの口五月蝿いガキはともかく、単純なコイツだったら食い物でも与えとけば楽勝だろ)

セッツァーは干し肉を取り出し、ガウの前にちらつかせた。

「ほーれほれガウ、干し肉だぞ」
「ガウッ!?干し肉!くれ!セッツァー!くれ!」

案の定ガウはそれに釣られ、セッツァーの手から奪おうと必死になる。

「そんなに食いたいなら取ってこい!」
「ガウガウガウガウーーー!!!!」

セッツァーは干し肉を遠くに放り投げ、ガウはそれを目にも止まらぬ早さで追い掛けて行った。

「おー速い速い、流石は野生児…さて、アイツが帰って来る前にさっさと逃げるか」

ガウが遥か彼方に行ったのを確認し、セッツァーは早足にそこを離れた。

「今日はどんなカモが引っ掛かるかねぇ…」

鼻唄混じりにセッツァーは言う。
数分前の事など全く頭から抜け落ちたように、彼の頭の中は賭け事の事で一杯になっていた。

「やっぱり今日はあの手でいくか…いや、裏をかいてあれというのも……」
「ふぁにふぁふぁ?」
「うおおおっ!!?」

斜め横からいきなり聞こえた声に、セッツァーの肩は大きく跳ねる。
声のした方向を見てみれば、そこにはリスのように膨らんだ頬をもごもご動かしながらセッツァーを見上げるガウがいた。

「へっふぁー、かお、まっはほ……大丈夫か?」

ガウは干し肉をごくん飲み込むと不思議そうに首を傾げる。

「が…ガウ…お前いきなり大声立てんじゃねぇよ!びっくりしたじゃねぇか!」
「ガウ…?だってガウ帰って来たらセッツァーいなくなってたから。なんでこんな所にいるんだ?」

どうやらガウはセッツァーがカジノに行こうとしていた事には気付いていないようだった。

「あー…ええと…わ、悪かったって。ちょっとトイレ探してたもんだからよ」
「そうだったのか?ガウ、セッツァーがぎゃんぶるしに行ったのかと思ったぞ」
「は…はは……そ、そんな訳無ぇだろ…」
「そっか……あ!!セッツァー!トイレあそこ!あそこにあるぞ!」

ガウが小さな建物を指差し、叫ぶ。

「あ…ああ、そんじゃちょっくら行ってくる」

言った手前、行かない訳にもいかず、セッツァーは行く用事も無いトイレに寄ることになった。

「ったく…しゃあねぇ、窓から逃げるか」

トイレの窓の外はちょうど裏路地となっており、そこに建ち並ぶ家々の間には沢山の小路がある。

「よっ…と!はぁ…何で俺がこんな事しなきゃならないんだろうな…」

セッツァーは窓から飛び降りると枝分かれした道をあっちへこっちへと無作為に走り、元いた場所からどんどん遠ざかって行った。

「はぁ…はぁ…こ、ここまでくればもう安心だろ……さーてと、さっさと行くか」

セッツァーは若干息を切らしながらやれやれといった感じで呟きつつも、カジノがある方角の道に足を向ける──が、

「セッツァーどこ行くんだ?」
「うぉわぁぁぁっ!!?」

またしてもいつの間にか背後に立っていたガウに驚き、セッツァーは再び絶叫する。

「なっ…ななな、なんっ…何でお前俺の行動と居場所把握出来てんだよ!!?まさかエドガーに言って俺の服に発信器でも付けさせてんじゃねえだろうな!?」
「はあく…はっしき……なんだそれ?食えるのか?」
「違うのかよ……ええと…ガウ、お前は何で俺の居るところが分かったんだ?」
「なんで?…なんで……ガウ~…」

ガウにも分かりやすいような言葉でセッツァーが問うと、ガウは考え込むようにきゅっと目を閉じる。
それから暫くして、ようやく答えが思い付いたのかガウは勢いよくセッツァーの顔を見上げた。

「なんとなく!」
「はぁ?」
「何となくセッツァーがこっち来てる気がしたから。そしたらやっぱりセッツァーここ居た」
「野性の勘てやつか…?ほんっと油断ならねぇな…普通に計算でやってる奴よりよっぽど厄介じゃねえか……ん?待てよ?」

本能的に動くガウの勘の良さと行動の読めなさに困り果て、思わず眉間を押さえたセッツァーだったが、ふとガウの顔をまじまじと見る。

(もしかしたらこいつの妙な勘の良さ、賭けにも応用出来るんじゃねぇか…?)

「セッツァー?どうした?ガウまた変な事したか?セッツァー怒ったのか?」
「いいや。そうじゃねえ…なあガウ」

セッツァーは悪どい笑みを浮かべ、ガウの肩にぽんと手を置く。

「なんだ?セッツァー」
「今から俺が面白い所に連れてってやるからよ、ちょ~っとばかしついて来てくれねえか?」
「面白いところ?ガウ行く!」

もちろん面白い所とはカジノであるが、それに全く気付かないガウは言われるままにセッツァーについて行き、セッツァーはようやく目的地へとたどり着いた。

「ここが面白いところか?」

ガウは物珍しそうにカジノの中をきょろきょろと見回し、セッツァーに問う。

「ああ。そんでなガウ、今から何度かお前に質問すると思うが、お前はそれに素直に答えてくれ」
「はうっ!」
「よし、いい返事だ。じゃあこっちへ来い」

セッツァーはガウを引き連れ、手持ちの現金をチップに替えるとルーレットの台へと座る。

「わ~…くるくる、くるくる!ブラックジャックにあるのとおんなじ!」
「最初の質問だぜガウ。あの玉が次に入るのはどこだと思う?」
「ガウ?う~……ここっ!」

ガウは少し悩んだ後、赤の3の場所を指差す。

「よし、じゃあ赤の3に賭けるぜ!」

そう言ってチップをテーブルに出した。

「おいおい、無敗のギャンブラー様がガキんちょの思い付きに金を出すみたいだぜ」
「勝ちすぎてつまんねーからたまには趣向変えか?」
「それとも…あの傷野郎もついに運の女神に見放されて困り果てた挙げ句にガキの思い付きに頼るようになったのかもな」
「はははは!そりゃ傑作だ!」

セッツァーの顔を知っているらしき博徒達がけらけらと笑い、二人を茶化す。

(ま、こいつの勘が本当に当たるなんて保証はないからな…あいつらの言う通り金の無駄遣いだったかもしれねぇな)

やがてルーレットの回転は緩やかになり、静かに止まる。
その玉が入っていた場所は──
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