星空を見上げる

『リルム。人は死ぬとね、お星さまになるのよ』
『しぬってなあに?』
『そうねえ…もう二度と、一緒にお話したり出来なくなる事かしらね。でも、お星さまになって、いつでも大切な人達の事を見守っているの』
『パパも?パパもそうなの?』
『ふふ…パパはまだきっと元気よ。いつかまた会えるわ』
『そっかぁ~』
『ええ、だからいつか…ゴホッ!ゲホッ!!』
『ママ!?』
『だ、大丈夫よ…いつもの事だから…』




──かつての仲間を探して崩壊した世界を巡る旅の途中。一行はサマサの村に立ち寄り、リルムとストラゴスは久しぶりに住み慣れた家で夜を過ごしていた。

「うーん…ううーん………あーもうっ!」

自室のベッドの中で顔をしかめながらうなっていたリルムは、突如ぱっちりと目を開け勢いよく飛び起きる。

「ぜんっぜん眠れない…おじいちゃんの真似してコーヒーなんて飲むんじゃなかった。あんなのミルク入れても苦いし」

ぶつくさ言いながらふと窓の外を見ると、空を埋め尽くさんばかりの星が見えた。

「…寝れないならいっそ割り切って夜の散歩にでも行ってみようかしら。うん、それが良いわね」

リルムは服を着替え、愛用の画材を脇に抱えると、既に夢の中であろうストラゴスを起こさぬように抜き足差し足で歩く。
何とか気付かれないまま玄関の扉を閉める事に成功し、ふうっと息を吐きながら空を見上げると満天の星が広がっていた。

「うわぁ…今日は星がとってもよく見えるわ!起きててよかったかも…さっそく描いちゃおっと」

リルムは地面に座り込むと絵の具とスケッチブックを取り出し、夜空とそこに輝く星を描きだした。

それから、どのくらい時間が経ったのか。

「レディ、こんな夜更けに一体どうしたんだい?」
「きゃあっ!!?」

夢中になって描き続けていると、 不意に背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこにはランタンを持ったエドガーが立っていた。

「お…おどかさないでよ色男!」
「おっと失礼。だが子供はもう寝る時間だよ」
「失礼ね!あたしもうそんなに子供じゃないわよ!そんなに似顔絵描かれたいの!?」
「ああすまない…どうか私の無礼な振る舞いを許してくれないだろうか?」
「全くもう…今回だけなんだからね」
「温情感謝するよ。ところでどうしてこんな夜更けにこんなところにいるんだい?」
「えっと…コーヒー飲んだら眠れなくなっちゃって…外を見たら星が綺麗だったから」
「確かに今日は空気が澄んでいて星がよく見えるな」
「色男はどうしてこんな時間に?今日は筋肉男とかと一緒に宿屋に泊まってたはずでしょ?」
「ああ、溜めてた書類の整理が先程ようやく済んだから、寝る前に少し夜風に当たってリラックスしようと思ってね」
「さっきまで仕事してたの?王様も大変だね」
「もう慣れたものだよ。それよりもまた何かスケッチしてるのかい?」
「うん、星空を」
「こんなに暗い所で描いてたら目を悪くしてしまうよ?」
「平気よ。洞窟の中だってへっちゃらなんだから」
「うーん…レディの目が悪くなってしまうのは私としては避けたい事態だね…今度から暗所での戦闘はなるべく控えた方が良いかもな」
「えぇー?」
「それとも、君はレンズの分厚い眼鏡を掛ける事をご所望かい?」
「それは…嫌だけど」
「なら目が悪くなるような事は極力控えた方が良いだろう?」
「分かったわよもう…それじゃあそのランタン貸してくれない?」
「勿論だとも。はいどうぞ」
「ん。ありがと」

手渡されたランタンを横に置き、手元が明るくなったリルムは再びスケッチブックに筆を走らせる。
エドガーはその様子を興味深そうに眺めていた。

そうして数分が経った頃、ふいにリルムの手が止まった。

「……ねぇ」
「ん?」
「人は死んだらお星さまになるって…色男は信じる?」
「?…いきなりどうしたんだい?」
「ママがね…死ぬ少し前そう言ってたの。人は死んだら星になって、大切な人達を見守ってるって。リルムとパパが幸せになれるようにお空から見守ってるよって」

リルムは星空を見上げながら、更に言葉を紡ぐ。

「あたし、ママと約束してたの。もしもいつか大きくなってこの村を出る事があったら、そしたらこの世界のどこかにいるパパを必ず見つけ出してくるから、それまでお空で待っててねって。だからあたしはおじいちゃんにダメって言われても絶対みんなと一緒について行くって、みんなが初めてこの村に集まったあの日決めたんだ」
「そうだったのかい…」
「でも時々、本当にママはお空で見守っててくれるのかなぁって…本当はもうどこにもいないんじゃないかって、時々考えちゃうの…」
「……見守っていてくれると思うよ」
「本当?」
「ああ、だって君の母君が君の幸せを願い見守っていてくれたから、世界が壊れた後も私達はまたこうして巡り会えたんだ。大丈夫だよ、見守ってくれてるさ…君が忘れない限りは」
「ママの事を忘れたりなんて絶対しないよ」
「なら何も心配いらないさ。きっと君の父君もこの世界を生き延びているし、再会だって出来るよ」
「……うん」
「それと、世界中のレディを悲しませたくはないからそう簡単には死んだりするつもりも無いが、もし万が一私も亡くなる事があったら、その時は君の母君とゆっくり話でもしながら共に見守ってあげるよ」
「さり気なく気持ち悪い事言わないで」
「そんなに冷たく言い放たなくたっていいじゃないか…流石の私も傷付くよ」
「ふふ…あははっ!全く色男ったらほんと仕方ないんだから…」
「おや、やっと笑ったね」
「へ?」
「レディは笑っているのが一番似合うよ」
「だから臭いセリフはやめてってば」
「手厳しいねぇ…」
「でも………ありがとね…」
「ん?何か言ったかい?」
「んーん。何でもない!よーし!この絵の残りをさっさと描き上げちゃおーっと!」
「元気になったみたいだな…それじゃこれから私は朝まで一眠りして…」
「ちょーっと待ったぁ!」
「ぐはぁっ!?」

踵を返そうとしたエドガーは突如髪を思いっきり引っ張られ、大きくのけ反った。

「レ、レディ…?そんなに強く引っ張られたら首が痛いんだが…」
「あたし多分まだ眠れないから、これが終わったらちょっと魔法の特訓しようと思ってるのよ。付き合ってよ色男」

にんまりと悪戯っぽい笑顔を浮かべるリルムに、エドガーの顔が若干引きつる。

「いやあ…流石にもうそろそろ寝ないと明日に響…」
「そう…寝てる隙に似顔絵描かれたいのね?」
「わ、分かったよ…君の仰せのままに…」
「そうこなくっちゃ!」

リルムは満足気に笑い、エドガーはそれに苦笑いするのだった。


そうして次の日──

「ふぁぁ〜」
「おいエドガー?目の下すっげークマ出来てるけどどうしたんだよ?」
「ああロックか…いやちょっとな。小さなレディと楽しい夜を過ごしていたら夜が明けてしまっただけさ…」
(こいつ…ついに犯罪起こしたのか!?)

ロックの勘違いによりこの後エドガーはみんなに白い目で見られる事となったが、原因であるリルムがその話を知り、誤解を解いたのは数日経ってからだったという。
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