第2話 肉群切

「ここです、どーぞっ!」

「うわぁ、大きな冷蔵庫!」

 肉屋の店の中、切は巨大な冷蔵室の前に耀を案内した。

「中、入って見ましょう」

「いいよ、私部外者だし、そんな中まで見なくても」

 遠慮する耀に、切は笑って「どーぞどーぞ」と促す。

 扉を横にスライドさせて開ける方式のドアで、切が開けてくれた。

「広ーい! あ、お肉がぶら下がってる……」

 中に一歩入り、そのお肉の形に疑問を持つ。

 え、あれって……え? でも、そんな筈は……なにかの冗談……かな。

「ねぇ、切く……」

 切に尋ねようとして、後頭部に鈍い痛みが走り、耀はその場に倒れた。

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「ん……」

 次に耀が目を覚ました時、彼女は冷たい作業台の上で手足を縛られていた。

「なに、これ……」

「あ、耀先輩! おはようございます!」

「切、くん……?」

 声が聞こえた方を見れば、切はゴム手袋にゴムエプロン、長靴を履いて耀の横に立っていた。

「なんで、どういうこと?」

 手足を縛る紐を解こうともがく耀に、「耀先輩、落ち着いて」と笑って言う。

「切くん、なんでこんな事するの!?」

「やだなぁ、なんとなく分かりませんか?」

 笑う切の笑顔はいつもと同じなのに、薄ら寒い怖気が背筋を這う。

「耀先輩、あんまりにも美味しそうにウチのコロッケとメンチカツ食べるから、僕、我慢出来なくなっちゃったんですよ」

 ふふっと笑って、切が大きな包丁を翳す。

「ねえ、切くん。冗談は止めて、お願いだから……」

 ぶるぶると震えながら、耀はこれは悪い冗談だと頭が現実を認めるのを拒否していた。

「僕、食べたくなっちゃって。耀先輩の入ったコロッケは、どんなに美味しいかなって。想像しちゃって!」

 舌舐めずりをして切が恍惚とした表情で話す。

「分かんないよ、切くん。ねえ、この紐、外してよ」

 いやだいやだ、切くんがそんな頭のおかしい人だなんて……認めたくない、認めたくない!

 涙ぐみながら、現実を認めたくなくて、耀は必死に切が「冗談です!」と笑ってくれるのを待っていた。

「美味しかったでしょう? 僕の家のコロッケは、メンチカツは。美味しい秘密、教えてあげますね。たっぷり入っているのはね、美味しい美味しい特別なお肉。ウチでは、若い肉しか入れてないから、ジューシーで柔らかくて脂が乗ってるんです!」

「やだ、ねえやだよ、切くん」

 さっき耀が見た冷蔵庫の中の物。その形は牛や豚ではなくて、それは……。

「美味しいでしょ? 人肉って! 一度食べたら病みつきになりますよね!」

 ああ、嘘だと思いたかった……。

 耀が見た物、それはそう人の……。

「だからね、僕の家の店では、たっぷりの人肉を使ってコロッケやメンチカツを作るんですよ」

 おえええーっと、耀は顔を横にして吐いた。後から後から吐き気が襲ってくる。

 私が食べた物は、人肉……気持ち悪い、気持ち悪い。

「あれー? なんで吐くんですかー? 美味しかったでしょー?」

 あーあ、勿体ない。と、切が包丁を持ちながら、話す。

「まあいいや。とにかくね、耀先輩のお肉、食べたくなっちゃったんで、僕に耀先輩、食べさせて下さい!」

 にこーっと、眩しい笑顔で話す切は、普段となんら変わりなくて、そのギャップの恐ろしさに耀はボロボロ涙を零す。

 まただ、またやっぱり駄目なんだ。私が仲良くなる人は、みんなおかしい人ばかりなんだ……。

「耀先輩、苦しくないようにひと思いにしてあげますから、動かないで下さいね?」

「切くん、やめて、やめて、お願い……」

「さよなら、耀先輩」

 切が包丁を耀の首に振り落とす時だった。

 ジャラッと切の手を弾く物が当たる。カランと、切が包丁を落とした。

「痛っ!」

「あっ……」

 部屋の隅に現れた人物。

「耀ちゃんに手ェ出すなって、言っただろ?」

 鍵鉈騙が切に、いつもの鍵がついた輪っかを投げた所だった。

「邪魔、しないで下さいよ」

 落ちた包丁を拾い、切が騙に襲いかかる。

「ガキが」

 騙は切の振り下ろす包丁を避けて、その身体に蹴りを入れる。

「耀先輩は僕のです!」

 蹴られた腹を庇いながら、切が再び包丁を振り下ろし、騙はその包丁の動きを見切って、素早く切の後ろに回り、後ろから羽交い締めにする。その力の強さに手が痺れて、切は包丁を手放した。

「痛っ、離せっ、このストーカー!」

「ほざけっ、人食いが」

 羽交い締めを解き、振り向いた切の顔を殴る。

 ガツ、ガッ、ゴッと、殴る音が続き、最後に切の顎を足で蹴りつけ、切は意識を失った。

「あきら。大丈夫か?」

 騙が耀の元に来て、縛られていた手足の紐を解いてくれる。

「なんで、どうして……」

「耀は俺のもんだからな。いつだって守ってやるよ」

 警察より役に立つだろ? と、歪んだ笑いを見せて、騙は耀の頭を撫でる。

「吐いちまったのか? 大丈夫か?」

 騙はポケットからハンカチを出して、耀の口元を拭く。

「あ、あ、私……私……また、駄目だった……なんで、なんで……」

「言っただろ? このガキはヤバい匂いがするって」

 耀は裏切られた悲しさと殺されるかもしれなかった恐怖で、涙が止まらなかった。

「こんな奴に泣くなよ。ほら、帰ろーぜ?」

「うう、無理……動け、ない……」

 ガクガクと足が震えてしまって、まともに立てなかった。

「じゃあおんぶしてやるよ」

 ほら、と言われて耀は戸惑いながらも、一刻も早くこの場から去りたくて、素直に騙の背中に身体を預けた。

「ひっく、ひっ、うう」

 騙の背中で耀はずっと泣き続けていた。

 せっかく出来たと思った新しい友達、なのに、彼もまた自分に近づく狂者だった。

「なんで、なんで私ばっかり……どうして」

 泣きながらも、騙の背中から伝わる体温が温かくて、彼がストーカーという事を忘れて耀はその背にしがみついた。

 騙の首に腕を回し、耀はおぶられて自宅のマンションまで連れて行ってもらう。


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