第2話 肉群切

 朝、今日もモーツァルトのアダージョの着信音が鳴る。

 耀がスマホを見ればメールがきており、彼女のストーカーである鍵鉈騙かぎなたかたるからだった。

『もう起きたか? 今日も学校まで送ってやるから安心しろよ。耀の支度が終わるまで下で待ってるからよ』

「もう、いや……」

 耀はスマホの画面を切った。

 愛前耀あいぜんあきらは、ある事件で両親を亡くしており、その親の保険金でなんとか1人暮らしをしている。

 そんな彼女は、頭のおかしな人たちに狙われる事が多く、鍵鉈騙によれば、『狂った奴を惹きつけるいい匂いがする』らしい。そのせいで散々、嫌な目に遭ってきたが、耀のストーカーである鍵鉈騙が現れてからは、彼に守られて被害は減っていた。

 複雑な気持ちになりながらも、耀は支度を終えて家を出ようとした時だった。

 ピンポーンと家のチャイムが鳴った。

 こんな朝早くから誰だろう……

 そう疑問に思いながら耀は、玄関のドアに手をかける。

「はい」

 ガチャリとドアノブを回して現れた人物は、若い金髪の男の子だった。

「朝早くからすみません。僕、隣りに引っ越してきた肉群切ししむらせつと言います。引っ越しの挨拶に来ました。あ、これつまらないものですが……」

 そう言って引っ越しの挨拶の手土産を渡される。

「あ、わざわざありがとうございます……」

 耀が渡された手土産から金髪の男の子、肉群切に目を移すと、彼は耀をじっと見ていた。

「……あ、えっと」

 あまりにも真っ直ぐな視線に少し驚いていると、肉群切はパッと表情を笑顔に変えて、照れたように話す。

「すみません、あんまりにも可愛らしい方だったので、じっと見惚れちゃいました」

 恥ずかしいなぁと、一言呟きながら、話を続ける。

「その制服だと、夢が丘高校ですよね? 何年生ですか?」

「あ、高1です」

「へぇーじゃあ僕の2コ上だ。僕、刻音中学の2年なんです。学校が近いですね。今日、一緒に登校してもいいですか?」

 ぐいぐいくる肉群切に耀は少し驚きつつも、

「あ、でも私は……」

 鍵鉈騙の事を考えて、言い淀む。

「じゃあ決まりですね! 僕、カバン取ってきます!」

 勝手に話を進めて切は、耀と途中まで学校に行く事を決めてしまった。

 どうしよう、鍵鉈騙が待ってるのに、あの子に暴力を振るったら……

 そう考えて切を待たずに、先に行ってしまうか考えていたら、切はカバンを持って出てきた。

「じゃあ、一緒に途中まで行きましょう♪」

 嬉しそうな声で切は、耀の手を握る。沢山のシルバーの指輪をつけた手は、耀の手を恋人繫ぎで握っている。

「あ、あの……」

「あ、切って呼んで下さい。えっと名前は……」

「愛前耀です」

「じゃあ僕は、耀先輩って呼びますね♪」

 耀が騙の事を言おうとしたが、切はどんどん耀に話しかける。

「僕、今日から1人暮らしなんでちょっと不安で……何かあったら頼ってもいいですか?」

「あ、それはもちろん……私でよければ」

「ありがとうございます! 耀先輩は優しいんですね♪」

 そうしてエレベーターに乗り、エントランスまで来た時だった。

「あきら」

 エントランスの出入り口のドアを塞ぐように、鍵鉈騙が立っていた。

「そのガキ、だれ?」

 隈のある目を険しくして、騙が耀に問い詰める。

「あ、この子は……」

 騙の目は、手を繫いでいる2人を見て、ますます不機嫌そうに歪む。

「おれのあきらちゃんに手ェ、出すんじゃねーよ」

「あ、やめて! この子は違うの!」

 繫いでいた手を振り解いて、耀は切を庇うように、騙の前に立つ。

「なんで耀、ソイツ庇ってんの? 耀はおれのモンだろ?」

「あ、やめて下さいっ!」

 騙が耀の顔を引き寄せ、キスをしようとした時、切が騙の身体を勢いよく押した。

「なにすんだよ、テメェ」

「これでも食らえっ!」

 よろけた騙に、切は素早くカバンからスプレー缶を出して、騙の目にかけた。

「つ!! いってぇ……このガキ……」

「耀先輩! 今の内に!!」

 切が耀の手を引き走り出した。

「あきらっ……クソっ」

 後ろをちらりと振り返ると、騙が目を押さえて、耀の名前を呼んでいた。
 

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