第1話 鍵鉈騙

 あの日、学校に遅くまで残っていた耀は、真っ暗な夜道を自転車で走っていた。早く帰りたかった彼女は、近道の公園を通って行く事にした。

 夜の公園は怖いけど、自転車だし大丈夫だろう……

 彼女は、そう考えて自転車を漕ぎ出した。

 もう少しで抜ける……

 そう思っていた耀は、「きゃっ」ガタンと自転車が揺れて倒れた。

「いったあー……」

 彼女は足をさすりながら、自転車を調べる。

「あっ……」

 タイヤがパンクしてる……こんな時に……

 しょうがないので耀は、自転車を引いて帰ろうとしたら、

「なあ」

 と、声をかけられた。

「えっ……」

 耀がびっくりして声がした方を見ると、ベンチに男の人が座っていた。外灯に照らされたその顔は血だらけで思わず、

「大丈夫ですかっ」

 と言って、耀は自転車を止めて携帯を探した。

 携帯を取り出し、

「今、救急車呼びますから」

 そう言って彼女が番号を押そうとしたら、いつの間にか近づいたのか男は「いい」と一言、耀の手をつかみ制した。

 耀はビクッとなり、その男を見る。
 近くで見ると若い男だとわかり、その男は口にピアスを開け、目の下は隈があり鋭い眼光で耀を見下ろしていた。

 とにかく早くこの場から離れたくて耀は、

「じゃ、じゃあハンカチを……」

 と、つかまれていない方の手で、ハンカチを取り出し男に差し出す。

「拭いてよ」

 そう言って長身の男は身体を屈める。

「え……あの……」

 男はじっと耀を見つめる。手はつかまれたままで逃げられないので、怖々男に言われた通りハンカチで血を拭く。

 男の視線が痛い……。

 やっと拭き終わり、

「あの、もう大丈夫……」

 そう言いかけた時、ギュッと抱きしめられた耀。

「!! な、な、何するんですかっ!」

「アンタ、やさしいな。しかも、いい匂いがする……」

 そう言い男は、耀の首筋に顔を埋める。

「や、やめて下さいっ、大声出しますよっ」

「じゃあ口、塞がないとな」

 男は、グイっと耀の顎を持ち上げて、キスをしてきた。

 くちゅ……ちうっ……ちゅっ

「んんっ、あっ……ふっ……」

 激しく唇を吸われ、頭が真っ白になる。ちゅぱっ……と音を立て、やっと離された。

 耀が顔を赤くしていると、男はニヤニヤ笑いながら、

「おれは鍵鉈騙。アンタは?」

 と、聞かれる。
 なんとかこの男の腕から逃れようと藻掻くけど、ビクともしない。

「はなして下さいっ」

「名前、答えたらはなしてやるよ」

 そう言われ仕方なく耀は、

「愛前耀ですっ」

 と、答えた。

「へえー、あきらちゃんか……カワイー」

「はなしてっ」

「はいはーい」

 やっとはなされた。

 耀は数歩下がり、自転車を放って走った。男は追って来ず、そのまま家まで帰った。家に帰ってから、携帯を落とした事に気付いたけど、戻る気にはなれなかった。

 翌日、耀が外へ出ると、

「おはよー耀。今から学校か?」

 昨日のあの男、鍵鉈騙がいた……。

「つっ……」

 耀が無視して走りだそうとすると、

「携帯、いらねえーの?」

 と、言ってきた。

「あっ」

 見れば、耀の携帯をぶらぶら振っている。

「か、返して下さいっ」

 そう言って耀が手を伸ばせば、鍵鉈騙に手を取られる。

「うまそーな指」

 鍵鉈騙はいきなり、耀の指を口に含み、くちゅくちゅと音を立てて吸う。

「やだっ、はなして」

 そう耀が言うと、ベロリと舌で舐めてから離す。唾が糸を引いて切れた。

「くくくっ、今日から耀はおれのものだから。毎日、送り迎えしてやるよ」

 そう言って鍵鉈騙はニヤッと耀に笑いかけた……。


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