第1話 鍵鉈騙

「おれのモンに何してんの?」

 鍵鉈騙……

「てめぇ何し「黙れ」

 ゴッ。

 鍵鉈騙は、男の顔面を殴った。男はバランスを崩し、腕をつかまれていた耀も倒れそうになったが、鍵鉈騙がその身体を支えた。

「いつまで触ってんだよ」

 鍵鉈騙は男の手を引き剥がし、そして……

 ゴキボキベキっ。

「ぎゃあああっ」

 その指を反対に曲げさせた。

 耀を後ろに下がらせて、

「あああっ、ゆび、指がァァ」

 倒れて喚き叫ぶ男の腹を蹴り上げた。

「死ねよ」

「ぐああっ、げえぇ、うぐ」

 男の悲鳴と身体を殴る鈍い音。
 私は怖くてしゃがみ込んだ。そして、耳を塞ぎ、目を瞑った。






 トントン。

 肩を叩かれ、ビクッと身体が飛び上がる。恐る恐る目を開け、耳を塞いだ両手を下ろすと、鍵鉈騙が耀の顔を覗き込んでいた。

「ワリぃ、待たせた」

 いつものあの笑い。
 怖々横目で男の方を見れば、血だらけでビクともせずに倒れていた。

 やっぱり……また……

 鍵鉈騙は、私を狙った男をみんな、血を吐き倒れるまで殴り続ける。

「し……死んだ……の?」

「さあ? けど、」

 ジャラッ。

 さっき投げつけた鍵がついた輪っかを拾い、

「当然の報いだろ?」

 と、言い捨てた。


「もう……やだ……」

 私が何をしたって言うの……。

 耀はへなへなと地面に座り込んだ。

「あ・き・ら・ちゃーん。大丈夫ー?」

 鍵鉈騙も私の隣りでしゃがみ込み、首を傾げて笑う。

「あー、怖くて腰抜けた? 抱っこしてやろうか?」

 と、手を伸ばす鍵鉈騙。

 その手を払い、

「……いいです、大丈夫です」

 なんとか立ち上がり、フラフラ歩く耀。その後ろを、鍵鉈騙がついていく。





「じゃあ、また明日な」

 家のドアの前、鍵鉈騙がそう言って耀の頭にキスをして、帰って行った。

 バタン。

 玄関の鍵をしっかり閉める。

 やっと家に帰って来られた……。

 手を洗い、部屋の電気を点ける。誰もいない部屋は心細く、ひとりぼっちの淋しさが急に込み上げてくる。

「静かだな……」

 ある事件で両親と兄を亡くし、それからは親の遺産で一人暮らし。
 しんとした無音に耐えかね、テレビを点ける。別に観たいワケじゃないけど、人の声が聞こえていると、いくらか安心するから。

「疲れた……」

 ボスンとソファで横になる耀。
 彼女は昔から変な人に狙われる事が多かった。親戚に頼りたくとも、みんな変質者に狙われる耀に、巻き込まれる事を怖がっていた。
 鍵鉈騙の前にもストーカー被害に遭い、警察の人に相談して、対策を教えてもらったり、相手に警告、逮捕をしてもらってきた。

 けれど、次から次へといくらでも出てくる変質者に、ずっと警察の方に守ってもらうワケにはいかない……そう考えた彼女は、なんとか一人で戦ってきた。

 そんな時だ、鍵鉈騙に出逢ったのは。あの男の言うとおり、おかげで被害は減っている。でも、それでも思う。
 あの時、公園を通らなければ……。




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