三毛猫

 今日も今日とて世之介は、広く大きな屋敷でぐうたらとしていた。

 この話の主人公である桐谷世界は、皆から『世之介』と呼ばれる金持ち息子である。暇をもて余して、毎度毎度面白い事を探す、世間の忙しさからかけ離れた存在。

「嗚呼、何か面白い事はないかなぁ。陽が暖かい……」

 いつものように縁側で寝っ転がって庭を見る。

「にゃあーん」

 そこへ一匹の三毛猫が現れた。

「おや、にゃんさんじゃないか。どれ何か食べ物はあったかな」

 にゃんさんは世之介の庭先に現れる野良猫だ。彼はこの猫が遊びに来る度に可愛がっている。

「ほら、昨日の飯の残りの味噌汁にご飯を入れた猫まんま。たんとお食べよ」

「にゃん」

 三毛猫は世之介の顔を見て鳴き声を上げると、猫まんまを食べ始めた。

「にゃんさん、君は何か面白い事を知らないかい? なんでもいいんだ、この暇を潰せる事なら」

 ペロリと完食した三毛猫は、顔をひとしきり洗った後、世之介の横たわる縁側に乗ろうとして失敗をする。

「危ない、危ない。にゃんさんはもう年なんだね。僕の小さい頃から通ってたもんなぁ」

 ひょいっと三毛猫を抱き上げて、自分の腹に乗せてまた寝っ転がる。

「野良猫生活は止めて僕の家の子にならないか? 家はいいぞ。暑さ寒さを凌げるし、ご飯は毎度出るし。どう?」

 世之介が尋ねるも、三毛猫は彼の腹の上で丸くなり眠ろうとしている。

「そうか、やっぱり嫌か。ずっと口説いているのに、にゃんさんはつれないなぁ。まあいいか」

 世之介もなんだか眠くなってきた。

「にゃんさん、じゃあお休み」

 世之介は夢の世界へと落ちていった。

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 カアーカアーと烏の鳴き声が聞こえてきて、世之介は目を覚ました。

「いつの間にか夕方になっていたのか」

 気が付けば三毛猫もいない。

「さあ飯でも食べに行くかな。銀座のカフェで結羅ちゃんに逢ってから、牛すき鍋でも食べて帰るか」

 庭に出ている下駄を履いた所で、「もし、こんばんは」と女性の声が聞こえる。どうやら玄関の方のようだ。

「はいはいっと」

 世之介が下駄をカラコロ鳴らして向かうと、果たしてそこには煌びやかな花魁が一人、佇んでいた。

「ええっと、どなた様で?」

 花街にこんな知り合いはいない。まずそもそも花街にいる花魁が、何故自分の浅草の家に訪ねに来るのか。

 世之介は首を捻りながら尋ねた。

「はい、世之介様にはいつも格別の待遇をして戴いております故、今夜その恩返しをしたく参りました」

 頭をぺこりと下げて世之介に挨拶をした花魁。

「はああ……? なにか自分はあなた様にしたでしょうか?」

 暫く花街には行っていないし、こんな美しい花魁は見た事がない。少しつり目の妖艶な雰囲気を纏った彼女は、にこっと笑うので世之介はどきりとした。

「世之介様は知らずともよいのですよ。ただお礼を受けては頂けませんでしょうか?」

 吸い込まれそうなほどに澄んだ黒いつぶらな瞳が、世之介に訴えてくる。

「ま、まあ、よくわからないけど、せっかくの美女のお誘いを断る訳にはいかないね」

 世之介は大の女好きで、それがこのような美女となれば余計に乗り気になった。

「では参りましょう」

 そうして世之介は、花魁の後を下駄をカラコロと鳴らしながら歩いて行く。

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