婦女子連続殺傷事件

「さて、世之介よ。カフェではあまり情報が聞き出せなかったが、殺傷魔が出没する場所は調査済みなのだ」

 カフェの帰りのタクシーの中、清一郎と世之介は話し合う。

「そうだったのかい? じゃあそこで夜、二人で見張っていれば犯人を捕まえるのは、容易いかも知れないね」

「いやいや、男二人が見張っていて、殺傷魔が現れる訳がないだろう。もしかしたら、夜道を歩く女性を狙って出てくる可能性もあるが、そんな事をしていたら時間がかかる」

「じゃあどうするんだい? 身近な誰か……あ、まさかお涼を囮に使うのかい? 駄目だよ、彼女は僕の大切な幼なじみなんだ」 

 世之介が慌てて首を横に振り、却下する。

「そんな事、する訳がないだろう。女性を囮に使うつもりはない」

「ならどうやって、殺傷魔を捕まえるんだい?」

 首を傾げる世之介に、清一郎はニヤリと笑い、

「目の前にいるじゃないか、囮に最適な奴が」

 意味深に言葉を告げた。


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「なんでこんな事に……」

 浅草の自宅に戻り今現在、世之介はお涼に化粧を施されていた。

「俺と世之介、どちらかと言えばお前しかいないだろう?」

 クククっと、意地悪い笑みを零して、清一郎は不満げな世之介を見ている。

「全くもう、世之介さんになにかあったらどうするの?」

「そう言いながらお涼さんも乗り気じゃないか」

 男では化粧が出来ない為、お涼に話して世之介に化粧を施してもらっている。

「まあね、世之介さんって普段冴えない顔をしているけれど、女顔で綺麗な顔立ちをしているから、一度お化粧をして見たかったのよ。ほら、出来上がり! まあ、まるで歌舞伎の女形みたいっ!」

 右手を口元にやり、ふふふと笑うお涼。それに続き、清一郎は感心する。

「凄いなぁ。世之介は華奢だし背も低い方だから、これは女性と見間違えるかもなぁ。しかも夜道ときた。うん、完璧だな」

 こうして世之介は化粧をされて女性の着物を着せられて、囮役の女性として化ける事が出来たのだった。

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「じゃあ世之介。俺は離れた場所からついて行くから、お前はこの道を歩いていってくれ」

 月明かりしか届かない、暗い夜道。

 殺傷魔は自身の姿を見られないように、外灯が届かない決まったルートで犯行に及んでいた。

 カラコロと下駄の音を響かせながら、世之介はゆっくりと歩く。

「ああ、鬘が重い。髪が引っ張られて痛い……」

 文句を言いながら世之介は歩き続ける。人っ子一人もいない夜道は淋しく、後ろからついて来ているとわかってはいるものの、やはり男の世之介でも少し怖かった。

「でも、女性たちがこれ以上、傷つけられるのは嫌だからなぁ」

 女好きの世之介は、女性が被害に遭う事件が嫌なのだ。なにより力の弱い女性を狙うなど卑怯というものだ。

「ああ、明かりが見えてきた……」

 僅かだが道の先に、華やかな夜の明かりが光って見えている。

 このままでは殺傷魔が現れるルートから外れてしまう。今日はもう、現れないんじゃないか……。

 せっかくこんな格好までしたのになぁ。

 心で愚痴って下を向き歩いていた世之介に、タタタタっと走ってくる足音がすぐ近くで聞こえたと思った時、

 ドンっ。

「うわっ」

 前から来た何者かは世之介に突進してぶつかってきた。

「なっ」

 その人物は、暗がりの中にもぽっかりと浮かぶ白い仮面……

「世之介!」

 後ろから清一郎の声がして、世之介ははっとする。

 駄目だ、ここで逃がしたりしたら、駄目だ……!!

 じわりと広がった腹の痛みに耐えて、世之介は身を翻そうとした奴の腕を掴む。

「……!!」

 掴んだ腕は細かった。

「女……?」

 逃げようとした奴は、世之介の腹に刺したナイフを抜くと、それをまた振り上げた。

 やられる……!!

 世之介がそう思った時。

「そこまでだ」

 ナイフを振り翳した奴の腕を、いつの間にか近づいていた清一郎が掴んでいた。

 奴は藻掻くも、ひ弱な世之介と違い清一郎はがっしりとした体型をした力の強い男だ。奴の腕を捻るとカランカランとナイフが落ちる。

「さあ顔を見せろ、殺傷魔」

 その仮面を外れて見えた顔は……



「葉月ちゃん……」

 銀座カフェの『楽園』にいたメイドの、殺傷事件の被害者のひとりである葉月だった。


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