死を囀る鳥はかくも美しき

「沙門、ぼくのこの病気はいつ治るんだろうね」

 春告げ鳥が鳴く立派な日本家屋の庭先の縁側、主人の刹那さまが言われる。

 蒼白い病弱な身体は痩せ細り、その身に纏うは臙脂色の着物。

 小さく「ゴホッ」と咳をひとつして、自らの手に止まった小鳥を撫でる主人。

「お身体に障ります。どうか布団へ」

「沙門、ぼくはね、わかっているんだよ。わかっているんだ」

 儚げな、いまにも消えてしまいそうな程に哀しい表情を見せて笑う主人はなにを思うだろうか。

「今日の新聞を見たかい? また夜道での大量殺人が出たそうじゃないか。男女問わずに30人も」

「またそのようなものを。刹那さまはご病気を治すのに専念なさったらいいのです」

「あはは、沙門は相変わらずお堅いな。いつも布団で寝てばかりでなにもないから、世間のことぐらい、知りたくなるじゃないか」

 ゴホッゴホッと咳をする主人を見かねて、私は背中をさする。

 小さく骨張った背中は弱々しい。
 このような身体のどこに、あれだけの衝動を抱えておられるのか。

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 暗い暗い月明かりしか届かぬ夜道。

「助けて、助けてぇ」

「アハハハっ、泣き喚け、叫べっ!」

 辺りに飛び散る鮮血と生臭い匂いに切り刻まれる肉片。赤い赤い血。

 男も女も逃げ惑う、けれどその魔の手から逃れる事は叶わない。

「アハハハっアハッ」

 月明かりに照らされた幽玄妖美な笑う夜叉。その身に返り血を浴びて、ただひたすらに切り刻んでいく。

「はあっ、はあっ、ぐっ……」

 しかし、それも長くは続きはしない。

「沙門、アイツが出てくる……病人はさっさと、死ねば、いいのに……っ」

「今宵はこの辺で帰りましょう、刹那さま。さあ」

 ひとつの身体にふたつの魂。
 主人、刹那はふたつの人格を持っていた。昼は病弱な主人、夜になれば殺戮衝動のままにその手を血に染める悪鬼となす。

────

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「沙門」

 主人の声にはっとなり、私は背中をさする手が止まっていた事を知る。

「沙門、ありがとう」

 柔らかな優しい笑顔。この笑顔を守る為に、私はいるのだ。

「さあ、身体が冷えた事でしょう。布団の中へ」

「まるで母親みたいだね、お前は。わかったよ」

 刹那さまのご両親は彼によって惨殺され、恐れた女中たちは皆、この屋敷を離れたがった。今ではこの屋敷に住まうは主人と私だけ。

「ねえ沙門」

 布団に横にさせて、私は刹那さまの傍に正座をする。

「なんでしょうか?」

 刹那さまは私をじっと見る。その深い藍色の瞳に吸い込まれそうになる。

「ぼくはね、わかっているんだよ。だからね、沙門」


────お前がぼくを殺しておくれ。


「いずれぼくは捕まるだろう。そうなる前に……」

 その言葉は私の唇で塞いで続く事はなかった。

「さあ、もう寝て下さい。さあ」

「わかったよ、お前は本当に出来た使用人だよ」

 薄い瞼をゆっくりと閉じていき、やがて藍色の瞳は隠された。

 そっと、部屋から出て行き襖を閉める。

 後ろ手で閉めた襖の奥で、主人の微かな寝息が聞こえてくる。

「刹那さま。あなた様は必ず、この沙門が守りますれば……」

 私の主人を決して、決して警察のような武骨者になど渡しはしない。
 世間の晒し者になど、させてたまるものか。暇を申し出た女中たちも全て始末した。刹那さまを危険に晒す者、邪魔する者はこの沙門が斬ってみせましょう。

 ひとり沙門は決意を新たにして、今宵も行われる血飛沫が舞う舞台へと刹那の安全の為に共をする。

 やがて警察が屋敷に押し掛けて、ふたりを捕まえようとし、ふたり死に至るまで、この主人と使用人は殺戮の闇へと堕ちていく。




 完


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