懇願

 深い深い森の奥。静かな湖の近くにそびえ立つ、大きなお城。そこに住まうは、ヴァンパイアと一人の少女。

 人気のない霧に包まれたひっそりとした場所は、助けを呼んでも誰も来ない。

 ヴァンパイアは、最愛の少女を一族に迎え入れ、閉ざされた世界で愛を囁く。

「どうか、私の愛を受け入れておくれ」

 ヴァンパイアは少女の手を取り、懇願する。

「……」

 少女はしかし、ヴァンパイアの愛を受け入れず、ただ黙っているばかり。

「そんな足ではどこへも行けない。わかっているだろう?」

 ヴァンパイアは少女に言い聞かせるように、優しく諭す。ちらりと目を向ければ、車椅子に乗った少女の足は、行儀よく並んでいる。

「もうお前もヴァンパイアとなったのだ。人間のことなど諦めてしまえばいいものを……」

 少女には愛する人がいた。永遠の愛を誓った愛しい人が。それを引き裂き、ヴァンパイアが少女をこの森の奥へと、連れ去ったのだ。

 最初こそ、少女は悲しみに暮れた。毎日毎日、ヴァンパイアに愛する人の元へ返してくれるように頼んだ。しかし彼女の願いは叶わない。やがて少女は泣くことも、しゃべることもやめてしまった。

「せめて声だけでも聞かせてくれないか?」

 ヴァンパイアの願いに、少女はまるで人形のように反応を見せない。

 少女をさらって幾年が経ち、幾度も愛を囁いてきたヴァンパイア。しかし少女は、ヴァンパイアのものにはならない。その心が手に入らない。

「ああ、愛しい人よ」

 ヴァンパイアは、少女の掌にキスをひとつ落とす。

「どうか、私を愛してくれないか」

 いつかは自分を愛してくれると信じて、ヴァンパイアは少女の愛を得るために、今日も愛を囁く……。



 完
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