独り善がりの愛

「私、あなたがいればいい。あなたの愛があれば他はいらない」

 そう言ってキミはぼくの肩に頭を預けてきたね。

「集団生活って苦手。グループ行動も嫌。私、1対1じゃないと人と話せなくて」

 ぼくらは似た者同士で人間社会に対応出来ないダメ人間だった。他人がひどく怖かった。

 自分はいまこう考えているけど、この人はどう思っているのだろうか? 本当はぼくみたいなつまらない人間と話して嫌なんじゃないだろうか?

 なぜ自分の気持ちは分かるのに相手の気持ちは読めないのだろう。それが怖かった。

「ただいま」

「おかえり。早かったね」

「うん、二次会行かずに帰って来ちゃった。最初から行きたくなかったんだけど断れないし、途中で嫌で嫌でしょうがなかった。はあ~、もう本当、飲み会って嫌」

 ぐったりとぼくに寄りかかり、彼女はため息をついた。

「早く……ぼくの元に帰りたかった?」

「うん、早くこうやって抱き締めて欲しかった」

「ふふ、ぼくもだよ。仕事中もキミに会いたくてしょうがなかった」

「私達、両想いだね」

「そうだね。……ずっと続くかな、この想いは。続く……よね?」

「私、あなたがいればいい。あなたの愛があれば他はいらない。ずっと一緒にいようね」

「うん、約束するよ。ぼくもキミ以外いらない。他の誰とも交わらないよ」

 そうしてぼくらだけの指切りをした。

「指切りげんまん 嘘ついたら 死を持って償って 指切った」

 人に裏切られるのが嫌いなぼくらは、約束が破れないように少し言葉を換えて指切りをしていた。針千本飲ますなんて現実的に考えて無理だし、何よりふたりだけしか知らない合言葉みたいで嬉しかったから。ぼくも彼女も絶対お互いを裏切るマネなんて、するわけがないから大丈夫。

 そう、思っていたのに……


 彼女は少しずつ変わっていった。

 きっかけは会社の同僚の男だったらしい。

「彼、山野上さんっていってね、今日初めて話……あ、1対1でね、したの。もっと気難しい人だと思ってたんだけど、話してみたら楽しかった」

「そう……よかったね」

 ねえ、その男を好きになったりしていないよね? ぼくとの約束、破らないよね?

 そう聞きたかったけど、怖くて聞けなかった。何より聞く事によって、ふたりの信頼が、絆が壊れそうだったから。

「ただいま。今日化粧室でね、里山さんって人と色々話したの。その子、化粧が上手でね、教えてもらったんだ。それにどのメーカーがいいとかも知ってて、試させてもらっちゃった。……私ももっとちゃんと化粧しようかな」

「うん、がんばってみたら……」

 次の日、彼女は化粧をして会社に行った。キスをする時、化粧品の匂いが鼻についた。香水も……きつい。そして、まるで別人の顔をした彼女が嫌だった。遠くに感じた。

 いつも20時には帰って来たのに、21時、22時、23時……ヘタしたら夜中1時とかもあった。そのせいで、ぼくと食事をすることも、ゆっくり話すことも少なくなっていった。セックスもない。

 夜、隣りで眠っている彼女を見た。こんなに近くにいるのに、すごく遠くに感じる……。ダメだ、ダメだよ……誓ったじゃないか。……いかないで、いかないで、そんなぼくから離れていかないで……。

 ぼくは涙を流しながら、彼女の手を握った。


 その日、ぼくらは終わった。
 ぼくはすでに約束を破っていたキミを許していたんだよ? 我慢していたんだよ? なのにキミはぼくが一番して欲しくないことをしたんだ。

「ただいま~。あ、狭いけど上がって上がって」

「おじゃましまーすっ」

……彼女は他人をぼくらの家に連れて来た。

「紹介するね。こちら前に話してた里山さんっ」

「里山でーすっ。よろしくです!」

「どうも……よろ……しく」

「で、由美ちゃん。彼が私の大好きな彼氏だよ」

「ほんと、かっこいいですねー! 羨ましいっ!」

 ぼくは曖昧に笑った。そのあと3時間も里山という女はいて、彼女と楽しそうに笑った。

 なんで……ぼく達だけの空間、外の人間と遮断された大切なふたりだけの家に、他人を入れるの? どうして……ぼくを裏切るの……もう、いやだ。イヤダ。

「はぁ~楽しかった~。由美ちゃんがどうしてもあなたを見たいって聞かなくって~。ごめんね」

「キミ、誰?」

「……え?」

「ぼくの愛したキミはそんな濃い化粧顔じゃない。こんなくさい香水もつけなかった」

「ど、どうしたの急に……変だよ?」

「……急じゃない……ずっと我慢してきた……お互いがいればいい、そう誓ったのにキミは破った……」

「だって……その私だって付き合いがあるし……それに……いつまでもこのままじゃいけないって、思ったから……他人を嫌って殻に篭もっていたら、ダメだって気付いたから……ごめんなさい」

「嘘吐き、嘘吐き、うそつき、ウソつき!」

「……ごめんね、でも私は変わりたいの。あなたも一緒に変わっていこうよ、ね?」

「……指切り、覚えてる?」

「? 覚えてるよ」

「じゃあ、死んで償って?」

 ガツッ。

「つああぁあっ!!」

 ぼくは包丁を持ち、

「ぼくのあの子を返して」

 彼女に刺した。

「あああああっ……」

 血が、たくさんの血が、後から後から彼女の身体から、止めどなく出てくる。

「うそ……でしょ……」

「キミはあの指切りの言葉、信じてなかったの……? そう、信じてなかったんだ……」

 ぼくだけが本気だったんだね。ぼくだけが……。


 冷たくなる彼女の傍でぼくは泣いた。



 完



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