身体はあれど彷徨う魂

「この男を殺して欲しいの。殺してくれたら
50万払うわ。どう? やってくれる?」

 真っ赤なコートを着た女が少年に言った。





「おやおや。これはまた小さな殺し屋さんだね」

 少年がナイフを握り部屋へ入ると、その男はのんびりとそう言い笑った。

「まあ、お茶でもいかがかね? 少し話すとしよう」

 ナイフを突きつけているにも関わらず、何事もないように話す男に、少年は戸惑う。

「さあ、ソファーに座り給え」

 そう言い後ろを向いた男に少年は意を決し、ナイフを握り直して男の背へと突進した。だが振り返った男に、あっという間にナイフを取り上げられてしまう。

「いいから座りなさい」

 ナイフを取られては手も足も出ない。少年は居心地悪そうに座った。




 テーブルに並べられたご馳走に食らいつく
少年を横目に男は話す。

「君もあの子に頼まれたんだろう? いやー
君で何人目だろうね? あの子も懲りないなぁ」

 そう言う男はまるで笑い話でもしているかのように、快活に話す。

「まあしかしだね。50万も払えはしないが、よかったらまた来なさい。その時はまたご馳走しよう。ああ、パンもクッキーも持ち帰って構わない。それじゃあ少年、気をつけて帰り給え」

 少年はご馳走をたらふく食べて満足したのか、素直に帰って行った。

「ふう」

 ため息をつきながら隣りの部屋へ入る男は、中にいる少女に話しかける。

「またストリートチルドレンなんぞ雇って……そんなに僕が嫌いかね、聖良美奈子君?」

 手錠や鎖で縛られた少女が、ベッドに横たわっている。スゥースゥーと規則正しい息を立てて。

「まあ君は昔から僕を嫌っていたが。やっと捕まえたと思えば魂が逃げるなんて、なかなか酷い話じゃないか」

 少女の頬を撫で唇の輪郭をなぞる。

「君の魂は今何処にいるんだろうね。お伽話のお姫様の中かな? それとも他人の体かね? また他人の体に乗り移って私を殺すよう、誰かを唆している所かな?」

 さらさらと長い髪を梳きながら、男は少女に語り続ける。

「魂の無い君を愛する僕の身にもなってもらいたいものだな。人形のような君を抱くのもそろそろ辛い。いい加減、戻って来てはくれないものかね」

 男の問いに少女は答えない。ただただ眠り続ける。

 この男から逃れる為に少女の魂は、あちらこちらへと彷徨って……そして他人の体に乗り移り探すのだ……男を殺してくれる人を……。


 それは終わりのない鬼ごっこのように……。



 完

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