あなたは振り向かない

 意識の遠くで音楽が鳴っている。

「この曲ばかりリピートしてるよね」

 行為の熱もおさまり、彼の心臓の鼓動を聴きながら私は彼の話を聞いている。

「これって、不倫の唄だっけ? 俺たちの仲は不倫じゃないだろ?」

 不倫じゃない、けれど同じようなモノじゃない。切なさはこっちの方が上だと思う。


 ♬身体は振り向いてくれるのに、心は振り向いてくれない♪こんなに近くにいるのに、あなたは私を見てはくれないのね♬あなたの熱に浮かされながら、私は自分の心に蓋をして♪

 切ない旋律と共に流れる、けれど実は前向きな唄。

「奥さん、死んでからもう何年だっけ?」

 私は眠い意識の中で尋ねる。

「そうだな、もう3年になるかな」

 彼が私を抱き締めながら、私の顔を見ずに話す。

 ♬彼の中にいるあの人に、私は勝てない♪あなたは私を見ずに「愛してる」と言うのね♬私の気持ちなんて考えなしに♪

 3年間、ずっと待ってた。あなたが奥さんを忘れてくれるのを。でも、あなたの中にはいまも彼女がいて、私を見てはくれないね。子供が欲しいのに、その願いも叶えてはくれない。

『俺は彼女との子供以外は要らないんだ』

 わかってたことだったのに。彼の奥さんに対する想いは深いって。でも、あなたは私と身体を重ねて愛を囁くから、私はその『睦言でのお遊び』の言葉を信じて。縋った。

「ねえ」

 ♬だからね、私は今日あなたに言うの♪あなたとの愛に未来はないって気付いたから♬

「なに?」

 私は音楽が最後のサビを歌い上げる時、彼に伝えた。

「いままでありがとう。もう終わりにしよう」

 ♬あなたの中のあの人には勝てないから♪だからね私は今日決めたの♬あなたがいなくなった心の中は、淋しさと後悔で泣き喚いているけど♪大丈夫、私はまた前を向いて歩けるから♬

 あっさりとした終わりだった。あんな3年間も続けた愛も、呆気なく簡単に私の言葉で終わった。いや、元から彼の中には、私はいなかったから。私が終わりを告げれば簡単に終わる愛だったんだ。

「でももうこれであなたは私のものだね。いいよ、心は手に入らなかったけど、身体だけは私だけのものだから」

 冷たくなった身体の彼に囁く。

 他の女たちが付けた彼の身体に残るキスマークを上書きして、私は涙を流す。

「こうなる前に、私を見て欲しかった……」

 涙は流れど心はどこか晴れやかで、これでもう彼が他の女たちの元へ行くこともない。

「愛してる、あなただけを……」



 完
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