少しずつ近づく距離が愛おしい

 初夏の太陽はまだ陽射しが優しく、風は穏やかな空気を運んで来ている。

 そんな過ごしやすい陽気の午後、神崎薫は九堂葵とカフェでデートをしていた。

 ここのカフェは、葵のお気に入りの場所で、彼の以前の彼女である日向燦との思い出の場所でもある。

 葵の愛した彼女との記憶がある場所でのお茶は、薫にとっては少しやきもちを妬くことではあったけど、それでもこうしてお茶をしてくれることに幸せを感じていた。

「ふぅん、そうなんだ」

 九堂葵。

 彼は一見素っ気ない態度のせいで冷たく見えるが、中身は一途で優しく、愛情深い男性だ。

 薫は自分が都合よく使っていた男に、ホテルで刺されそうになった時に葵に助けられて以来、ずっと葵に惚れていた。

 こうしてデートを重ねていくと少しずつだったが、葵の気持ちにも変化があったのか、最初の時よりも柔らかな空気を纏うようになっていた。

 最初のデートの時などまともに話してはくれず、終始「ふぅん」と返事をするだけだったが、それでも、

「こっち。危ないから」

 と自然と車道側を歩いてくれたり、優しさを見せてはくれていた。

 本当に今までどうして九堂葵をちゃんと見てこなかったのだろう。彼を見ていれば分かる。どんなに素敵な男性なのかを。




「なに見てるの?僕の顔に何か付いてる?」

 物思いに耽り過ぎていたようだ。

 ぼんやりと葵の顔を見つめてしまったらしい薫。

「なんでもありませんわ。ただ、やはりあなたは素敵な殿方だと、改めて思いましたの」

 薫が余りに直球に物を言うものだから、葵は一瞬キョトンとし、それから笑い出した。

「なぜ笑うんですの?」

 ただ本当のことを言っただけなのに。

 不思議そうに言う薫に、葵はふっと優しげな瞳になり、

「君が余りに恥ずかしげ無く言うものだから」

 と薫の瞳を見つめた。

「そ、そんな見つめられたら照れますわ……」

「君も僕を見てただろ?お返し」

「もう……」

 一口、照れ隠しにアイスティーを飲む薫。

 それに倣って葵も抹茶ラテを飲む。

「葵さんは少々意地悪で苛めっ子気質ですのね」

 楽しげにふふっと笑う薫に、葵は真面目な表情になる。

「……ねえ、君。僕のことをこんなにも好きになってくれて嬉しいけど……でもね、僕は燦以外は愛せないんだ。ずっと僕の心には彼女がいる。ダメなんだよ……」

 薫はふと表情に影を落とした葵に、物悲しくなる。

 葵は苦しげでいて、それでいながらもこの苦しさを愛しいんでいるのだ。

 燦への苦しい想いを愛している。

「だからね、君。早く君に見合う男を見つけた方がいい。僕なんかよりも素敵な男はたくさんいるよ」

 そう言葉を閉じてしまう。

 いつも、だ。

 いつも葵は、そうして薫との未来を考えるのを止めてしまう。

 悔しい。

 自分はこんなにも葵を、愛して欲しているというのに……。

 同じだけ、ううん。同じでは無くてもいい、ただこっちを少しでも見て欲しい、考えて欲しい。

 だから……。

「葵さん。私しつこいんですの。知ってるでしょう?」

「うん、知ってるよ」

「なら、もうわかってますわよね。諦めも悪いんです。私、絶対にあなたを振り向かせて見せますわ」

 ニコっと薫が笑って見せれば、葵は一瞬驚いたのち、ふっと表情を崩した。

「どうかな、僕は燦しか愛せないから……でも、君が僕を好きにさせるならして見せてよ。振り向かせて見せて?」

 不敵に笑う葵にキュンとしたのは隠して。

「ええ、もちろんですわ」

 薫は嬉しくなって言った。

 絶対にその不敵な笑顔も、柔らかな笑顔も、全てのあなたを私だけの物にして見せますわ。

 だから待ってて下さいね、葵さん。

 私はあなたを幸せにしてみせますから。

 愛してます、葵さん。



 完

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