お別れに悲しめど愛は続く

「燦チャーン?ただいま……イナイの?」

 ガチャリと、玄関のドアが開いて遥くんが帰って来たことを知らせる。

 やだ、会いたくない……お別れ、したくない……っ。

「燦チャン?燦チャン?燦?」

 不安げな遥くんの声は私を探して、部屋を見て回っていて……


「燦チャンっ!よかった、いたんだネ!……暗い部屋でなにしてたの?」

 心配そうに私に近づく遥くん。

 ああ私、あれからぼんやりとしちゃってたんだ……。

「燦チャン?どこか具合悪いの?どうしたの?」

 ああ、最後だから遥くん、私に優しくしてくれてるんだ……

 ポタリ、と一粒涙が落ちれば、後は次から次へとポタポタと涙が流れていく。

「燦チャン!?どこかイタいの!どこ?なんで泣いてるの?それとも、なにか悲しいコト、あったの!?ボクに話して、ネ?」

 遥くんが優しく、でも力強く決して離さないというように、抱き締めてくる。

「やだ……」

「えっ?」

「やだぁ、やだよぉ……遥くんとお別れ、やだよぉ……」

 遥くんと一緒に過ごしてきた日々が頭に駆け巡り、私はわあわあと泣き出してしまっていた。

 最後なんて、いや。こまこまちゃんを選ばないで。私をこの先もずっと選んで、お願い……っ!!

「ヨシヨシ、なんか悲しいコトがあったんだね。ゴメンネ。淋しかったね、ウンウン、燦チャンが泣き止むように、気持ちいいコトしよっか?」

 ……!?

「遥くん、なんで?なんで?なんで私とえっちするのぉ……っ」

「なんでって……愛してるからダヨ?」

「うそ……うそ、うそだっ……こまこまちゃんとえっち、してるのに。私を選ぶなんてないよぉ……っ!!」

 遥くんはびっくりしたように瞳を大きく見開く。

 わかってるんだよ?知っちゃったんだから、隠さないでよ……こまこまちゃんがいいんでしょ?

「燦チャンは、一体なにを言ってるのカナ?ボクとこまこまちゃんが?え?えっちしてる?なあに、それ?」

 遥くんは訳が分からないって顔をしてる……誤魔化すつもりなら、ぶっ飛ばす……!!

「嘘つかないでよっ!ぐすっ……今日、見たんだから……っ!」

「なにを?」

「つっ……!!こまこまちゃんと、ラブホ、行ったでしょう……っ!!」

 そう言った途端、遥くんは合点がいったという顔をする。

「……ああー、あれ、ね。見ちゃったのかぁーなるほどネェー」

 ううっ、ムカつく……なんだか無償にムカついてきた……遥くんはなぜだかニヤニヤしてる……浮気がバレてもなお余裕な遥くんがムカつく……っ!!

「も、いいっ!遥くん、もういいっ!嫌い、大っ嫌い!一生嫌い!!」

 言ってからハッとした時には遅かった……


 遥くんの表情がみるみる内に青ざめていく……色を失い、まるで小さな子供のような不安げな気持ちを瞳に宿していく。

「ダメ……燦、ダメだよ……お願い、だ……カラ……嫌わないで……」

 遥くんの私を抱き締める腕が、体が震えている……遥くん?

「ゴメンナサイ、燦チャン。あのね、あのね、聞いて?お願い、だから、ボクの話を、聞いて?」

 震える声にはいつもの自信は無くて、ただただ、『苦しい』『辛い』『嫌わないで』といった必死な叫びが聞こえる気がした。

「遥、くん?大丈夫?」

「ウン、あのね、あのね……全部、誤解なんだヨ……?」

「誤解……?」

 ラブホテルまで行っておいて誤解とはなんだと、一瞬思ったけれど、遥くんのあまりの普段との態度の違いに、私は心配の方が上回ってしまう。

「聞くから、話して?」

 優しく優しく、遥くんが話しやすいように、彼の頭を撫でてあげる。

「燦チャン……。ラブホにこまこまちゃんと行ったのはね、仕事なんだヨ。撮影、なんだ」

「撮、影……」

 くらっと意識が遠のきそうになった……つまり、ふたりのえっちを撮影していた……と。
 
 でも、でも、遥くんの心が壊れてしまいそうなほどに、怯えてるから、私はちゃんと最後まで聞こうと思った。
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