あなたのために
燦に料理を教わりに来た薫。
「じゃあ今日は鶏の煮物を作るよ」
「わかりましたわ」
燦の家のキッチンにて、2人仲良くエプロン姿で立ち、燦が見守りながら薫に指示を出していく料理教室。薫は燦の手料理が恋しい葵のため、週に1度、燦に料理を習いに来ていた。
「はい、鶏モモ肉の筋と脂肪を包丁で取ってね」
「すじ? しぼう? どれですの?」
「筋はこのピーって付いた白いヒモみたいなもので、脂肪はこの黄色いの」
「め、面倒くさいですわね……」
「料理は手間暇かけておいしくなるんだよ」
燦に言われて、素直に筋と脂肪を包丁で切り取っていく薫。
「柔らかくなるように、フォークでぶすぶす刺してね」
「人参は乱切りで。こう回しながら切っていって」
「大根は2センチ幅ぐらいで切って」
そうして材料を切り鍋に入れて、調味料も入れて煮ていく。
「あとはほうれん草のごま和えも作ろっか」
「お願いしますわ」
そうして2品、鶏の煮物とほうれん草のごま和えが出来た。
「葵さんに持って行ってきますわね」
いそいそとタッパーにおかずを詰めて葵の元へと行こうとする薫に、「待って、鶏の煮物は冷めてからっ!」と止める。
「なんですの? 熱々な方がおいしいですわ」
「味を染みこませるために、ちょっと置いた方がいいの。その間、ちょっとお茶しようよ」
そわそわして落ち着かない薫を落ち着かせるべく、燦はお気に入りの紅茶『ティターニア』を淹れる。そしてお茶菓子に買って置いたチーズタルトを出して、女子会を始める。
「本当、葵くんのことが好きなんだね」
燦が嬉しそうに言えば、
「あなたにはもう、葵さんは返しませんことよ」
と、薫が言い返すので、燦は笑いながら答えた。
「大丈夫、私はもう葵くんに気持ちはないから。ただ葵くんが心配で……幸せになって欲しいだけ」
燦が優しく瞳を薫に向けて話すので、薫は少しむうっとして、言葉を続ける。
「心配しなくても、葵さんはわたくしが幸せにしますわ。あなたはただ、遥さんとお馬鹿みたいに愛し合っていればよろしいのよ」
「ふふ、それを聞いて安心した。葵くんのこと、よろしくね」
「言われなくても、そうしますわ」
薫がチーズタルトを一口食べる。
「おいしいですわね、このチーズタルト」
「でしょう? お持ち帰りが出来るカフェで、このチーズタルトが有名なの。今度一緒に行こう」
「まあ、いいですけれど」
薫と付き合いを始めて燦はわかったことがある。薫はツンデレお嬢様で、物言いはキツい時もあるけれど、とても感情豊かで好きな人には全力を尽くす可愛い人なんだと。
「それで? 葵くんとはどうなの?」
燦がそう聞いた途端、みるみる内に顔を真っ赤に染め上げる薫。
「それが、そのっ。この間あなたに聞いた葵さんの好きなタイプの映画をお誘いしたら、その、デートして下さって。手、手、手を繫いで一緒に映画の感想を、お喋りしてっ、かっこよくてっ」
葵の話を振るとこんな感じで、しどろもどろと話してくれるのだ。燦は薫が可愛らしくて、応援したくなる。
「葵くんはね、冷たい印象があるし、なかなか言って欲しい言葉を言ってくれないけど……とても優しい人だから」
懐かしい時を思い出している表情の燦に、薫は目を伏せる。
「わかっていますわ。あなたが葵さんと過ごした日々に、わたくしはまだまだ勝てないことなんて。でも必ず、葵さんを振り向かせてみせますわ」
「うん、葵くんには薫さんがいるから、もう大丈夫だね」
「もう! さっきから、恋人視線で語らないで下さる?」
薫に怒られて燦は「ごめんごめん」と謝る。
「嬉しくて、本当。ありがとう」
燦にお礼を言われて、薫は「別に、いいですわ」と言って席を立つ。
「もう冷めましたでしょう? 葵さんの元に行きますわ」
「うん、葵くんによろしくね」
そうして薫は、燦の家を後にした。
────
────────
「また来たの?……まあ入りなよ」
薫は作った料理のタッパーを手に持ち、葵のマンションに来ていた。開けられたエントランスのドアを抜け、エレベーターに乗る。
葵さん、喜んでくれるかしら? だ、大丈夫ですわ、燦さんに教わった料理ですし、きっとまたあの笑顔が見られますわ……!!
エレベーターが葵の住む階に着き、葵の部屋へ。ピンポーンとチャイムを押せば、開けられるドア。
「どうぞ」
「お邪魔しますわ」
ドキドキしながら葵の後をついていき、リビングのテーブル席へ。
「あの、これ料理をまた燦さんに習いに行きましたの」
「……燦、元気にしてた?」
「ええ、とても元気ですわ」
「そう……」
葵は笑って答えるも、その笑みには悲しみが付き纏う。
「あ、あの、食べてみて下さい」
「うん」
食器棚からお皿を出して、箸でタッパーの中の煮物とごま和えを食べる葵。
「お口に合いますか? おいしいですか?」
と、不安そうに聞く薫。
「うん、おいしい。燦の味だ」
そう言って笑う葵の笑顔に、卒倒しそうになる薫。
葵さんの笑顔、貴重ですわ! 瞳に焼き付けておかなくては、いけません!
なんとか卒倒しそうになる自分を我慢し、薫は嬉しそうに食べる葵を見て心に誓う。
わたくし、葵さんの笑顔のためにこれからもがんばりますわっ!!
その夜、薫は燦に電話を掛けて、長々と葵の話を聞いてもらうのだった。
「それでわたくし、やっぱり葵さんは素敵な殿方だと改めて思いましたのよ! それから、それからっ」
「薫さん、可愛い」
あなたのために、わたくしはこれからも努力しますわ。ずっとこれからも変わらない愛をあなたに……。
完
「じゃあ今日は鶏の煮物を作るよ」
「わかりましたわ」
燦の家のキッチンにて、2人仲良くエプロン姿で立ち、燦が見守りながら薫に指示を出していく料理教室。薫は燦の手料理が恋しい葵のため、週に1度、燦に料理を習いに来ていた。
「はい、鶏モモ肉の筋と脂肪を包丁で取ってね」
「すじ? しぼう? どれですの?」
「筋はこのピーって付いた白いヒモみたいなもので、脂肪はこの黄色いの」
「め、面倒くさいですわね……」
「料理は手間暇かけておいしくなるんだよ」
燦に言われて、素直に筋と脂肪を包丁で切り取っていく薫。
「柔らかくなるように、フォークでぶすぶす刺してね」
「人参は乱切りで。こう回しながら切っていって」
「大根は2センチ幅ぐらいで切って」
そうして材料を切り鍋に入れて、調味料も入れて煮ていく。
「あとはほうれん草のごま和えも作ろっか」
「お願いしますわ」
そうして2品、鶏の煮物とほうれん草のごま和えが出来た。
「葵さんに持って行ってきますわね」
いそいそとタッパーにおかずを詰めて葵の元へと行こうとする薫に、「待って、鶏の煮物は冷めてからっ!」と止める。
「なんですの? 熱々な方がおいしいですわ」
「味を染みこませるために、ちょっと置いた方がいいの。その間、ちょっとお茶しようよ」
そわそわして落ち着かない薫を落ち着かせるべく、燦はお気に入りの紅茶『ティターニア』を淹れる。そしてお茶菓子に買って置いたチーズタルトを出して、女子会を始める。
「本当、葵くんのことが好きなんだね」
燦が嬉しそうに言えば、
「あなたにはもう、葵さんは返しませんことよ」
と、薫が言い返すので、燦は笑いながら答えた。
「大丈夫、私はもう葵くんに気持ちはないから。ただ葵くんが心配で……幸せになって欲しいだけ」
燦が優しく瞳を薫に向けて話すので、薫は少しむうっとして、言葉を続ける。
「心配しなくても、葵さんはわたくしが幸せにしますわ。あなたはただ、遥さんとお馬鹿みたいに愛し合っていればよろしいのよ」
「ふふ、それを聞いて安心した。葵くんのこと、よろしくね」
「言われなくても、そうしますわ」
薫がチーズタルトを一口食べる。
「おいしいですわね、このチーズタルト」
「でしょう? お持ち帰りが出来るカフェで、このチーズタルトが有名なの。今度一緒に行こう」
「まあ、いいですけれど」
薫と付き合いを始めて燦はわかったことがある。薫はツンデレお嬢様で、物言いはキツい時もあるけれど、とても感情豊かで好きな人には全力を尽くす可愛い人なんだと。
「それで? 葵くんとはどうなの?」
燦がそう聞いた途端、みるみる内に顔を真っ赤に染め上げる薫。
「それが、そのっ。この間あなたに聞いた葵さんの好きなタイプの映画をお誘いしたら、その、デートして下さって。手、手、手を繫いで一緒に映画の感想を、お喋りしてっ、かっこよくてっ」
葵の話を振るとこんな感じで、しどろもどろと話してくれるのだ。燦は薫が可愛らしくて、応援したくなる。
「葵くんはね、冷たい印象があるし、なかなか言って欲しい言葉を言ってくれないけど……とても優しい人だから」
懐かしい時を思い出している表情の燦に、薫は目を伏せる。
「わかっていますわ。あなたが葵さんと過ごした日々に、わたくしはまだまだ勝てないことなんて。でも必ず、葵さんを振り向かせてみせますわ」
「うん、葵くんには薫さんがいるから、もう大丈夫だね」
「もう! さっきから、恋人視線で語らないで下さる?」
薫に怒られて燦は「ごめんごめん」と謝る。
「嬉しくて、本当。ありがとう」
燦にお礼を言われて、薫は「別に、いいですわ」と言って席を立つ。
「もう冷めましたでしょう? 葵さんの元に行きますわ」
「うん、葵くんによろしくね」
そうして薫は、燦の家を後にした。
────
────────
「また来たの?……まあ入りなよ」
薫は作った料理のタッパーを手に持ち、葵のマンションに来ていた。開けられたエントランスのドアを抜け、エレベーターに乗る。
葵さん、喜んでくれるかしら? だ、大丈夫ですわ、燦さんに教わった料理ですし、きっとまたあの笑顔が見られますわ……!!
エレベーターが葵の住む階に着き、葵の部屋へ。ピンポーンとチャイムを押せば、開けられるドア。
「どうぞ」
「お邪魔しますわ」
ドキドキしながら葵の後をついていき、リビングのテーブル席へ。
「あの、これ料理をまた燦さんに習いに行きましたの」
「……燦、元気にしてた?」
「ええ、とても元気ですわ」
「そう……」
葵は笑って答えるも、その笑みには悲しみが付き纏う。
「あ、あの、食べてみて下さい」
「うん」
食器棚からお皿を出して、箸でタッパーの中の煮物とごま和えを食べる葵。
「お口に合いますか? おいしいですか?」
と、不安そうに聞く薫。
「うん、おいしい。燦の味だ」
そう言って笑う葵の笑顔に、卒倒しそうになる薫。
葵さんの笑顔、貴重ですわ! 瞳に焼き付けておかなくては、いけません!
なんとか卒倒しそうになる自分を我慢し、薫は嬉しそうに食べる葵を見て心に誓う。
わたくし、葵さんの笑顔のためにこれからもがんばりますわっ!!
その夜、薫は燦に電話を掛けて、長々と葵の話を聞いてもらうのだった。
「それでわたくし、やっぱり葵さんは素敵な殿方だと改めて思いましたのよ! それから、それからっ」
「薫さん、可愛い」
あなたのために、わたくしはこれからも努力しますわ。ずっとこれからも変わらない愛をあなたに……。
完