おめでとうが言えなくて

 夏の終わり、残暑が厳しい今日。今年もやってきた君の誕生日。

「おめでとう、さん

 空席の椅子に向かって、僕は言う。

『ありがとう』

 にっこりと太陽みたいに笑って、嬉しそうにする君はもういない。確かに傍にあったはずの笑顔が、もう僕の隣りにはいない。

 あの時、君と逢った時、僕がもっとなにかを言えていたら、今とは状況は変わっていただろうか。

 僕が切なそうになにかを言いたそうな君を、強引に奪ってしまえば、こんな気持ちにならずに済んだのか。

 2ヶ月前に届いた1枚のハガキ。君とあの男との結婚式。写真の中の君の笑顔は、相変わらず輝いていて、ただ違うのは僕の傍にいない事だけ。

 君はあの男といて幸せかい? あの男は、僕より君を幸せにしてる?

 もし次に逢ったら言わなければならないのは、わかっている。けれど今はまだ、言えそうにない。

「誕生日のおめでとうは、言えるんだけどね……」

 写真の中、笑う君に僕が思ったのは祝福ではなく、叶わぬ夢。

 もしあの男に泣かされたなら、僕の元に戻っておいで。僕はいつだって君の全てを受け入れるよ。

「おめでとう」

 来年は君に直接言えたらいいな。そんな事を考えながら、君の今を想う。





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