あげないヨ

 やっと話し合いから解放されて、彼方遥かなたはるかがため息をついていると、向こうから見知った人物が歩いて来た。

「やあ、あおいクン」

「……綿アメ頭」

「相変わらずヒドイ呼び名だナァー」

 思わず苦笑しながらも遥は、九堂葵くどうあおいに話しかける。

「ちょっとお茶でもしていかない? すぐそこにおいしいカフェがあるんダ」

「構わないよ」

 ちょうど病院の昼休憩の時間だったので、葵は素直についてきた。






「最近どう? 仕事上手く行ってるカイ?」

 カフェに着いてそうそう、遥がたわいもない話を持ち出せば、情緒もなく葵はきっぱりと言葉をぶつける。

さんの事で話があるんだろ? なに?」

 笑いと共にため息をつきながら、遥は本題を話す事にした。

「今度、燦チャンと結婚するコトになったんダ。その報告」

 ぴくっと、微かな驚きの反応を見せた葵だったが、本当に一瞬だった。

「へえ、そう」

 興味なさそうに返事をする葵を、遥は揺さぶる。

「結婚式は、6月になると思う。やっぱり女の子は、6月の花嫁に憧れるみたいでネ。燦チャン、大はしゃぎだったヨ」

 先日、ウエディングドレスの下見に行った時の燦の笑顔がよぎる遥は、口元に自然な笑みを乗せていた。

「キミと違ってボクは、燦チャンを本当に愛してるからネ。ずっとずっと大切にしていくヨ」

「……」

 冷めた表情を浮かべる葵だが、しかし腹の中では静かな怒りを抱えていた。

「どんなに愛してるって言っても、行動が伴わなきゃネ。愛してるとは言わナイ。アレ? 言葉でも伝えてなかったんだっけ?」

 クスクス笑う遥に、葵は頼んだ抹茶ラテを喉に流し込む。

「キミは燦を大切に出来なかったんダロウ? 今更気付いても遅いヨ」

 遥が甘いミルクティーを飲む。

「話はそれだけ? なら帰るよ」

 葵は席を立ち、隣りの椅子にかけたコートを着込んだ。

「キミがどんなに願っても、燦チャンは戻らナイヨ。ずっとボクのものだからネ」

 遥が葵を見上げて宣言すると、葵は笑った。

 その笑いは冷たく、侮蔑を含んだ笑い方だった。

「それはわからないよ。未来はいつだって、不確定だからね」

 そうして葵は、カフェから出て行った。

 カフェには一人、遥だけが残された。

「強がりだネ」

 ぽつりと呟いた言葉は、カフェの人々の声に紛れていった。


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