秘書は今日もため息をつく

 彼方遥が社長を務めるここ『アスミライ』は、たくさんの研究員を抱えた一大企業だ。

 研究室に入った途端、それぞれの研究員たちが社長の遥に挨拶をする。

「やあ、上手くいってる? ここのラットの実験はアルツハイマーの薬だっけ?」

 聞かれた研究員が、テキパキと答える。

「はい。現在、順調に成果が出ております」

「そう、ヨカッタ。このまま続けて」

「はいっ」

 そして、ある研究員のところに寄り、尋ねる。

「この前の治験薬、どうだった?」

「はい、痛み止めの薬ですね。社長の言った通り、カフェインを使わず、眠くなる成分も含まずに作れそうです」

「そう。なら大丈夫そうだネ」

「はい」

 なんでもこの痛み止めの薬の開発は、遥の妻が月のものが重いために進めた新薬らしい。

 ここまで妻ファーストだと、苫小牧もお手上げ状態である。

「社長は奥様が大好きですよね……」

「ウン♪ 妻が1番だからネっ!」

 他の研究員たちの様子も伺ってから、2人研究室を後にした。



「社長、このあとの予定ですが……」

 苫小牧が遥に予定を告げようとすると、

「ちょっと待って。充電するカラ」

 と、携帯を取り出した。

 携帯の充電が切れそうなのか、と見ていると、なにやら電話をかけ始めた。

「もしもし? さんチャン? 突然、ごめんネ。声が聞きたくなっちゃってサ」

 どうやら妻に電話をかけているようだ。嬉しそうな顔で、おしゃべりを続ける遥は、白いふわふわ頭のわんこのようだ。

 気のせいか、見えない尻尾を振っているような気がする。

「ウン、ウン、わかった。じゃあ晩御飯、楽しみにしてるネ♪ バイバイ♪」

 電話を切った途端「充電完了ー」と、身体をぐーっと伸ばす。

「奥様との会話が、社長の元気の素なんですね」

 話していた時の無邪気な遥を頭に思い浮かべ、思わず笑ってしまう苫小牧。

「ウン、妻がいるカラ、ボクはがんばれるんダ……」

 優しく細められたエメラルドグリーンの瞳は、遠くを見つめる。

 少し、遥の妻に嫉妬してしまったのを隠して、苫小牧は社長を叱咤する。

「午後からも忙しいですからね。奥様の手料理を食べたいなら、しっかり働いて下さいっ!」

「はーい」

 苫小牧は遥にテキパキと予定を知らせ、カツカツとヒールの音を響かせる。

 妻を溺愛する社長の秘書は、今日もすぐサボろうとする彼の首根っこをつかんで、仕事をこなすのだった。







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