秘書は今日もため息をつく

「社長ー、どこに行ってたんですかー」

 ここ、彼方遥かなたはるかの製薬会社のビルで、彼の秘書の声が廊下に響き渡る。

 彼方遥の秘書、苫小牧とまこまきはヒールをカツカツいわせて小走りに近寄る。

「あれ? こまこまちゃん、どうしたの?」

 きょとんとする遥に、苫小牧は呆れた声を出した。

「どうしたの、じゃないです。あと私の名前は、とまこまき! 苫小牧ですからっ!」

 笑う遥に、苫小牧は「笑い事じゃないですっ!」と怒る。

「午後からすぐに会議と言っておきましたよね? なんで来なかったんですかっ!」

 午後一番の時間に、神崎病院との大切な会議が入ってたのに、遥はすっぽかしたのだ。

 廊下で社員が行き交う中、堂々と社長を叱りつける秘書。

「そんな怒らないでヨー。どうせ薬の完成の催促デショ? 待たせておけばいいヨ」

 アハハッと笑い飛ばす社長に、思いっきり肩を落とす苫小牧。

「そうですが……先方はがっかりされてましたよ」

「いい薬は、開発に時間がかかるんダヨ。副作用のナイように、何度も改良を重ねるしサ」

 先方もそれはわかっているのだろう。だが、それだけ期待しているという表れでもある。

「せめて進捗だけでもお教えして頂けたら、よかったのに」

「はいはい、ワカリマシタ。あとで連絡するヨ」

 ぐちぐちと小言を言われ「降参」とするように、両手を挙げる遥。

「ちょうど妻が来てたからサ、一緒に食事に行ってたんだよネ。ごめんネ」

 一緒に廊下を進みながら、遥は秘書に謝る。

「奥様が大切なのはわかりますが、勝手に予定を変えられるのは困ります。この間も、勝手に予定変更されてお休みになられて……」

「だって、愛しい妻を抱いてたら、会社に行きたくなくなっちゃったんだモン」

 遥が妻を大切にしている事は、苫小牧もよくわかっていた。

 そしてなんでもかんでも、妻を優先させてしまうのだ、この社長は。

 今こうしている間にも、遥の開発する薬を、今か今かと待っている患者はたくさんいるのに……。

「こまこまちゃん、ため息ついてたら幸せ逃げちゃうヨ?」

「誰のせいだと思っているんですか……」

 そうして遥と共に、研究室へと足を運んだ。

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