懐かしい刻は戻れずに

 私が葵くんとのすれ違い生活に疲れ、言葉で伝えてくれない彼に不安を感じて、別れてしまったから。

 全部、私の自分勝手な理由で別れたから。

「葵くん、ごめんね……」

「謝ることはないよ。僕に責任があったんだから」

 力なく笑う彼。

「でも……」

 けど、別れた今ならわかる。葵くんの病院勤務がどれだけ大変か、どれだけ彼を支えてあげなくちゃいけなかったのか、彼の細くなった身体を見て思う。

「そんなに後悔してるの? だったら、僕の元に戻ってきなよ」

 葵くんの手に、顎をつかまれてしまう。

「葵くん、ダメだよ。もう遅いよ……」

「遅くはないさ。今からだってやり直せるよ」

 葵くんの顔が近付く。

「待って、待って葵くんっ……」

 彼と私の唇が重なり、愛を乞う彼の唇が私を離さない。

「んん、ふっ……ん、あっ」

 長い長いキスのあと、私は彼の切ない表情に胸が痛くなる。

「ごめん、ごめんね葵くん。私、私……」

「謝るなら戻って来て。戻る気がないなら、謝らないで」

 謝る私に、彼はそれでも優しく、言葉を紡いだ。

「うん、ごめんなさい」

 葵くんとギクシャクしたくなくて、私は無理やり笑う。

「あの、本当、ちゃんとご飯食べてね。葵くん、痩せすぎだから」

「じゃあまた持ってきて。燦の手料理以外、食べる気しない」

 葵くんは目を伏せて話す。

「うん、わかった」

 葵くんに玄関まで見送ってもらい、バイバイをする。

「またね、葵くん」

「うん。またね、燦」

 淋しそうに笑う彼が見ていてつらくて、私は目を瞑って笑う。

 ドアがバタンと閉まり、ソレがそのまま、私たちの戻らない関係の隔たりのような気がした。

 大切で幸せだった過去は戻らず、今というときは続いていく。




 私は空になった手提げ袋を握りしめて、遥くんと暮らす家へと歩いていった。





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