懐かしい刻は戻れずに

 ピンポーンとチャイムの音が鳴る。

「やあ、さん。待ってたよ」

 穏やかな声で出迎えてくれた葵くんに、私は持っていた手提げ袋を彼に見せる。

「色々持ってきたよ、はい」

 葵くんに手渡し「それじゃあね」と言って帰ろうとすると、引き止められた。

「久しぶりに逢ったのに、もう帰るの?」

「久しぶりって、ついこの間も逢ったよ?」

「毎日じゃなきゃ、それは久しぶりになるよ」

「ええー、どういう理屈ー?」

 相変わらずの謎理論を展開する葵くんに、私が笑っていると彼も笑ってくれた。

「いいから、上がっていきなよ」

 葵くんに促されて、私は彼の家に上がることにした。

 今日は夏バテをして食欲のない幼馴染みの葵くんに、差し入れを持ってきたのだ。

 タッパーには、彼が好きなおかずや夏にさっぱり食べやすい物などを詰め込んだ。

「どれもこれも、おいしそうだね」

 葵くんがタッパーを開けて、さっそく味見をする。

「うん、オクラのごま和えおいしい」

「よかった。いっぱい作ったから、ちゃんと食べてね」

 葵くんが「ありがとう、燦」と言って、タッパーを冷蔵庫に閉まった。

「今お茶を淹れるから、待ってて」

「あ、私も手伝うよ」

 2人で台所に入り、お茶の準備をする。

「あれ? 私が好きな紅茶、まだ買ってるの?」

 私が好きな赤いパッケージの紅茶の缶が、置いてある。

「ん? ああ、燦がいつ遊びに来ても大丈夫なようにね」

 葵くんがまだ私を想ってくれていることに、少し複雑になりながらも、お茶を淹れて2人でソファーに腰を下ろした。

「ん、おいしい。いつもの味だ」

 いつも家で飲んでいる味に、ホッとする。

「そうだ。チョコタルトもあるよ。今出してあげる」

 葵くんにケーキを出してもらい「おいしい手料理のお礼」という彼に、遠慮なく頂くことにした。

「うん、おいしい!」

 思わず笑みがこぼれてしまう私に、葵くんはクスクス笑う。

「燦、可愛い。そうやって笑う君が、1番可愛いよ」

「!!」

 葵くんは以前と変わった。付き合っていた当時はそんなこと、言わなかったのに。

「葵くん、どうしたの? 別れてからよく、言葉を伝えてくれるようになったけど……びっりだよ」

 私が驚くと、葵くんは優しく微笑んで話してくれた。

「うん、まあ考えていることは、ちゃんと伝えないと伝わらないんだなって、君に教えてもらったから」

「あっ……」

 葵くんの言葉に、私は胸が痛くなる。

 私と葵くんが別れた理由、それは私のわがままだったからだ。

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