夢のひととき

 彼女はいつも彼を見つめていた。

あおいくん」と呼ぶ声には嬉しさが滲み出ていて、彼もまた彼女の名前を優しく呼ぶ。

 太陽のような温かい笑顔。

 それが、

「あなたなんて、大嫌いよ」

 ボクを憎み嫌悪する表情になって最後には、何も映さない虚ろな瞳になった。

 さん……ボクはキミにヒドイ事をたくさんシテ泣かせてしまったケド、それでも愛してたんダヨ。

 ダカラもう1度、太陽のように笑うキミに逢いたい……。





「燦」

 呟いた愛する人の名前は、現実に声となって響いた。

 ぱちりと目を覚ました遥は、双方の瞳から涙を流している事に気付き、手で拭った。

 さっきまで見ていた夢に想いを馳せつつも、辺りに視線を巡らせば、ここは自宅の寝室のようだ。

 どうして生きているんだろう……ボクは死んだハズなのに……。

 そこまで考えてからドアの向こう、リビングからトントントントン……という規則的な音がして、ついで美味しそうな匂いもしてくる。

 リビングに入ってみるとそこには、ああそんな馬鹿な事……

「あ、遥くん起きたの? おはよう」

 エプロン姿の燦が、台所で朝食を作っていた。

 何度となく望んだ夢のような光景……彼女がまた昔のように、笑いかけてくれるなんて……ボクが死ぬ直前の燦は、あの別荘で精気のナイ顔でいたハズなのに……。

 いつまでも茫然と立ったままの遥を心配して、燦は包丁の手を止めてこちらに来た。

「どうしたの、遥くん? 具合悪いの?」

 燦が遥の顔を覗き込む。

 目の前の燦の存在が信じられナイ。ホントウにコレは、現実なんだろうか……。

 それを確かめたくて、恐る恐る壊れ物を扱うかのように、遥は燦を抱きしめた。

「大丈夫? 今日は仕事、休む?」

 燦が遥の背中に腕を回し、ぎゅっとしてくる。温かい燦の体温を感じ遥は、夢のような現実に幸せを噛みしめた。

「ソウダネ、今日はオシゴト休んじゃおうカナ」

 そう言うなり遥は、燦を抱き上げて寝室へ連れて行く。

「えっ、えぇっ遥くん。ちょっと待って、朝ご飯作るの途中なんだけど……っ」

「あとで食べよう。今は燦チャンが食べタイ♪」

 寝室に入るなりベッドに燦を横にして、抗議の声を上げようとした唇をキスで塞ぐ。

「んんっ……遥く……ああっ」

 夢なら夢で構わナイ。今こうして燦を感じる事が出来るなら……





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