愛する大切な旦那様

 最近、あおいくんの食欲が落ちてきている。

 私が持たせているお弁当も、晩御飯のおかずも残しがちだ。

 それもこれも全部、連日の暑さのせい。

 葵くんは学生の頃から必ず夏になると、夏バテを起こす。

 心配な私は食欲が出そうな物や、つるっと食べられる麺類など、料理を工夫している。

「うん、完璧!」

 隠し味にチョコレートを入れて、スパイシーチキンカレーの出来上がり!

 葵くんは今日、久しぶりに我が家に帰って来れる日。病院勤務で忙しい葵くんは、なかなか家に帰れないので、私は嬉しかった。

「ただいま」

 玄関のドアが開き、葵くんが帰って来た。

「おかえりなさい、葵くん!」

 出迎えに行くと、葵くんは私の頬にキスをする。

「なんか、いい匂いがする……」

 スパイシーな香りに気づき、葵くんは「カレーかい?」と尋ねる。

「そう、スパイシーチキンカレーだよっ! 最近、葵くん食欲が落ちてるから、食べられそうな物を作ってみましたっ!」

「ありがとう、さん

 柔らかく微笑んでから、洗面所で手を洗いに行く葵くん。そのままついていって、葵くんから背広を受け取り、私はタンスにしまった。

「7種のスパイスをふんだんに使ってみましたっ!」

 お皿によそい、葵くんの前に出す。

「いただきます」

 葵くんがはふはふしながら、食べてくれた。

「どうかな……食べられそう?」

「うん、おいしい」

「よかったー」

 食べ進める葵くんを見てホッとして、彼のカバンの中のお弁当を取り出す。

 あ、やっぱり残してる……。

 今日も病院まで届けに行ったお弁当は、残されていた。ちょっと残念に思いながらも、食べてくれた物を考える。

 鶏のさっぱり煮は食べてくれてる……やっぱり、さっぱり系か、麺類か、スパイシー系か……。今度また、夏バテ対策メニューを研究しないと!

 私は葵くんの健康を守るため、決意する。医者の不養生なんて、1番ダメだし。

「燦」

 葵くんに呼ばれて、彼の元へと行く。

「いつもありがとう」

 葵くんの感謝の言葉に、私はびっくりする。

「そんな、当たり前だよー」

 葵くんはあまり言葉で伝える人ではないので、私は照れながら言った。

「うん。でも、当たり前なんてないから……ちょっと言いたくなった」

 葵くんの表情に私は心配になった。

「なにか、病院であった?」

 私が尋ねると葵くんは、優しく微笑んで話してくれた。

「今日、病院で奥さんが亡くなられた方がいてね。自分にも妻がいる事を伝えたら、生きている内に感謝を伝えた方がいいって諭されてね」

 病院は、人の生き死にが激しい場所だ。

 大切な人を亡くす人がたくさんいる。今この瞬間だってそうだ。

「だから僕も伝えなくちゃって、思ったんだ」

「そっか。ありがとう、葵くん! うれしいよ!」




 葵くんはカレーを、綺麗に食べてくれた。珍しく、おかわりまでして。

 疲れていた彼は、お風呂に入ってもう眠ってしまっている。

 葵くんの穏やかな寝顔を見て、私は彼の髪を優しく撫でる。

 葵くん、私の大好きな旦那様。私、もっと頑張るからね。

 そうしてサイドテーブルの明かりを消し、彼の胸に抱きついて眠る。

 今この時の幸せを大切にして、これからも忙しい葵くんを支えていこう。愛するこの人を、守っていこう。

 私は彼の匂いに包まれて、夢の中へと落ちていった。




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