朽ちない幸せ

「僕の妻に何してるの?」

 ふいに割って入った声とともに、遥くんの頭が鈍い音を立てる。

「痛っ……」

「あ、葵くん……っ」

 葵くんがベンチの後ろから、遥くんの頭に拳を振り下ろした後だった。不機嫌な表情で、遥くんを見下ろしている。

「相変わらずキミは、スグ手が出るネェー葵クン」

 頭をさすりながら、遥くんは葵くんに視線を投げる。

「燦に手を出すからだろ、綿アメ頭」

「ヒドイ言い方ダナァ~」

 アハハっと、遥くんが笑い、

「ダンナサンが帰って来チャッタから、燦チャンを口説くのは、また今度にシヨウ」

 言いながら、眠っている光を私に預ける。

「じゃあネェ~燦チャン♪」

 手を振って遥くんが去っていった。

 遥くんがいなくなるのを見届けると、葵くんが

「帰ろう、燦」

 私から光を抱き上げて片手で支え、空いた手を私に差し出す。私は彼の手を、しっかり握って微笑んだ。





「今日は帰って来られたんだね」

 家までの帰り道、2人並んで歩きながら話をする。

「うん、3日間も向こうで寝泊まりだったから、無理やり帰ってきた」

 ケロっとそんな事を言う。

「ちょ、それっていいの! 大丈夫なの!?」

 慌てて言うと、

「大丈夫だよ。そんな事で潰れる病院じゃないから」

 さらりと答える。

 納得していない私の顔を見て、

「もしかしてお金の心配? それなら有給取ったからお金は出るし、安心して」

 葵くんは笑いかける。

「いや、そういう事じゃなくて……患者さんとか他の人に迷惑かかるんじゃ……」

「ああ、そんな事か。それなら普段合コンや飲みに行って遊んでる奴らに、仕事押しつけてきたから、大丈夫」

「そ、そう」

 それを聞いてひとまず安心した。葵くんは基本的に真面目な人なんだけど、時々こちらがびっくりするような行動をする。まあ、今回が初めてじゃないけども。



 マンションのエントランスの自動ドアが開いて進み、ちょうど1階で止まっていたエレベーターに乗り込む。12階を押して、エレベーターが静かに動き出す。

「ねぇ、燦」

 繋いだ手をぎゅっと握って、葵くんが言う。

「今日の夜は……やさしく出来ないから、覚悟してね」

 その言葉に固まる。やっぱり葵くん、怒っていたようだ。今のいままで、話題に出さないから大丈夫かと思ったけど、それは甘かったようである。

「あの時、僕が来なかったら……あの男とキスしてたよね?」

「あ、あの葵くんわた」

「なに? 言い訳するつもりかい?」

 ここは刺激しないように、何も言わない方がいい。黙って葵くんの言葉を聞こう。遥くんに流されそうになった、私が悪いんだから。

 黙り込んで俯く私に葵くんは、

「欲求不満だったんでしょ?」

 そう指摘されて、私の頬が火照る。

 思わず「そんな事ない」って言うけれど、葵くんは私を遮って、

「もう嫌っていうくらい愛して上げるから、楽しみにしてて」

 不敵な笑みでそう言い。

 それは恐い宣言だったけど……それよりも久しぶりの彼との熱い夜を思い浮かべたら、期待の方が上回った。





 その夜、彼の宣言通りにたっぷりと愛されて……3日ぶりの淋しさが幸せに包まれ満たされていった。




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