朽ちない幸せ

見事に咲き誇る桜の下、公園のベンチに並んで座る彼は、いつものニコニコ顔で唐突に切り出した。

さんチャン、そろそろボクと一緒に暮らソウヨ♪」

「……あのさ遥くん。私、一児の母なんですけど」

 いつもの冗談めかした喋り方で彼、彼方遥かなたはるかくんは息子のひかるを膝に抱っこしながら、続ける。

「大丈夫ダヨ。光もボクに懐いテルし」

「ネェー♪」と、光に同意を求めると、光は嬉しそうに遥くんに「うん♪」と頷く。

 なんでこんな話になったんだろう……ため息をしつつ風に乗って舞う花びらを見上げる。

 穏やかな風の吹く中、小春日和で過ごしやすい今日は、家の近くの公園に光と遥くんと私は来ていた。

 遥くんは何かとわが家に遊びに来て、光の相手をしてくれるので、光はよく遊んでくれる遥くんに懐いてしまっている。

 あおいくんは病院勤務だから忙しく、夜間の急患などで家になかなか帰って来られない事もあり、光は父親のいない淋しさを、遥くんで埋めているのだろう。

「前に話したケド、ボクは子供の出来ナイ身体ダカラさ」

 光が後継ぎにナッテくれると嬉しいヨ。と、光の頭を撫でる。

「後継ぎって言われてもね……」

遥くんは製薬会社の社長で、人間の永遠の夢、不老不死の研究をしている。なんでもその研究の過程で、死体を半永久的に腐らせずに保存出来る、薬が出来たんだとか。

「光は私と葵くんの子だよ。遥くんの後継ぎにはしないよ」

「ナンデ? 養子縁組すればいいジャン♪ 他の男の子ダッテ、燦の子供だったら構わナイヨ?」

 遥くんは光をぎゅっとして、頭に頬ずりする。

 光の面倒を見てくれるのは有り難いけど、未だに私を口説いてくるのは困ってしまう。本気か冗談かわからない、いつもの雰囲気で。

 このままじゃ埒があかないと思い、

「とにかく私が遥くんと暮らす事は無いから。私は葵くんをあい、愛してる……し、その気持ちはずっと変わらないの」

『愛してる』の言葉に恥ずかしながら言うと、

「一途だネェ……」

 さっきまでのからかう調子から、急に変わった彼の憂いを帯びた声に、トクンと新造が鳴る。

 遥くんは眠そうな光の背中を、優しくトントンしてやりながら、私に淋しげな眼差しを向けた。

 その表情にドキッとする。

「デモ、一途って言ったらボクも負けナイヨ……」

 真剣なその声からは、簡単に逃がしてもらえそうもなくて……南国の海の色をした綺麗な瞳が、私をじっと見つめる。吸い込まれてしまいそう。

「初めて逢った時カラ……燦、キミを愛してる」

 遥くんの腕の中で光は、すやすやと眠ってしまっている。

「は……遥くん」

「燦……」

 いつになく彼の本気な態度に、言葉をなくす。なにか、なにか言わなければ……。

「そ、そういうの困るから……私はもう葵くんと結婚してるし。だからね、遥くんカッコイイんだし、私じゃなくても他に素敵な女性、見つかるよ」

 彼の瞳から視線を逸らして、慌てて言う。

「今日はありがとう。そろそろ帰るね。晩御飯の準備しなきゃ」

 話を切り上げて帰ろう。オレンジ色の夕日が辺りを照らし、公園にいた親子連れや子供たちが帰って行く。

「それじゃあ」

『またね』そう紡ごうとしたら、頬に遥くんの手が添えられて、思わず見上げると、私の唇を彼の親指がなぞる。

 頬が熱くなっていく……間近で見る遥くんの綺麗な顔から逃げられず、そうしてゆっくりと近づく彼の唇が私の唇に……

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