その愛は不変

 ゆっくりと冬から春へ向けて気温が暖かくなる頃。

 心地よい風が窓から入り、ソファーの上でウトウトと、私は眠りへと誘われていた。

 ああ、まだやる事があるのに……掃除機をかけて洗濯物も畳まなきゃ……でもすごく眠い……。

 寝ちゃいけない時の眠気というのは、どうしてこうも抗い難い気持ちよさがあるのだろうか。

 少しだけ少しだけ眠ろう……。

 私は夢の中へと落ちていった。

────

────────

『燦』

 あ、葵くんっ!

『今日も暑くなりそうだね』

 葵くんの傍にいる車いすの女性。

 あれは……私?

 映画の中の人物を観るように、私は柔らかく微笑む葵くんと車いすの私を見ていた。

 季節は夏のようで、葵くんは車いすに乗り目を覚まさない私に優しくキスをする。

『いつまでも僕は君だけを愛してるよ。……燦、燦、ずっと君だけを……』

 私は植物人間にでもなってしまったのだろうか、その瞳は決して開かなかった。

 葵くんはこんな状態になっても私だけを愛してくれるなんて……。

 その後の日々を見るのは辛かった。

 私は葵くんの愛に応えたいのに、車いすの私はただ静かに眠るだけ。彼が話しかけてもキスをしてもセックスをしても、目を覚まさない。

 葵くん、葵くん……!!

 彼に言葉を告げたかった。

「愛してる、愛してる」って。

 そう伝えたかった。

 日々の中で葵くんは悲しそうな瞳を見せる事があって、余計に胸が締め付けられた。だからたまらなくなって、思わず私は彼に言った。

「葵くん、愛してる」

 そう言葉を発した時、葵くんは目を見開き、

『燦? 君、いま……?』

 車いすの私を見た。

 ああダメだ、もう目が覚めてしまう。だって遠くで私の名を呼ぶ声が聞こえる。大好きな彼の声が私の意識を現実へと呼び覚ます。

────

────────


「燦? 大丈夫?」

「葵くん……」

 目を開く直前、夢の中で車いすの私を泣きながら葵くんが抱き締めるのが見えた。

「そっと寝かせていようか迷ったんだけど、泣いてたから……」

「えっ……あ」

 葵くんに言われて私は気付く。

「何か嫌な夢でも見てたの?」

 心配そうに尋ねる葵くん。
 まだスーツ姿のままで部屋着に着替えていない。心配して私のことを見ていてくれたのかな。

「うん、あのね……」

 私は夢での事を葵くんに話した。

「私は、あんな状態になっちゃったら私の事なんか忘れて欲しい。あんな……悲しそうな顔の葵くん見たくないもの……」

「燦……」

 葵くんが私の髪を撫でてくれる。

「だからね、葵くん。私がもし死んだとしたら、私の事は忘れて他の女性と幸せになってね。お願いだよ」

 必死で訴えると葵くんは、

「それは出来ない相談。僕は燦、君しか愛せないから。それこそ君が死んだら、僕も死ぬかもね」

 さらりとそんな事を言う。

「死ぬなんてダメ! 絶対いやっ!」

 ぎゅうっと葵くんに抱きつけば、大きな温かい手が私の身体を抱き締め返してくれる。

「葵くんは生きなきゃダメ!」

「それを言ったら燦、君も生きなきゃ駄目だよ」

 葵くんは笑ってこう付け加える。

「燦しか僕を幸せに出来ないんだから。だから君は僕より長生きしなきゃいけないんだよ」

 彼のその言葉を聞き、私は「うん」と頷いた。

「葵くんを不幸になんてしない。私、葵くんより長生きする。絶対に」

 夢の中の彼は、本当に淋しそうな表情を垣間見せていた。
 あんな顔、させたくない。

「ずっと君だけを愛してるよ、燦。僕を幸せにしてね?」

「もう~普通は反対でしょ? ふふっ、でも了解しました。葵くんは私が責任を持って幸せにします」

「よろしくお願いします」

 なんだか可笑しくなってしまって、2人笑い合った。

 葵くん、あなたとの幸せをずっと大切にしていくから。だから一生、こうやって笑ってキスして愛し合って、仲良く暮らしていこうね。約束だよ。



 完




 
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