葵の誕生日

 今日は大切な葵くんの誕生日。

 たくさんのごちそうと甘さ控えめのフルーツケーキを用意して、彼の帰りを待っていた。

「パパ、おそいねママ」

「そうだね。太陽、もう眠いでしょ? 今日は0時過ぎかもしれないから、寝なさい」

「やだ、パパに『おたんじょうびおめでとう』って、言うんだもん」

 パパっ子の太陽は譲らず、眠そうな目をしながらじっとリビングで私と一緒に待つ。太陽は光の次に生まれた女の子で、現在4歳。3つ違いのお兄ちゃんの光は起きているのに耐えられず、既にベッドですやすやと眠っている。

「パパにかいた絵、わたすんだもん」

「そうだね。太陽、一生懸命描いたもんね」

 優しく太陽の頭を撫でてあげながら、私はちらりと時計を見る。もうすでに0時15分前だ。もう少しで日付が変わり、葵くんの誕生日が終わってしまう。

「今年は無理、かな……」

 そう呟いた時、ガチャリと鍵を回す音が聞こえた。

「パパだ!!」

 太陽は一目散に玄関に走って行き、ぴょんぴょんと跳ね回る。

「ただいま」

「パパ、パパ、おかえりなさいっ」

 すぐさま葵くんに小猿のように引っ付いて、頭をぐりぐりしている。

「ん、太陽ただいま」

「パパ、おたんじょうび、おめでとうっ!」

「ありがとう」

 葵くんが柔らかく微笑み、太陽が葵くんにちゅっちゅとキスをする。

「ふふ、葵くんお誕生日おめでとう」

「ん、ありがとう燦」

「太陽ね、頑張っておめでとう言うために起きてたんだよ」

「そうなの、太陽? ありがとう」

 太陽は喜んで「だってパパの生まれた日、お祝いしたかったんだもん」と、葵くんから降りると彼の手を引き、リビングへと連れて行く。

「パパ、はい! 太陽からのプレゼント!」

「わぁ、すごいね。これ僕かい? 上手に描けてるね太陽。ありがとう」

「ふふ、パパだいすきっ」

 そうしてまた葵くんに張り付き抱っこしてもらいながら、太陽は嬉しそうだ。

「今日はすごいごちそうだね、燦。大変だったんじゃない?」

「ふふ、がんばりました~。1年に1度の葵くんの誕生日だもの。葵くんの好きな物ばかりだよ」

 普段はこんな偏ったメニューは作らないけど、葵くんの誕生日なのだ。彼の好物、春巻きに餃子、ハンバーグに唐揚げ、マグロとアボカドのサラダ、だし巻き玉子に蓮根のきんぴらと、和洋折衷なメニューでも良しとする。

「じゃあ、いただきます」

 葵くんが太陽を抱っこしながら手を洗って席に着き、箸を持つ。すでに葵くんにおめでとうを言えた太陽は、彼の腕の中でウトウトしている。

「うん、おいしいよ」

 葵くんが笑って食べてくれる。

「よかった。葵くんの好物だもんね」

 今年も日付が変わる前に、彼の誕生日を祝えたことに感謝して、今日1日の話をする。

「今日は光と太陽がずっと興奮しててね、『パパのたんじょうびだー』って、一生懸命2人共、絵を描いていたの」

「そうなんだ。あれ、光は? もう寝ちゃった?」

「うん、10時にギブアップ。だから明日、光からもプレゼント、受け取ってあげてね」

「うん、わかった」

 葵くんは腕の中の太陽の背中を、優しく撫でてやりながら、食事をする。

「太陽、もう寝ちゃってるね」

「うん、そろそろ子供部屋に連れて行くよ」

 葵くんが席を立ち、太陽を寝かせに行った。そんな葵くんを見ながら、私は思う。

 葵くんがこんな子煩悩になるなんて、思わなかったなぁ。学生時代はクールで誰も寄せ付けない、一匹狼だったのに。
 その頃と比べたら、人に対して少しは優しい態度も取るようになったし、段々と一緒に過ごす内に性格が柔らかくなったよね。子供が生まれたら子供に優しく接してくれるし、忙しい中でも時間を見つけて子供たちと遊んであげてるし。いい風に葵くんは変わったんだなぁ。

 そんなことを考えていると、葵くんが戻って来て、席に着く。

「太陽、よく寝てる」

「もう限界だったからね。よっぽど葵くんの誕生日お祝いしたかったんだね」

 2人で笑い合いながら、葵くんが食事を再開させる。

「待っていてくれてありがとう。こうして誕生日を祝ってもらえるなんて、幸せだよ。子供の頃に母親が亡くなってからは、忙しい父親には祝ってもらえなかったからね」

「お義父さんもお医者様だから、大変だったんだね」

「まあね、いまならわかるけど。だから燦、君が学生時代から毎年、僕の誕生日を祝ってくれて、すごく嬉しかったんだよ。ありがとう」

 葵くんが優しく瞳を細めて笑う。私も笑いながら、葵くんに「生まれてきてくれて、ありがとう」とお礼を言う。

「本当なら、葵くんのお義母さんにも言いたかったけど」

「大丈夫、天国に届いてるから。燦と出逢えてよかった」

「葵くん……」

 そしてハッとする。

「あ、プレゼントプレゼント! 待ってて、持って来る!」

 慌ててプレゼントを葵くんに渡し、おめでとうを言う。そうしてプレゼントを渡してホッとした私に、葵くんが言った。

「もうひとつ、プレゼントが欲しいな」

「ん? なに?」

「今夜、したい」

 そう誘ってくる葵くん。

「食後の運動?」

 笑ってしまう私に葵くんは真面目な顔で、「こんな時間に食べたら、太っちゃうからね。朝までしないと」なんて言う。

「ええーっ、朝まで? 明日大丈夫?」

「僕の誕生日だから、僕の好きなようにするよ」

 そうして燦を熱く見つめて、

「覚悟してね、燦?」

 と、意地悪な笑いをする。

「ふふ、怖いなぁ」

 そうして私と葵くんは、食後の運動と称してベッドの中で深く愛し合ったのだった。

 葵くん、誕生日おめでとうっ!



 完



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