プロローグ

 スーパーのお惣菜コーナーに並べられた豊富な種類のお弁当。

 今日は面倒臭いから適当でいいか……。

 さて、そうと決まればと、夏希はお弁当をよく見ようと前屈みになった。そのせいで、肩まで伸びた髪がさらりと落ちた。その髪を耳に掛け選んでいると、

「あら江川さん、お疲れ様。今日の晩御飯?」

 顔馴染みの主婦が夏希の肩を叩き、話しかける。

「お疲れ様です。ええ、疲れて面倒臭いので、今日は適当でいいかって」

「そうよ~たまには息抜きしなきゃ。アナタ、いつも頑張ってるんだから」

「あはは、ありがとうございます」

 軽く挨拶程度の会話をして、パート仲間の主婦と別れた。

 職場がスーパーなので、仕事帰りにわざわざ買い物をしに行く手間が省けるのはいいことだ。社員割引で、全ての商品は10パーセント引きだし。




 江川夏希。23歳。
 スーパーで勤務。
 3年付き合っている彼氏と同棲をしているが、将来の展望は特になし。

 同棲の理由は、ひとり暮らしより2人で住む方が家賃や光熱費など安く済むという、ありがちな話。結婚とか将来とか考えているわけではない。

「ただいまー」

「お帰り、お疲れ様」

 家に帰ると、いつもは残業で遅い砂原湊が先に帰っていた。

「あれ、早いじゃん。今日残業なし?」

「うん、定時に帰れた」

 スマホを弄る手を止めて、湊は立ち上がる。

「弁当?」

 私が持つエコバッグを受け取り、中身を取り出す。

 私は洗面所で手を洗いつつ、

「ごめんね。今日は人が2人も休んで忙しくて、疲れたわ」

 湊に返事を返す。

「いいよ、いいよ。いつも作ってくれてるんだし。チンして食べよう」

 そう言って湊は、2つの弁当を持って電子レンジに向かう。

 なんか、こーゆーとこなんだよなぁ……。

 手を拭きながら、邪魔な髪の毛をひとつに纏めつつ考える。

 私が湊と付き合っている理由。それはどうしようもなく、一緒にいて楽なのだ、と。

 私が湊に抱く気持ちは彼氏というより、家族なのかもしれない。

 正直、湊に対してときめきを感じないし、ヤキモチを焼いたりする事もない。特にしたいという事もない。

 けど、一緒にいて楽だし、共通の話題も多く、例え喋らなくても苦にならないのだ。それが居心地がいい。

 それを聞いた友人の美波には、

「アンタそれ、老境の域に差し掛かってんじゃない? 肉体からだで会話しなくても、心で通じ合ってるみたいな感じ?」

 と茶化されたが、湊となら確かに一緒に縁側で日向ぼっこしながら、茶を啜る老後を、容易にイメージ出来る。



 2人分の弁当をチンし終えて、テーブルに着く。

「いただきます」

「いただきます」

 温かいご飯を食べつつ、今日のお互いにあった出来事を報告。

 湊はちゃんと相づちを打って、話を聞いてくれる。

 そりゃ、この歳でときめかない、ドキドキしないなんて自分でも枯れてるなと、感じるけど……。

「ん? どうかした?」

「……ほっぺにご飯粒、ついてる」

「え、マジで。どっち?」

「ごめん、嘘」

「も~なんだよぉ」

 湊と過ごすこの平坦な日々が、何よりも愛おしいのだと夏希は思った。



 完


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