少年キラレイ

「エイダー、炎に焼かれて死を受けて塵となれ」

「残念。エイダーはボクの真の名ではないのだよ」

 フッと、キラレイは皮肉めいた笑い方をして見せて、

「だろうな。試しに唱えてみただけだ。良かったな、嘘の名で」

 でなければ、いまお前は火達磨だろう。

 キラレイは背を向けて、今度こそドアへと歩いて行く。

「アルザック様に怒られてしまうなぁ……」

「お前が執事として、仕事を頑張らないからだろう。自業自得だ」

 そう言い残して、キラレイはドアを開けて屋敷を出て行った。

 外は雨が止み、すっかり明るくなっていた。そのおかげで屋敷内に光が差し込み、部屋全体が照らし出される。

 大広間の上から吊されたシャンデリアも、床も、階段も、そして敷かれたカーペットも。

 最初にキラレイが目に止めた屋敷の赤いカーペットに混じるそれは、そう血の赤。それが彼が視線を向けた理由である。

 幾人もの屋敷を訪れた人達の血を吸った、赤いカーペット。それは次の客人を、今か今かと待ち伏せているのかもしれない。








「キラレイ君」

 外に出たキラレイは、眩しそうに目を細めていたが、上から聞こえた声に反応し、いましがた出た屋敷を見遣る。

「キラレイ君、今回はちゃんと依頼を遂行してくれて、本当にありがとう」

 屋敷の二階の部屋の窓、依頼人のアルザックが顔を出して礼を述べる。

「仕事ですから」

 簡潔に事務的に答えたキラレイに、依頼人は言う。

「しかし、妻が君をコレクションに入れたがってね。それが叶わなかった事、それだけは残念に思うよ」

 心底残念そうな顔をして肩を落とす。

 しかし気持ちを入れ替えて、最後にアルザックが尋ねる。

「キラレイ君、また君に依頼をしたら、請け負ってくれるかね?」

 意味深に笑う老人にキラレイは、






「ええ、もちろんです」

 実にニヒルな笑みを形作り、言葉を返した。




 キラレイが門扉に向かう途中の草むら。日に照らされて見える、沢山の荷物や片方だけの靴や通信機器。それらはきっと、ここを訪れた者達が落としていった遺産。

 彼らは果たして、無事にこの屋敷から出て生き延びたのだろうか。それとも、老人の言う、コレクションに加えられてしまったのだろうか。

 そういえば、あの部屋のシーツは全てを引き剥がして見せてくれた訳ではなかった。

 では、あの中に彼らが……?




 しかし、少年キラレイにとってはどうでもいい事のようで、さっさと門扉を出て、辿って来た山道を降りて行こうとしていた。

 彼が気にしないならば、私達に事の真相を知る術はないだろう……。





 完



8/8ページ
スキ