人魚の歌声

 艶めく紫の血が、人魚の口に流れ込む。


「……もう、大丈夫だ」

 キラレイがゆっくりと、噛まれていた指を抜く。

「急に叫び出すもんだから、びっくりしたぜ。本当に大丈夫か?」

「ああ。取りあえずは、な。俺の人魚の血を飲んで、仲間がいると安心したようだ」

 そしてティアラに「これでわかっただろ?」と、紫暗の瞳で促す。

「すみませんでした。人魚とは本当に恐ろしいものなのですね……」

「わかってもらえたならいい」

 キラレイはそう言いながら、ティアラの視線に気付いた。

「……人魚の肉やその一部を持つ人間は、血が赤い色から紫色に変わる。気味が悪いかもしれないな」

 その言葉に彼女は、自分がキラレイの指を見つめていたことに気付く。

「ごめんなさい。そんなつもりはなくて、確かに驚きましたが、ただ……綺麗な指だと思って」

「気をつけろよ~コイツはテクニシャンだからなぁ~」

 バギーラの言葉に驚き、顔を朱に染める彼女に対し、キラレイはため息を吐いていた。

「それにさっきのことだが、そんなに人魚の歌声が聴きたいなら、キラレイに抱かれてみればいい」

「そんな、えっ……?」

「コイツの人魚の心臓は鼓動代わりに、今でもキラレイを想って歌っているからな」

「そうなんですか」

 話を聞きながら、キラレイに彼女は尋ねた。

「ああ、そうだ」

 淋しそうな色を帯びた返答。
 ティアラはどきりとした。

「歌声を聴いて呪われたりは……しないのですか?」

「コイツに歌っているのは、愛の歌だからな。心配ない」

 バギーラの言葉に「ロマンチックですね」とティアラが返す。

 このままでは永遠に自分の話が続きそうだ……。

 そう感じたキラレイが仕切り直しのように、彼女に声を掛ける。

「とにかく、この人魚は任せてくれていい。適切に対処しておく」

「ありがとうございます」

 その後、何度も礼を述べてティアラは、宿屋から去って行った。


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「まあしかし、お前も厄介事を抱え込むよな」

「……誰かが騒ぎを見に行かなければな」

「あー、悪ぃー。そうだったな」

 キラレイに小言を言おうとして、逆に窘められたバギーラは、照れ笑いをする。

 人魚の心臓を持つ少年、キラレイ。今度はどんな出来事に巻き込まれるのだろうか……。



 完


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