人魚の歌声

「その歌声を聴いている内に、急に頭の芯がぼんやりして、なぜかこう思ったのです。『ああ、死なないと』。気付けば歌声は止み、私はベランダに身を乗り出そうとしていました」

「……寸での所で助かったわけだな」

「はい。家族も歌声を聴いてしまったんだと思います。皆死んでしまい……私だけが生き残りました」

 ティアラは一呼吸置き、

「この呪いの歌を歌う人魚の干し首を、どうするかと悩みました。捨てるのも呪われそうで恐ろしくて、悩んだ末に結局は売ることにし、その売りに行く途中で、さっきの男たちに絡まれました」

 ティアラは全てを話し終えると、口を噤んだ。その後を一泊、間を置いてキラレイが話す。

「多分、呪いを止める呪術が解けてしまったんだろうな……人魚の歌声は人々を惑わす。人間相手に聴かせる歌は、大抵呪いの歌だ」

 キラレイの言葉に、

「首だけになっても歌うとは、人魚の呪いは恐ろしいねぇ」

 バギーラが、「怖い、怖い」と言いながら、話を続けた。

「で、どうするんだ? 今から売りに行くのか?」

 バギーラが尋ねる。

「……そう考えていたのですが、他の人に話をしても取り合って頂けない気がしてきて。まず人魚の干し首と、信じて頂けるかどうか……」

「オレらも半信半疑だけどな」

 バギーラの言葉に頷き、そうしてそっとキラレイに干し首を差し出す。

「マーメイドハートをお持ちのキラレイさん。これをなんとかして頂けませんか? その身に人魚の一部を宿す方なら、どうにか出来るのではないかと思って……」

 キラレイは、差し出された人魚の干し首を受け取り、みつめながら答えた。

「……わかった。俺が預かろう」

「ありがとうございます!」

 ホッとした様子で、彼女はため息を吐いた。キラレイの掌にある干し首に目を向けて、バギーラが尋ねる。

「しかしどうすんだ、それ?」

「呪いを封印する類いの魔法は、俺には使えない。先生に頼むことにする」

 ある人物を思い浮かべながら、キラレイは答えた。

「ああ、あの仙人なー」

 納得顔でバギーラが頷く。そうしてキラレイとバギーラが話をしているのを聞きながら、彼女は呟く。

「……けれど、少し思うのです」

 キラレイの掌にある干し首を見て、ティアラは声を落とす。

「あの歌声はそれは美しいものでした。出来るならもう一度、聴けたらと……」

 残念そうに話す彼女に、キラレイは厳しい表情を見せる。

「止めておいた方がいい。もう人魚に関わろうとしないのが」

『身のためだ』と、キラレイが諭す前に突然、高音域の叫び声が聞こえだした。

「キラレイっ!!」

「つっ……!!」

 見れば人魚の干し首が叫び声をあげている。

 すぐさまキラレイは自らの指を、人魚の干し首に噛ませた。ぷつりと皮膚が破け、紫色の血が流れ出る。その人魚の声にティアラは身体を震わせた。

「頼む、どうか安らかに眠ってくれ」

 キラレイは干し首を自らの膝にそっと置いてやり、噛まれていない方の手で人魚の髪を優しく撫でてやった。



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