人魚の歌声

 ミッドナイトは、3階建てのかなり大きな宿屋だ。1階2階は酒場、3階は宿屋と分かれている。酒場の方は、ハンターや商人など色々な職業の人間たちの憩いの場であり、噂話や情報、または仕事の依頼まで手に入る、この街のギルド的存在。

3階も広く、15の個室があり、密談にも使われる。

 その宿屋の個室でキラレイたち3人はベッドに腰掛け、向かい合っていた。

「お時間を取らせてしまい、申し訳ありません」

 女性は第一声に謝り、キラレイとバギーラを交互に見る。

「自己紹介が遅れました。私の名前は、ティアラと申します」

 ティアラと名乗った女性は、事の次第を話し出した。

「数日前、私の家族が皆、ある物によって亡くなりました。そのある物というのが、これです」

 そう言うと彼女は、スカートのポケットから、そのある物を取り出して見せた。

「……!! コイツは、ヤバいな」

「……」

 バギーラが驚いたのも無理はない。



────ティアラの掌の中に収まるそれは、人魚の干し首だったのだから。

 干し首。それは装飾用に加工された頭部のことで、人魚の干し首は肉を食べた後、記念に作られることがあった。

 ティアラの掌の中の干し首は、それは美しい顔をした首だった。その閉じたまなこは、今にも開きそうで、赤い唇には朱が差して生きているかのようだ。

「本物か?」

 バギーラが尋ねると、

「ええ。でなければ、私の家族は亡くなりませんでした」

 ティアラはそっと告げた。

「どこで手に入れた? 今現在、人魚は滅多に人前に姿を現さない筈だが」

 キラレイが訝しく言う。

「ああ、一昔前に乱獲が流行って、学習したからなぁ。警戒心が強くなって、見掛けなくなった。市場で売っている人魚の物もほぼ偽物だし」

 バギーラも不思議そうに言って、視線を干し首からティアラに移す。

「これは私の祖父が大昔に、旅先で手に入れた物だそうです。病に罹り余命幾ばくもない祖父は、形見分けとして私にこの干し首をくれました。不気味ではありましたが、祖父がせっかくくれた物だからと、私は大切にしていました」

 しかし……。

 ティアラは瞳を伏せながら、言葉を詰まらせた。

「……つい1週間前のことです。家族で食事をしていた時、どこからか歌声が聴こえてきたのです。それはとても美しい歌声でした」

 その時のことを脳裏に再生しつつ話しているみたいに、ティアラは辛そうな表情を浮かばせる。

「私が席を立ち、声の方へと辿ってみると、この干し首が歌っていたのです……清く可憐な旋律で」

 自らの掌にある干し首を見つめ、ティアラは続けた。


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